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かの淑女へ

エリザ(エリアーナ)、再登場。


俺は今、非常に気まずい状況だ。

目の前にはエリザがいて、隣にはサラがいる。

初恋とは言え良い思い出として昇華させたはずの相手を前にした途端、動揺を隠せなくなる。


「なんで…アンタがこんなところに…?」

「旦那がいない間に買い物でも行こうかと思ってね。グレイこそどうしたの?今度は執事の真似ごと?」

「っ……いや、今は見習いだがいずれ本当に執事になる予定」

俺とエリザは、サラにとってただの知り合いに見えているだろうか。娼婦時代のエリザには何度も相手をさせてもらった上に、俺は娼館で働いていたと知られれば、サラからますます嫌悪されることになる。

「サラ、あのさ…」

「ねぇ、アンタとはどういう繋がりの人なの?」

サラだけでもどうにか先に行かせようとしたが、その前にサラが口を開いてしまった。

「えっ、いやその…この人は…」

「あまりお嬢ちゃんの前で言いたくはなかったけど、私元々娼婦だったの。グレイは家出した時の寝泊まりのために娼館で働いてたから、仕事仲間ってやつ」

俺が止める前に、エリザがほとんど喋ってしまった。だが、少なくとも二度は肉体関係があったことまではバレていない。

「そ、そういうことだ…まあそんな訳だから早く用事を済ませるぞ」

「何でそんな焦ってんの?せっかくならもっと話せば……ってちょっと引っ張らないでよ!!」

そのままフェードアウト出来そうだと、俺は強引にサラを連れて行く。

昔のよしみで話したい気持ちはあるが、今サラがいる状況でエリザと話すと、バラされたくないことまでバレる可能性がある。

「グレイ、ちゃんと大事にしなさいね」

「ちげぇわそんなんじゃねぇよ!!!」

エリザは一体どんな勘違いをしたのだろうか。俺がサラと交際関係にあるとでも思っているのなら、双方にとって最悪すぎる。


(まあよく考えればサラは少なくとも中身だけは比較的好きな系統ではあるが…)


どういう因果なのか、エリザもサラも共通して気が強く、はっきりと物事を伝えるタイプだ。

しかし、サラの場合はたとえ中身が好みでも、普段の俺に対する極端な態度の悪さがどうにも恋愛対象として見られない。

こんな酷い勘違いをするということは、娼婦の仕事から離れた途端、エリザは色恋沙汰に鈍くなってしまったのだろう。できればそう思いたい。

「アンタ本当に話さなくて良かったの?娼館とはいえ、同じ仕事仲間だったんだから積もる話もあるんじゃないの?」

「ガキは余計なことまで気ぃ回さなくて良いんだよ。それに俺達は仕事中だ」

「……時々仕事中なのにジョゼフさんから隠れてお菓子食べてるくせに。どうせあの人のことが好きだけど久々に話すのが照れ臭いから仕事を理由にしたんでしょ」

「それとこれとは話が違う。今回は奥様の用事だから早く済ませないといけないんだよ。エリザとはなんも関係ねぇよ」

平静を装っているものの、サラにエリザは過去の初恋だと言い当てられて、内心動揺は止まらない。

エリザのことは、もう二度と会うことはないからとすでに自身の中で昇華させたはずだった。しかし、俺が思っていた以上にまだ昇華し切れていなかったらしい。

その証拠なのか、いつになくサラの揶揄うような口ぶりもエリザに似通っている気がして、エリザどころかサラにまでいつもの平静ではいられなくなっている。


(落ち着け…エリザのことはもう既婚者で、俺はとっくの昔に諦めていることだ…サラは単に揶揄ってるだけで、エリザに似ている気がしたのは気のせいで…)


サラは単に、俺の弱点を見つけてここぞとばかりに揶揄っているだけで、エリザとは全然違う。

そもそも、クソ生意気なガキに対して恋愛感情を抱く訳がない。たとえ気が強くはっきりした性格だとしても、礼儀がなっていなくてただ生意気なだけの女という時点であり得ない。


「グレイ…アンタだけ目的の場所通り過ぎてるけど大丈夫?」

「ッ…………お前が気づくかどうかテストしてたんだ。よく気が付けたな偉いぞ」

「動揺してるにしても言い訳が酷すぎて最早気持ち悪いんだけど…」

「俺のことは良いから早く用事を済ませるぞ」


サラは、あまりに典型的なミスをした上に悪口を言われても何の煽り返しもしない俺に、段々と不審なものを見るような目をし始めている。

これ以上エリザが近くにいるであろう場所にサラといると、いよいよとんでもないミスをしてしまいそうだ。


俺は、さっさと店の中に入って行った。





     ーーーーーーーーーーーー



「いらっしゃいませ!」

「あの、グレイス侯爵家で注文したものを受け取りに参りました」

「お待ちしておりました!こちらの画材ですね」

以前のサラなら、店員にも無愛想な態度だっただろう。それが今では、緊張しつつも丁寧に接することができている。

俺に対してはずっと口が悪くとも、他者にはちゃんと適切な態度が取れるようになったのは大きな進歩だ。

顔を合わせる度に喧嘩を売られて煽ったりしてきたが、成長に対しての褒美は必要だ。たまには、何か奢ってやろう。

「少しだけ見て行くか?」

「旦那様達を待たせるからダメなんじゃないの?」

「欲しいもんあるなら安いの限定で買ってやるよ」

「じゃあ見て行く!」

「現金な奴だな…ったく」

現金な奴な割に安いのだけと言われても喜ぶのを見ていると、基本的にサラは素直な奴なのだと実感させられる。

普段から俺に対して顔を合わせる度に喧嘩を売ってくるのは、裏を返せば俺にだけ何も取り繕っていないからなのではないかとも考えそうになる。


思えば、俺も旦那様や奥様は勿論のこと、他の使用人たちが相手となると比較的取り繕っている気がする。特に、レイラを筆頭とした女性には、間違ってもサラみたいな扱いは出来ない。

ただ、グレイス家内に関しては、あくまで使用人の中にも貴族出身がいるため、表向きの身分上では下手な口を聞けず、その上実家の母のおかげで、女性を怒らせることの恐ろしさを知っている。

しかし、娼館にいた頃はどうだっただろうか。

向こうは俺が貴族出身のガキなのは知っていたはずで、相手は娼婦だ。人間として敬意は払っても、貴族相手のように馬鹿みたく取り繕ったりする必要は無い。

それでも、俺は一部の喧嘩を売ってくる娼婦に煽り返したり、はっきり言いたいことを言うという手段を取らなかった。基本的には、適当に「はいはい」と受け流していた。お上品に毒舌を言い合うことはしても、本気で喧嘩をする気にはなれなかった。

今思えば、エリザに対してもそれは同じだった気がする。単純に、娼婦たちの中ではエリザだけが特別だっただけで。


エリザは、俺が家出した理由を聞いても、家に戻れだの貴族なのに勿体無いだの、親が心配するとか訳のわからない説教はせず、かと言って、変に優しい言葉はかけなかった。『ジルコニア家のグレイ』としてではなく、俺自身の話をちゃんと聞いてくれた。

当時の俺は、たったそれだけで喜びと安心を感じ、エリザに惹かれた。否、年月が経った今なら、本当の理由が分かる。


俺はエリザ自身ではなく、エリザといる時の居心地の良さに惹かれていただけだった。

その証拠に、俺はエリザが何故娼館にいるのかを、聞こうともしなかった。もし聞いてしまえば、エリザとの居心地の良さを失うかもしれないと恐れていた。自分が聞いてもらうだけで、相手の苦しみは聞こうともしない。

ガキの独り善がりな初恋とも言えるが、エリザは自分の境遇などを話して共依存になることを防ぐため、俺がわざわざ聞こうと思わないように敢えて気丈に振る舞っていたのだろう。

自分といる時の居心地の良さに俺が惹かれていることにも、気づいていたから。少年のあやふやな理由での初恋だろうと、少しは夢を見せたかったから。


(どちらにせよ結局…俺に敵う相手じゃなかったってことか。まあ、3年経った今も同じか)


サラとの関係を揶揄われた時点で、エリザにとって俺は一生ガキなのだ。対等に付き合いたいのなら、結局ガキと思われないように取り繕うしかない。


ぼんやり昔のことに頭を巡らせていると、サラが買いたいものを持って来た。


「グレイ、あたしこれ買って良い?奥様にプレゼントするから」

「自分のは良いのかよ?」

「いやこのお菓子買ってもらうから。それにプレゼントしたら奥様からまたお菓子もらえるかもそれないし」

「ほんと日に日に計算高くなってやがんな…今の発言、奥様か旦那様に言っても良いんだぞ?」

「はぁ!?絶対言うなって!!じゃないとアンタが隠れてお菓子食べてたのジョゼフさんに言いつけるから!」

「はいはい分かったよ、買ってくる」


結局しょうもないことでも揉めるが、俺もサラと話している時は取り繕っている感じはしない。

むしろ、上品に煽りつつも言いたいことは言えて、本当の居心地の良さを感じている。


何もかも最悪な始まりだったのが、時の流れというのは恐ろしいものだ。

否、どちらかと言うとエリザに会ったことで、考えなくても良い事まで考えているとも言える。


(ったく…さっさと終わらせて帰る…!)


会計を済ませ、俺とサラは店から出る。

このまま家に帰って、すぐに寝たい。

まとまりのつかない気持ちを、どうにか落ち着かせたい。

そう思っていると、外でやけに騒がしい声が聞こえてきた。


「?なんかうるさいんだけど…?」

「来た道じゃねぇかよ…仕方ない、遠回りするぞ」


揉め事が起こっていると思われるが、面倒には巻き込まれるのはごめんだ。遠回りをしようとした時、背後から脂ぎった男の大声が突き刺して来た。


『お前ぇ!!!あの時のクソガキかぁ!?!?絶対逃さんぞ!!!!』


そこにいたのは、明らかに太ってはいるがどこか面影がある男だった。

ずんずんと近寄ってくる男を、目を凝らして確認すると、思い当たる人物が浮かんだ。この男が騒ぐ理由が何なのかが分かってしまい、俺は心底げんなりした。


「………あん時俺が縛り上げたクソ客かよ」


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