最高の結末と最悪の出会い
この一日中、ずっと気にしていたことがあった。
ジョゼフは大丈夫だろうか、と。
昨日、グレイス家を去ると突然俺に打ち明けてきた時、深刻そうな表情をしていた。恐らく、クローズ家の連中に出身のことを差別され、罵倒されたことが原因だ。
執事を辞めるよりも悲惨なことになってはいないかとずっと心配していたため、ジョゼフが荷物をまとめている最中にレイラをけしかけ、部屋に入れて何としてでも付きっきりにさせ、止めてもらおうと思っていた。
だが、辞めるかそれ以上の最悪の結末は防げても、クローズ家のせいで自分のことよりもレイラのことを気にしていたであろうジョゼフのことだから、ますます二人がすれ違う可能性も否めない。
今日、朝起きた時に様子を見に行こうと思い、俺は苦手な早起きをした。レイラはまだ自室にいないため、ジョゼフの部屋に向かう。
(頼む…せめてレイラが爆睡している間に急いで準備しているぐらいであってくれ…)
らしくなく胸に祈りを抱き、ノックをした後、ジョゼフの部屋の扉をゆっくりと開けた。
「……ジョゼフ、大丈夫……………か?」
「おい!!まだ入って良いと言っていないだろう!!!」
通常通りのジョゼフで安心した、と素直に思いたかった。
辛うじて下は履いていたものの、上半身裸で慌ててシャツに腕を通そうとしているジョゼフの姿に、俺は全ての心配が空の彼方へと飛ばされていくのを感じた。
(………昨日の夜、盛り上がったんだな)
遠い目をしている俺に、ジョゼフは「早く閉めろ!」と目つきの悪い裸眼を鋭くさせつつも顔を真っ赤にさせて訴えている。
「………まだ続けたかったら俺が誤魔化しとくんでどうぞごゆっくり」
「余計なお世話だ!!変な気を遣うな!!!」
「ん〜〜…なぁにジョゼフ…?あ、グレイ君おはよう」
「っ!!??レイラさん!!身体隠してください!!!」
「おはよう、とりあえずまた後で」
起き上がってきたレイラの方は全く服を着ていないようだったので、流石に目を伏せて部屋を出た。愛する男以外に身体を見られかけたというのに、なんと呑気な女性だろうか。
そう思いつつも、やっと二人の想いが通じ合ったのだと考えれば、何はともあれ一安心だ。
旦那様に挨拶に向かおうと歩いていると、向こうから奥様が心配そうにジョゼフの部屋に向かおうとしていた。
「……ぐ、グレイ君。ジョゼフ君は大丈夫だった?」
「っ!奥様、おはようございます。彼の名誉のために通常通りと言っておきます」
「あら…もしかしてレイラちゃんと何かあったのね?めでたいわ、ふふ」
ぽやんとしていそうなイメージだったが、奥様はすぐに俺のオブラートに包んだ言葉の中身を見抜いてしまった。
「は、はい。本人達は…特にジョゼフは旦那様の許しがあるかと不安がっておりますが、私は応援したいです」
「実は私も応援してたの。でもレイラちゃんはいざって時にもじもじしちゃうし、ジョゼフ君はあの通りでしょ?だからレオン様も同じようにもどかしく思っていたわ」
「え、あ…そうだったんですね」
奥様だけではなく、旦那様まで見抜いていたとは知らず、俺だけが少しばかりもどかしく思っているという思い込みをしていた。否、周囲は皆知っていて同じように思っていたのかもしれない。
こんなにお互いの想いを知られているのに、相当お互いのことを考えて遠慮し合っていたのだと、二人のことが少し羨ましく感じた。
(まあ、俺にそんな相手が現れるかなんて親父が謝ってくれるのと同じくらい確率が低いだろうな)
薄暗いことを考える一方で、部屋から戻って来たレイラとジョゼフは、皆を集めて何か報告したいことがあると言って来た。
旦那様や奥様を含めた皆の注目が集まる中、ジョゼフは顔を真っ赤にさせながら口を開いた。
「そ、その…僕はこのレイラ・ガードナーさんと……け、結婚することに…いたしました…」
皆、ジョゼフの報告に静まり返った。
俺や奥様はあの現場の後を先に目撃しているため特に驚きはせず、俺はニヤつき、奥様はニコニコと笑っている。次第に、その他の空気は『うん知ってた』というものに変わっていく。
「やっとか」
「むしろなんで今までしなかったんだよ」
使用人達は皆口々に、「遅い」だの「レイラさんを待たせるんじゃない」など、ジョゼフの決断の遅さを責めつつも、なんだかんだで祝福している。
「ジョゼフ、レイラ。二人とも結婚おめでとう」
後方にいた旦那様も前に出て来て、にこやかに二人の結婚を祝福する。と思いきや、ジョゼフの方を向くなり目の奥が笑っていない表情に変わった。
「こんな僕ですら一年で想いを告げたのに…五年以上は流石に待たせすぎだよ、ジョゼフ君」
まさかの、ジョゼフに対して小言をぶつけるとは思わず、俺を含めて皆驚いた。あんな顔の旦那様は見たことがないのか、恐れすら抱く者もいた。
ただ、その一言だけで旦那様も奥様と同じように、むしろそれ以上にやきもきしていたのだろう。結局、皆ジョゼフとレイラのことを見守っていたようだ。
「……グレイ、心配かけてすまなかった」
「ほんとだよ。レイラにいつ想いを告げるのかずっと心配してたんだからな」
「そっちの意味ではなっ……まあいい、ある意味お前がグレイス家に来てくれたおかげだ。感謝する」
「………おう。そんじゃあ、お礼なら煙草一本くれ」
「それは18になるまでダメだと何度言えば分かるんだ!!」
煙草はまたしても貰えなかったが、クローズ家のせいで一悶着起きたものの、なんとか良い方向に日常は戻った。
レイラとジョゼフは、結婚後も別の貴族の家に雇われるまでは、このグレイス家で生活するらしい。生暖かい目で見守られることは覚悟の上だろう。
(俺はまあ、恋愛についてはごっこ遊びですらもう二度としたくねぇな。そもそも二人みたいな関係になれる女がいるとは到底思えねぇし)
エリザは、人柄はそれなりに良い商人の元に嫁いで、幸せに暮らしている。その初恋も、自覚した頃にはとっくに終わっていた。
貴族だった頃ですら子供らしい恋など全くしたことがなく、ウィルとふざけ合うか悪戯を繰り返すばかりだった。
恋愛はもう無縁の世界だと諦めの境地に入った俺は、その後も執事見習いとしてジョゼフと共に仕事をこなし続けた。
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二年後…
グレイス家で執事の仕事を始めてから、月日が経つのは早かった。
ジョゼフとレイラは変わらず仲が良く、旦那様や奥様は勿論のこと、使用人達は暖かい目で見守っている。ジョゼフ自身が身分差を考え、お互い想いを隠し通してきた日々が最早嘘のように感じる。
クローズ家については、いきなり来た日以来ずっと来ていない。用事があれば旦那様が向かい、毎回戻ってくるとやれやれといった表情をしている。あの家は恐らく、ずっとああいう人間なのだろう。
間違いないのは、二年前に比べれば平和な日々であるということだ。
金持ちの女性の家で寝泊まりしながら一晩相手にしていた頃からは、本当に想像が付かない。何より、朝目が覚めて、俺の髪を筆頭にした白いものを見ても、灰で濁っているように見えなくなった。おまけに、ジョゼフとレイラの一件以来、奥様とも打ち解けられた。
少しずつだが、俺は良い方向に変わってきているのかもしれない。勘当も同然の状態なこともあり、今でもジルコニア家に戻るつもりは全くないが、以前よりも親父に対する怒りは解けている。というよりは、ほぼ諦めに近い。
遠い未来にグレイス家から他の家に雇われた頃には、俺はただの"グレイ"になっているはずだ。余程のことが無ければ、絶対ジルコニア家に戻ることなんて永遠にあり得ない。
だからこそ、親父の知り合いにいそうな貴族が来たら隠れつつも、余計なことは考えず今の平穏な日々を満喫しよう。
そう考えていたある日、旦那様が俺や他の使用人達を集めた。
その隣には、警戒心から鋭い眼光で睨みつけている小汚い娘がいる。カーキブラウンの髪はボサボサで艶がなく、腕には所々痣があった。
「皆に紹介するよ。この子はサラ・ヴェネット。父親に娼館に売られそうになっていたから、急いで引き取ったんだ。分かっているとは思うけど、これからしばらくはこの子の面倒を見るように」
『はい!旦那様』
「それじゃあレイラは風呂に連れて行ってあげて」
「分かりました!じゃあお風呂行こうね」
警戒心丸出しの状態でも、レイラに引き渡されたら大人しく連れられている様子からして、サラという少女はそこまで厄介な娘ではないだろう。
俺は側から見て、そう思っていた。厄介かどうかに関しても、そもそも俺の仕事には関係無さそうだから、特に気にする必要はない。
その判断が大きな間違いだということを知るのは、レイラが風呂に入れてから数時間後であった。
「偉そうに命令してくんじゃねぇよクソ野郎!!あたしは男なんか信用してねぇからな!!!」
(………なんで俺がこんなピーピーうるさいガキの面倒を見るハメになったんだ…!!)
頭を抱えたいほどのこの現状は、いっそジルコニア家に戻りたくなるぐらい最悪だ。
経験を積むという理由でサラの教育係を任されてしまった上に、その小娘は旦那様を除く男にはやたらと反抗的で警戒心丸出しで、俺が何か言おうものならこうやって喚く始末だ。
(ああ…ジョゼフに扱かれてた頃が最早恋しい…)
サラがやってきたことで、平穏だった日常はまた波乱を迎えた。
そのクソうるさいガキの存在が、後々俺にまた大きな変化をもたらすことは、この時はまだ誰も知る由もない。
サラ、この時はめちゃくちゃ口が悪い。本編の快活で面倒見の良い侍女に至るまで、見守ってやってください




