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優しさなど捨てろ


俺は今、溜息を何度も吐きたい気分だ。


サラとかいう、3歳年下で可愛げのないクソガキの面倒を見る羽目になった上に、男だからと全く言うことを聞いてもらえない。俺の荒れていた頃よりも口調が粗暴で態度も悪く、旦那様以外の男対して常に威嚇している状態だった。

サラが引き取られてから一週間も経たないが、もう教育など投げ出したくなっている。


「苦戦しているな、グレイ」

「そう思うなら手助けして下さいよジョゼフ先輩」

「それが出来るならとっくにそうしている。僕もあの小娘に話しかけようとしたら思いっきり引っ掻かれたんだからな」

「ほんっとあのガキは肝だけやたらと据わってんな…」

鬼教官のジョゼフでさえも、引っ掻かれた顔をさすりながら参ったといえ表情をしていた。

厳しく教育しようものなら、絶対に引っ掻くか暴言を吐き散らすサラの有様は、あまり気は進まないがとにかく優しく接するしかなさそうだと考えてしまいそうになる。

「そもそもなんで俺が教育係なんだよ…侍女見習いとして育てるならレイラがやるべきだろ」

「旦那様曰く、侍女としての仕事はレイラさんに任せるが、人としてのマナーや礼儀作法をお前に育てて欲しいそうだ。そこも含めて元貴族のレイラさんに任せれば良いものを、何故お前なのかは本当に不思議なんだがな」

「……ははは、何故でしょうね〜…」

教育係を任された理由を聞かされた俺は、思わずぎくりとした。

新入りにマナーや礼儀作法を教えられる立場は、行儀見習いとして来る他の貴族の子供だけだ。グレイス家の中では、表向きは孤児とされている俺を除けばレイラのみが該当する。だからこそ、この状況は俺が本当は貴族であることを暗に明かされているようなものだ。

幸いジョゼフは普段の俺の振る舞いを見ていることでただ不思議がっているだけだが、屋敷にいる内の勘の良い人間が理由を聞いていたらと思うと気が気でならない。旦那様は一体何を考えているのか、それとも単にうっかりなのかを今すぐに問い詰めてやりたい。

「ともかく、侍女として働くのは出来ずともサラを真っ当な人間として育てることだけは絶対だそうだ。役目を任されたのならちゃんと最後まで責任を持て。分かったな?」

「…………はいよ」

真っ当な人間じゃないから家出をした俺にそのような立派なお役目が来るとは、何とも皮肉な話だ。

俺の面倒を見ていた親父もこんな気持ちだったのかもしれないと、少しでも考えそうになるのを掻き消しながら、暴れ馬小娘の元に向かうことにした。


(とにかく優しくするってやつ…やるしかねえのかな…あんま気は進まねぇけど)


暴れ馬を探していると、奥様の部屋から何やら楽しげな声が聞こえてきた。いつも静かに絵を描いている奥様にしては珍しいと思い、こっそり耳を澄ましてみる。


「サラちゃんの髪は優しい緑でとっても素敵ね。梳かし終わったら本を読んであげるわ」

「ん…」

「あ、そういえばこの前お菓子作ったの!お菓子好き?」

「………好き」

「良かった〜!じゃあ本読む前に食べましょう!」


会話を聞いた時、俺は度肝を抜かれた。


あのか弱い奥様が、猛獣のような娘の髪を梳かしているようだ。おまけに、本を読むとも話しており、サラもサラで大人しく髪を触られ、何を聞かれても素直に応じているらしい。

サラにとっては同じ女性だから大丈夫とは言え、奥様がまるで娘のように接していることが一番の驚きだ。レイラでさえ、喚かれることは無くともここまで仲が良い様子ではなかった。

奥様が猛獣使いなだけなのかもしれないが、あの様子を見てしまうと、優しくしたほうが効果的な気がしてくる。


(………優しくするってやつ、もしかしたらありなのか?)




     ーーーーーーーーーーーー



「えっと…今日なんだが…」

「何回言えば分かるんだよ!!あたしは男の言うことなんか聞かねぇって言ってんだろ!!」


男の俺が喋るだけでこの始末なサラに、優しくするのも厳しくするのも通用する気がしない。奥様もだが、旦那様でさえも猛獣使いとしか思えなくなってきた。

仕方ないので、俺も試しに"優しく接する"をやってみることにした。


「……あのさ、そこまで男の言うこと聞きたくないのって何か理由でもあるのか?」

「はあ?クソ親父が借金こさえた挙句にあたしを売り飛ばそうとしたからだって旦那様も言ってただろ。アンタには一生分からないだろうけど、男はみんなクソとしか思えない」

無謀だと思っていたが、優しめの口調で理由を聞いたら案外喚かなかった。このまま気を許せるまで話を聞けば、段々と言うことを聞き始めるだろう。

そう思った俺は、若干背筋がぞわぞわしながらも、もう一押しで優しく共感を見せる。

「今まで大変だったな。でもここではお前に危害を加える人間は誰もいない。男も例外なくだ」

自分でも言ってて気持ち悪いほどの寄り添いの姿勢と口調だが、これだけやればサラも流石に態度を軟化させるはずだ。

などと甘く考えていたところで、サラの表情はまた警戒心丸出しの獣のように戻っていた。

「そうやって優しくすればあたしが言うこと聞くとでも思ってんだろ!?あたしは絶対騙されないから!!」

こうなるとまたやり直しだ。と思うよりも先に、俺はサラに対して腹立たしさを感じ始めた。

特定の人間が憎いだけでありながら、男は総じて皆クソだと言う姿は、対象は違えど昔の俺に似通っているからだ。

父親が見てくれないのを恨んでいるだけのくせに、"大人"だからそいつらは皆クソだと決めつけ、悪戯ばかり繰り返して迷惑をかける。それでいて、信用できる大人だけは、そのクソな"大人"の括りには入れない図々しさ。

なにより、クソ扱いされている側が信用を得るために粘り強く寄り添い、優しくしたところでもう無駄だと感じさせる所が、一番似ている。

「お前が簡単に信用できないのは分かる。だとしても、恨むのは父親とかお前を買おうとした娼館の店主みたいに、お前に直接危害を加えた人間だけで十分だろ。関係ない男まで巻き込むなよ」

「はぁ!?ふざけんなクソ野郎!!これだから男はクソなんだよ!!自分のことは棚に上げてばっかりでさ!!」

「俺も別にお前が男全員に反抗的な態度取るならここまで思わない。でも旦那様にはそんな態度を取らないから余計に言いたくなるんだよ。正直、何もしてないのに勝手にクソ扱いされる男側からすれば、お前の態度はひたすら理不尽としか思えないんだが?」

本当なら、被害者にこんな説教じみたことをして良いわけがないことぐらい分かっている。しかし、これ以上寄り添っても無駄なら、厳しい現実を突きつけてやるしかない。

直接危害を加えた人間にはもうやり返すこともできず、何を言っても無駄だと諦めているからこそ、同じ共通点がある人間を身代わりにして恨み、ひたすら反抗する。そんなサラの姿は、本当の被害者であるはずが、"被害者ぶる人間"にしか見えなくなっている。


昔の俺と、同じように。


(親父も…家出する前の俺に対して同じことを思ってたのかもな…)


自分のことは憎んでも構わないとは言わずとも、少なくとも関係のない人間まで恨みの対象にするなと、親父はずっと思っていたのだろう。

そして、今の俺と同じように腹立たしさを感じ、何を言っても無駄だと諦め、俺を勘当した。


そんな俺でも、旦那様が受け入れてくれたことと、ジョゼフが敢えて厳しく教育してくれたおかげで、少しでも変わることができた。

旦那様や奥様、レイラが優しく受け入れる役目を請け負ったのなら、教育を任された俺のやるべきことは決まった。


「サラ、お前はただ被害者であることを盾にして無意味に関係のない人間を巻き込んでるだけだ。被害者だからって誰に何を言っても絶対許されると思うな」


俺は、悪役扱いされようと厳しさを徹する。



"優しさなど捨てろ"



ジルコニア公爵家の人間としての在り方を教えるたびに、親父から何度も言われて来た言葉だ。悪人が哀れな境遇であろうと安易に同情せず公平に判断するためだと、親父は言っていた。


痛い所を突かれたサラは、さっきまでの勢いを失い、口ごもり始めていた。

「っ……あたしは…別に許されたいとか思ってないし…」

「今は許して受け入れてくれる旦那様や奥様も、そんなお前を許せないと思う時がいつか来るんだよ。その時に苦しむのはお前だ。旦那様や奥様に愛想を尽かされる前に、そういう身勝手な考え方を今すぐ改めろ」

向こうがたじろいでいようと関係ない。

本人にとって一番恐れるであろう言葉を冷静にぶつけた瞬間、サラは悔しそうに顔を真っ赤にさせ、ぶるぶると震え出した。

「ッ〜〜〜〜〜!!!うるさいっ……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!!!!お前ほんと大っっっ嫌い!!!他の男の言うことは聞いてやっても良いけど、お前の言うことだけは絶対聞かねぇからな!!!」

図星を刺されたのか、サラは怒りを爆発させ、半ば涙目で喚き散らし始めた。

普通の人間なら、ここまで泣きながら喚かれれば、流石に折れて謝るか宥めるだろう。あのジョゼフでさえも、恐らく同じことになると思う。

しかし、俺は手温くやるつもりはなかった。サラがまだ喚くからではない。図星を突かれ、自身の悪点を指摘されたことで、元凶とは無関係でありながら憎まれる対象が男全体ではなく、俺一人に絞られたからだ。


サラは、少しずつだが変われる。


その見込みがあるなら、俺は優しさなど捨て、容赦なく教育する。


「はいはい、泣き喚く暇があるなら席に着け。まずはテーブルマナーの大前提として、黙って座れる所から始めるぞ」

「は…?普通そこはっ……ッ〜〜〜〜〜!!」


俺が慰めるどころか怒りもせず、適当に流して教育を進めようとしたからか、怒られる覚悟を決めるか慰めを期待していたサラは、もう喚く気力すら無くしていた。

乱暴にドサっと椅子に腰掛け、足を組んでいたが、その時点で食事の場ではアウトだったため、すぐに矯正させることにした。

そこからまたサラの怒りが復活し、またうるせぇとか黙れと怒鳴ってぎゃーぎゃー文句を垂れてきたのは、言うまでもない。

組んでいた足を下ろすぐらいで手間をかけさせないで欲しいが、この後も基本中の基本のテーブルマナーまで教えなければならない。


サラが基本中の基本のテーブルマナーを覚えられるまで確実に俺は傷だらけになるだろうと、気が遠くなるのを感じた。




     ーーーーーーーーーーーー



数日後…


「一時はどうなるかと思ったけど、あのサラが姿勢良くテーブルに着いて食事を取れるようになるなんて、やっぱりグレイに任せて正解だったよ!」

「それは誠に有り難きお言葉でございます…」

旦那様にここまで褒められるまで、俺はどれだけ苦労したことか。

ナイフどころかフォークすらろくに使えないサラに、持ち方を教えようと手に触れた瞬間に手を撥ね付けられるわ、逃げようとする時に押さえつけようものなら隙を見て引っ掻かれた。サラが人として当たり前のマナーや礼儀作法を習得するか、もしくは俺と和解するまでの間は確実に生傷が絶えないことだろう。

「サラ、よく頑張ったね」

「ここに来て一か月もまだ経ってないのにここまで覚えられてすごい!」

旦那様とレイラは、相変わらずサラに優しく接しており、俺からすれば最早甘やかしているように見える。


(でもこれぐらい他が優しくしないとサラが潰れるだろうし…まあ良いか)


口には出さないが少し照れて喜んでいる様子のサラの元に、ジョゼフが近寄って来た。それを見た途端、俺はサラに引っ掻かれるかもしれないと危惧し、ジョゼフを止めようとした。

だが、その前にジョゼフが口を開いてしまった。

「サラ、言っておくがこれで終わりではないぞ。侍女としての仕事やテーブルマナーだけでなく、言葉遣いや姿勢、普段の立ち振る舞いもこれから覚えてもらう。これだけで満足するなよ」

俺は、頭を抱えた。

テーブルマナーを教える前に、サラは勢い余って他の男の言うことは聞くが俺の言うことは聞かないと言っていた。勢いで言ったことは忘れられやすいからこそ、偉そうな口調で甘んじるなと言われたサラはきっとジョゼフを引っ掻くだろうと。



「………はい、わかり…ました」

「それで良い。これからも精進しろ」

「サラ、いっぱい食べるんだよ」

「はい、その…美味しかったです」

「これからも頑張れよ!」

「はい、頑張ります…」


サラは、ジョゼフに対して引っ掻くどころか喚きもせず、素直に返事をしていた。それどころか、他の男の使用人が声をかけても、同じだった。

まさかと思い、俺は試しにサラに声をかけに行くことした。

「それだけやる気があるなら十分だな。テーブルマナーの基本が覚えられたら次は…」

「近づくんじゃねぇよクソ野郎!!あたしはアンタのことなんか大っっっ嫌いだよ!!」

俺を見るなり、サラはやはり親の仇の如く睨みつけて怒鳴った。

これで俺は、確信した。

このクソガキは、憎む男の対象を完全に俺だけに絞りやがったと。

「……前途多難だろうけど、グレイの腕は確かだからよろしく頼むよ」

「グレイくん、頑張れ」

「お前…僕より嫌われるとは相当だな。言っておくが旦那様に任された仕事なのだから放棄は絶対するなよ」

旦那様達は、俺に憐れみの目を向けながら、応援の言葉を送るなり持ち場に戻っていく。


皆いなくなり、サラと二人だけになった。


「……さっきの話だが、奇遇だな。俺もお前が大嫌いだ。俺にこれ以上関わりたくないなら、さっさと俺の教育が必要無くなるぐらいには成長しろよ。サラちゃん?」

「っ……!ほんっと性格悪いんだよ腹黒クソ野郎…!!」


こうして俺とサラの関係は、何もかもが最悪な形から始まったのだった。


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