流せない涙
泣きたいけど、泣けない人達の話。
後半は三人称視点となります。
レイラとジョゼフから、2ヶ月後にはグレイス家を去ると聞かされて以降、医師から右目について説明されても生返事しかできなかった。
それだけ、二人がいなくなる事実には衝撃と空虚な気持ちを感じた。俺でさえそうなのだから、サラは相当なもののはずだ。
ひとまず、まだレイラとジョゼフがいるこの2ヶ月間は、俺は右目の瞼と周辺の切り傷の治療、右目を使わない生活へ切り替えるための訓練を優先的に行うことになった。
俺の右目は、絶対に開くことが出来ないよう、包帯とその次の眼帯が取れるまでの間だけ縫い合わせられた。縫われたのかま俺が気を失っている間だったのは、不幸中の幸いだ。それでも、顔を洗う時以外は包帯または眼帯を指示があるまで取ることは許されない。それを破れば左目も失明の危険があるとのことだ。
医師の説明が終わり、俺は旦那様に迷惑をかけたことと、依頼を果たせなかった謝罪と報告に向かう。
しかし、向かおうとしたタイミングでジョゼフが現れ、ドアの前で立ちはだかった。
「おい、まだ動き回るな。怪我人は寝ていろ」
「……だとしても謝罪だけはしとかねぇと…結局頼まれたものも持ち帰れて…」
「画材についてはサラが持っていたから大丈夫だ。謝罪なら僕が代わりにしておく。旦那様にとってはお前が無理をして悪化させるよりずっと良いはずだ。だから寝ろ」
「…………分かった…」
寝ないで行って結局悪化させた方が、余程迷惑がかかるかもしれない。そう思って向かうのを止めた俺に、ジョゼフは俺の肩を軽く拳で小突いた。
「……もう二度とあんな無茶はするなよ」
いつもの怒ったような顔ではなく、心配が混ざった顔をするジョゼフと、目線が混じり合った。
グレイス家に来てから約2年は経つが、ジルコニア家の人間より背が高いとばかり思っていたジョゼフが、今では俺と同じぐらいに見える。だが、年齢的にもうすぐ俺の方がジョゼフの背を抜くことになる。
今思えば、ジョゼフは都合のいい時だけ"大人"であることを求める身勝手な大人共とは違い、かと言って旦那様や奥様、レイラみたいに優しくはなくとも、いつでも俺を真っ当な"子供"として厳しく叱ってくれていた。
いつもガミガミ怒ってきてうざいと感じる時がなかったと言えば、嘘にはなる。どうしてもムカついて、言い返した事もあった。それでも『どうしようもないクソガキ』と見捨てる事なく、向き合ってくれた。
そんなジョゼフが、2ヶ月後にはレイラと共にグレイス家を去っていく。ジョゼフとレイラのように、俺はまだサラと組んで安心してやっていける訳ではないのに。
「……そういえば、前々から子供にしてはデカすぎると思っていたが、来年には僕を追い越してしまいそうだな」
「っ……来年なんて随分余裕だな。俺は明日にでもアンタを追い越してやるつもりだよ」
こうやって強がっていないと、弱い所を見せてしまう。そんな俺に気づいているのかいないのか、ジョゼフは「相変わらず生意気だ」と呟くなり、旦那様の元に向かって行った。
涙は、流さなかった。
否、流してはいけないと堪えた。
泣くと目に影響が出るかもしれないとも、考えていた。それ以上に、ジョゼフに弱い所を見せたくなかった。
ジョゼフとレイラがいなくなるのが不安だと、悟られたくなかった。サラと二人でやっていくには、仲の良さとか関係なくお互いがまだ幼いことぐらい分かっている。分かっているからこそ、まだいて欲しいと願っていた。
何より、寂しいと気づかれたくない。こんな子供みたいなことを考えていると、知られたくない。それを知ったジョゼフやレイラは、
『子供なんだからそう考えるのは自然な事だ』
と言うのだろう。
そういうことではない。自分はまだ子供なのは分かっていても、ここでちゃんと大人にならないと、ジョゼフ達二人の幸せを邪魔することになるかもしれない。
それを理解できてしまうから、涙が出そうだった。
サラは、今頃レイラの元で寂しいと泣いているだろう。
12歳でれっきとした子供のサラが、今は羨ましい。感情のままに泣いても許される。二人の幸せの邪魔になるとか考えられなくても、仕方ないとされる。
(兄上が亡くなったのも、サラと同じ歳の頃だったな…俺も本当は思い切り泣きたかった…)
泣きたいのに泣けない。目のことさえ気にならなければ、ジョゼフやレイラがいなくなるのは嫌だと、本当は兄を亡くした時に泣きたかったと、今なら涙を流せたのに。
ちゃんと泣いたのは、記憶にある限り旦那様…レオンに初めて会った時だけだ。
(もう良い…泣くとかそんなもんさっさと寝て忘れてやる…!)
布団の中に潜り込み、俺はひたすら睡眠の世界に入れるまで目を閉じ続けた。
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グレイが眠っていた二日の間に、宮廷ではとある悲しい出来事が起きた。
グレイが暴漢に襲われる数日前、アレキサンドラの誕生日の宴の最中、王妃フローラが病により倒れた。第三王子セルレウスを産んで一年経った頃から体調を崩しがちではあったが、ついにその身体は限界を迎えてしまった。
国王アウィンは、国中のあらゆる医者を呼び寄せ、愛妻であるフローラの回復を願った。医者の手が離せない時には、自ら看病をするほどだった。
しかし、看病と治療も叶わず、フローラは31年という短い人生を終えてしまった。
元々はしがない音楽家の娘であったフローラは、18歳を迎えた日に王妃となった。宮廷の環境に慣れないうちに王太子アレキサンドラを産んだことは、若い身にとって負担が多かった。しかし、周囲から王妃としての務めを果たすことを求められ、その2年後にはグランディエ、そのまた5年後にはセルレウスを産み、出産の負担は重なり続けた。
それでも耐えていられたのは、結婚前から愛し合っていたアウィンと、大切な子供達の存在があったからだ。
王妃としての苦難はあれど、一人の人間としての幸せを享受出来たフローラは、愛するアウィンと、子供達に見守られて息を引き取った。
一番悲しみが深かったのは、アウィンであった。フローラを愛するあまり、自身が王太子妃を迎える年を迎えても誰も娶らず、かと言ってフローラが6歳も年下だからまだ早い、苦労をさせるかもしれないと遠慮をし続けるほどだった。
フローラを亡くしたアウィンは、この先も後悔に苛まれながら、命が燃え尽きるその時まで国王としての責務を果たし続けた。
愛する人のことを考えても、人前で涙を流すほど気を取られてはいけない。どれだけ辛くとも、決して後を追うことだけはしてはならない。
これら二つを、特に徹底した。
アウィンの、愛妻を亡くしてもなお徹底された国王としての振る舞いは、この先国王となるアレキサンドラに対して、良くも悪くも影響を与えていくのであった。
次回は2ヶ月後の、レイラとジョゼフが旅立つ日の話。




