共に、意志を継ぐ
右目の治療と、左目だけで生活するためのリハビリを行う2ヶ月の間、宮廷ではなにやら面倒な出来事があったと、旦那様から秘密裏に聞いていた。
宮廷では俺が怪我で眠っている間に王妃陛下が亡くなられて、友人であった奥様がショックのあまり憔悴し切ってしまった。それだけ周囲から慕われていた王妃の死に対する大勢の悲しみに水を差すかのように、ルベウス家のディークが国王である兄に対して再婚を勧めてきた。
その勧められる再婚相手は、皆あのウェスタ国のマウント女シャーロットの親類か、現国王一家にとっては力関係で不利に働きかねないケレス帝国内の貴族の娘ばかりだった。
勿論、いずれ王位を奪おうとするルベウス家の罠であることは、ラルフを筆頭に誰しもが見抜いていたため、ルベウス家はますます首都から離れた場所まで追放されたそうだ。
誰でも分かるような罠だったとはいえ、今回ばかりはあの堅物野郎ラルフのような、現国王一家以外は誰も逆らえない存在がいて良かった。
旦那様はその話の最中で、妻を亡くした悲しみを何も考えないディークを軽蔑しているようだった。あれは憔悴している奥様に、王妃陛下を重ねていたのだろうか。
確かに、王妃陛下が亡くなられてから2ヶ月が経った今も、奥様はあまり体調が良くない様子だ。
その上、今日はジョゼフとレイラが旅立つ日である。長年自分たちの執事、侍女として支えてきた人達との別れは、人見知りの激しい奥様にとっては更なる心労となってしまうのは間違いない。
宮廷の話を終えた時、旦那様は言っていた。
『今後はグレイとサラの二人でミアをできる限り支えてやって欲しい』
サラの方にも話はしてあるようで、自身を可愛がってくれる奥様のためだと、了承しているとのことだ。
初対面ではあれだけ俺を嫌っていたからこそ、奥様のためでも絶対それだけは嫌だと言うのだろうと思っていた。しかし、サラ自身がそれだけ覚悟出来ているのであれば、俺も二人でやっていけるのかなどと考えるのを止めて腹を括らなければならない。
今日は、ジョゼフとレイラのお別れ会のついでに俺の復帰も祝う日だ。その前に、サラと話をしておきたい。旦那様に頼み、お別れ会の前にサラと話せることになった。
右目負傷事件以来、サラとはあまり話せていない。他の人達は時々様子を見に来てはいたが、サラだけは何故か来なかった。
俺の右目の負傷に、責任でも感じているのかもしれない。いくら嫌っている人間でも、自分を庇ったことで負傷したとなれば、罪悪感の一つは湧いてくるものだ。俺から「自分で勝手にやったことだから気にするな」と話していたとしても、サラは簡単には頷けないだろう。
サラがクソ生意気な所はあれど、基本的には素直な性質なのは、今まで接してきた中で一番分かっている。だからこそ、俺が復帰することになっても、今までのようには接してくれない可能性は高い。
それを想像すると、どことなく寂しさを感じる。正直言って、前はあれだけイラついていたクソ生意気な態度と、俺に向けられる暴言、顔を合わせる度に喧嘩を売られることが、今では無性に恋しい。
治療とリハビリ期間中、あまり人と話せなかったのもある。いつもなら俺は一人でいたいため助かっていたが、寂しいと感じるのは俺らしくない気がしてしまう。
(……そろそろ来る頃か…?)
久しぶりに、サラに会う。
またらしくなく、無性に緊張してくる。
ノック音が鳴り、サラが部屋に入って来た。
「……久しぶり…って言うべきか?俺がいない間そっちはどう…………………え?」
顔を一瞬見た途端、俺は正直戸惑った。
いつもなら化粧っ気がなく、髪は梳かして適当に結んだだけのサラが、別人のようになっている。
今のサラは、髪をポニーテールではなく団子型に結んでおり、おまけに眉毛を整えて肌も若干綺麗になっている。流石にまだ12歳だからかレイラのようにしっかり化粧はしていないものの、はっきり言って以前より垢抜けている。
「サラ…なんか変わったか…?」
そう言えば、いつものように「見りゃ分かんだろ!!」というツッコミが入る。見た目が変わっても、中身はいつものサラだろう。
「っ…!まあ…流石に眉毛は整えたり、髪も綺麗にまとめておかないとと思ってね…」
サラの反応に、俺はまた戸惑う。口の悪いツッコミが入ると思っていたのに、返って来たのは年頃の素朴な少女らしいものだった。
「……なんか変なもんでも食ったか?」
「はぁっ!?食べるわけないでしょ!!」
「いやだって急に見た目どころか中身までガサツさがなくなったら誰でもそう思」
「誰がガサツだよ!!ほんっっっとそういうデリカシーないとこムカつくんだよ!!!!」
「ほらそういうところ」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜!!!はぁ…やっぱり付け焼き刃じゃ上手くいかないもんだね…」
見た目や振る舞いが変わろうと、俺に煽られるとブチギレるのは変わっていない。それでも、サラは前の自分から変わりたいらしい。
「……それで、なんで急に変えようと思ったんだ?」
「だって…もう明日にはレイラさんもジョゼフさんもいなくなっちゃうから、私がレイラの代わりになれるようにまずは形から入ろうと思って…」
「なるほどな…個人的には無理して変わろうとする必要は…まあ、俺の前でなら元に戻っても良いぐらいの気持ちで良いんじゃねぇのか?」
サラが変わりたいのなら、止めるつもりはない。だが、そのせいで無理をするのだけは望んでいない。
それならば、俺の前では気を抜いても良いという余裕ぐらいは持たせたい。
「……そこは『無理して変えようとしなくて良い』って言うところでしょ」
「俺は人の気持ちをなるべく尊重するのがモットーなんだよ」
「あっそ。じゃあこれからはアンタの前では気を抜くか抜かないかは私の自由にするってことでよろしく」
「お好きにどうぞ。俺もこれからはお前が淑やかに振る舞おうがなんだろつがクソ生意気なガキとして扱うからな」
無理をして紳士淑女のような振る舞いが完璧に身に付いた執事と侍女として接し続けるのは、肩肘張って疲れる。
お互い、時々肩の力を抜ける関係でいたい。普段は完璧な執事を目指すジョゼフにとって、レイラが力を抜いていられる存在であるように。それは、レイラにとっても同じことだ。
(とりあえず…俺も少しはちゃんと執事らしく振る舞うとするか…)
ーーーーーーーーーーー
ジョゼフとレイラのお別れ会が始まり、旦那様や奥様、使用人達は皆それぞれ挨拶を交わしている。
二人の行き先であるモルガン家は、奥様の親類なだけあって、優しい人達ばかりとのことだ。一人娘もいるため、レイラはいずれはその娘専属の侍女になるのだろう。
一通り挨拶を終えたジョゼフが、俺の所までやってきた。
「ジョゼフ…今まで世話になったな」
「グレイ、お前は最後までずっと生意気なガキだったな。まあ、来たばかりの頃よりは少しは行儀が良くなったようだが」
結局ジョゼフに対しては、普段の口調で接してきたが、なんだかんだで許してくれていた。最初は堅物野郎だと思っていたが、いつの間にか俺にとって第二の兄のような存在になっていた。
「………正直、アンタがいなきゃ俺は今でも外で不良生活していたと思う…だから、その……あの時叱ってくれて…感謝している……」
「っ!?お前がそんなことを言うとは…明日は猛吹雪か?」
「俺だって感謝ぐらいするわ!!」
つい強めのツッコミを入れてしまったが、そうでも言わないと少しだけだが目頭が熱くなりそうだった。
しかし、ジョゼフは珍しく口元を緩ませて俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「っ!」
「今後のグレイス家をよろしくな、グレイ。お前の思う道を諦めずに進め」
ああ、だめだ。
目から熱い何かが溢れてしまう。
「……お前にもちゃんと子供らしい所があるんだな。泣きたい時ぐらい素直に泣け」
「泣いて…ねぇよ…っ……」
最悪だ。
次から次へと涙が溢れる。レオンの時と言い、グレイス家の領地に来てから俺の涙腺はおかしい。
泣くなんてこと、貴族時代は記憶にある限り一回も無かったはずなのに。
「ほら、お前の相方はあんなに泣いてるぞ」
誰が相方だよと言いたいのを堪えつつサラの方を見ると、レイラに抱きついて子供みたいにわんわん泣いていた。レイラも、サラに釣られて一緒に泣いてしまっている。
自分より号泣している人間を見ると、涙が急に引っ込んだ。
「っ……いや、流石にあそこまでは泣かんわ」
「すまん、僕もかなり無理を言ったと思っている」
お互いの相方の泣きっぷりを目にして、しんみりした雰囲気がなんとなく失速してしまった俺達は、適当に側にあったローストビーフを貪ることにしたのだった。
お別れ会が中盤に差し掛かると、皆酒が進み、段々とテンションが上がっていく。
今回の主役であるレイラとジョゼフもやっと酒を飲み始めた。レイラはワイン二杯目でも案外平気そうだが、ジョゼフは一杯目の時点で若干顔が赤い。
「おい…ジョゼフ、大丈夫か?」
「大丈夫だ……少し…慣れていないだけだ…」
「グレイくん、ジョゼフは私が見とくから好きなの食べてきてね」
「おう、じゃあ任せるわ」
ジョゼフをレイラに任せ、俺は自由に食事を取りに行くことにした。
(よし…俺もワイン飲むか)
まだ大人じゃないという指摘をされるのは無視する前提でワインに合うご飯を探し、フラフラと歩く。すると、その通り道で一瞬素晴らしく良い匂いがしたのを感じた。
(っ!!こ、この匂いはまさか…!?)
その匂いを嗅ぎ分けながら、元まで辿っていく。
そこには、俺がずっと恋しくてたまらなかったカレーがあった。
多種のスパイスの香りが、俺の食欲を刺激する。赤ワインにも合う、素晴らしい料理だ。誰も目を向けていない今、デカい器に入れるチャンスを逃すわけにはいかない。
器に盛ろうとしたその時、向こうから同じように手が伸びてきた。
「あ?」
「え、何?」
俺の数分カレー独り占めチャンスの邪魔をしたのは一体誰だ。
伸びてきた手の方を見ると、そこには俺と同じくデカい器を持つサラがいた。
「………あのな、サラ。俺は今日で怪我から復帰したんだ。だから快気祝いとしてここは譲ってくれないか?」
「いやこっちだって食べたいんだけど?っていうかそんなデカい皿持ってきて独り占めする気じゃないの?」
「それを言うならお前もデカい皿持ってんじゃねえか。俺は大好物を快気祝いとして食べたいだけで、お前は単に食い意地が張ってるだけじゃねぇのか?さっきもそれと同じサイズの皿で飯食ってんの見たぞ」
「はぁあ!?食い意地張ってないし!!!ってあーーー!!先に取った!!」
「こういうのは早い者勝ちなんだよサラちゃん?」
「だからサラちゃんって呼ぶな!!!」
お別れ会が始まるまでは、サラとは少しだけ上手くやっていけるかもしれないと思っていた。
しかし、結局こういうしょうもないことで喧嘩が勃発するのは、永遠に変わらないのだろうと、良い意味でも悪い意味でも察したのだった。
次回、遂にグレイス家にやって来ます(誰がとは言わない)




