人とも呼べない化け物
当該作品含め、『記憶喪失の転生者』には様々な侮蔑表現が入っておりますが、あくまで作中の世界観や一部のキャラによる価値観によるものであり、それらを推奨する意図はありません。
特に多方面から言及された訳ではありませんが、今回の話はあまりに不適切な表現が多いため、改めて弁明いたしました。
旦那様の弟であるクローズ伯爵とその妻子が、突然来訪してきたかと思えば、三人揃って無礼な口を聞く人間だった。
百歩譲って使用人や侍女、執事、果てには従者が相手であれば、貴族だから仕方ないことだ。だが、クローズ伯爵夫妻は、基本的に長子制のこの国で自分自身より偉いはずの兄の妻に対して、聞き捨てならない妄言まで吐いた。
子供を産むことができない女性を侮蔑する言葉である、"石女"と。
奥様は青ざめた顔をしており、俯いたまま黙っている。旦那様は、いつもの穏やかな表情を厳しくさせ、無礼な夫妻を睨みつけていた。
「ああ、兄上。今のは気のせいでございますよ?それよりもお久しぶりでございます」
「…久しぶりだね。トニーも随分大きくなったみたいで何よりだよ」
弟にしらを切られてなかったことにされた手前、これ以上睨み付けても仕方ないと判断した旦那様は、笑顔を作り直して挨拶を交わすことしたようだ。
「そうでございましょう?私どもにとって子供というのはとても素晴らしい生きがいでございます!」
「お義兄様も子供をお持ちになればこの素晴らしさが分かると思いますわ!」
しかし、この弟一家はどこまでも旦那様の配慮を無碍にする。先ほどまで奥様を石女と蔑んだ直後に、トニーを持ち出して子供を持つことを勧めてくる。
旦那様の隣では奥様が俯いてしまっており、気の毒なぐらい瞳に涙を浮かべていた。その様子に目を向けた弟妻は、話を止めるどころかニヤついている。この女の性根の腐り具合は、ルベウス家のシャーロットが可愛く思えるレベルだと、俺はジョゼフの後ろで目立たないのを利用して軽蔑の眼差しを向けた。
「気持ちはありがたいんだけど、僕は引き取った子達が巣立っていくまでを見守るのが、今のところ一番の生き甲斐なんだ」
「えぇ?野良犬共の面倒を見ることがですかぁ?気でも狂いましたか兄上?」
「恐らくお義兄様は子供に恵まれない時間が長過ぎて気が動転してしまっているのよ!こうなれば"妾"を迎えてでも子供をお持ちになった方がお義兄様のためですわ!」
ひたすらに余計なお世話でしかない。
子供を持てという理由で妾を推し進めるのであれば、トニー以来ずっと子宝に恵まれないクローズ伯爵がまず妾を持って兄に手本を見せるべきだろう。とはいえ、提案してきた妻本人は見るからに嫉妬深そうだから、実際に自身の夫が妾を持つことを許さないのは目に見えている。
自分が出来もしないくせに人に勧めるとは、つくづく配慮もなければ客観性にも欠けたどうしようもない夫婦だ。
「君たちいい加減に」
「ねぇ〜いつまで話すの?俺もう遊びたいんだけど!」
旦那様が怒るのを遮るように、トニーが遊びたいと駄々を捏ね出した。無礼な上に空気も読めないとは、ますます次期当主として相応しくない人間性だ。
「あらあら、トニーってば本当に元気ねぇ」
「遊んでて良いぞ!執事の後ろにいるガキにでも相手をしてもらってきなさい」
親は静かに出来ず駄々をこねる息子を宥めるでもなければ叱ることもなく、甘やかして遊んでこいと言い出した。あろうことか、俺に相手をしてもらえとほざく始末だ。
「え〜〜あいつやだ!女が良い!父上が連れ回してるようなのとか!」
「トニー…!それは今言うんじゃないっ!」
「トニー、それは帰ってからにしましょうね。遊ぶだけならあの目つきの悪い子でも良いじゃない」
俺ではなく女が良いと喚くエロガキは、クローズ伯爵が慌てるほどの如何わしい情報まで漏らした。先ほどから俺に対して随分な言い草だが、ここで密かに隠し持っていた実家の紋章か紋章印を見せつけたら、確実にこの馬鹿一家は俺に怯えて土下座で謝り倒すだろう。
しかし、俺の苛立ちだけで今そんなことをすれば旦那様に迷惑をかけることになる。家出したジルコニア家の一人息子となったグレイを隠していたと疑われ、旦那様は罪に問われる可能性も否定できない。その可能性が実現してしまえば、グレイス家にいる従者、使用人に渡って一斉に路頭に迷うこととなる。
(まあ、俺がわざわざそんなことをしなくてもいずれこいつらは落ちぶれるものだ。とりあえずヤバめの情報だけは収集しときたいが…このガキのことだから俺には近づかないだろうな…)
「あの白髪野郎より俺はこの女が良い!」
「えっ!?ちょっ…おやめください!」
俺が情報収集について考えている間に、トニーがいきなりレイラの腕を引っ張り、父親と同じように連れ回して遊ぼうとし始めていた。誰が白髪だと言いたいが、嫌がるレイラの腕を離すどころか、抱きつくという暴挙まで働こうとしている。
俺の側で立つジョゼフは、いつも以上に目つき悪くエロガキを睨みつけ、血が出そうなほど拳を握り締めていた。
「あら、その子が気に入ったの?田舎くさそうな女だとは思っていたけど中々可愛らしい子じゃない」
「身分差はあれどトニーがそこまで気に入ったのなら嫁に迎えてやっても良いぞ!」
ジョゼフの怒りを無意識に逆撫でするかのように、バカ親共はレイラをトニーの嫁にしようと言い出した。レイラはここぞとばかりに拒絶の顔を見せているが、全く気付かれることはなく話はどんどん進められていく。
「フィリップ!!本人の気持ちも決めず息子一人のために勝手に決めるのはやめなさい!」
「兄上も厄介な穀潰しが一人いなくなって良いではありませんか!折角トニーの妻の候補が出来ようというのにみすみす逃せというのですか!?」
レオンが注意をした所で、馬鹿には何も響かない。
大人が揉めている間に、トニーも嫁候補になると思い込んで段々と調子に乗り始めていた。
「嫁に迎えるなら、まず縄に繋いで歩かせて楽しいか確認させろ!」
「な、縄…ッ!?」
クローズ家の如何わしい情報の詳細が馬鹿息子の口から聞けたことは、正直どうでも良かった。今はレイラを縄に繋いで連れ回そうとするトニーに対して、俺はグレイス家に遠慮して何もしないまま見ている方が限界だった。
俺は紋章を見せるため、隠し場所のシャツの裏地に、バレないよう手を伸ばす。トニーが決定的な情報を口にしたら、すぐに出そうと思っていた。
「じゃあまず四つん這いにな…っうぉあああッ!?何をするんだ貴様ッ!!」
「いい加減にしろこの痴れ者が!!!レイラさんにこれ以上指一本でも触れたら貴族の子供だろうがただじゃおかないぞ!!!」
俺が紋章を出そうとする前に、先に限界を迎えてしまった人物がいた。
引き剥がされたレイラは、トニーのせいで強張っていた表情が一瞬だけ安心に変わった。だが、立場的に許されない行いをしたことに変わりはないため、咎めようと表情を厳しくさせた。
「ジョゼフ!私は大丈夫だからすぐにトニー様を離しなさい!」
「レイラさんがこんな奴に好き勝手されそうになって黙っているぐらいなら罪に問われた方がずっとマシです!!」
「離せこの無礼者!絶対潰してやるからな!!」
「ちょっと貴方!!執事のくせに貴族の息子に手を上げるなんて何を考えているの!?」
「やはり庶民出身の人間は野蛮で愚かな奴らばかりだ!!兄上!こいつを早く捕らえて下さい!!」
トニーの首根っこを後ろから引っ掴み、鬼の形相で怒りを露わにするジョゼフに、掴まれた本人は勿論のこと、親は猿のようにキーキーと騒ぎ立てている。
自分達が原因であることなど、一ミリも考えることもなく。
俺の目に映るクローズ家一同は、最早人の形をした化け物だった。そのうちのクローズ伯爵は自身の兄に向かって、怒鳴る勢いで訴え始めた。
「兄上!早く目をお覚ましください!品のない庶民な上にこの男はよりによって闇家業出身で東洋人の血を引いているという、人とも呼べない存在ではありませんか!」
「東洋人ですってぇ!?なんてこと!!そんな化け物を執事として側に置くだなんてっ…!ああもう同じ空間にいるだけで穢れるわ!!」
旦那様を説得するためという大義名分に酔ってるだけのくせに、言ってることはただジョゼフの出身を侮辱しているだけだ。妻に至っては、ジョゼフを汚いものでも見るかのように嗚咽までしている。
ジョゼフ自身が図星を喰らったように何も言えなくなっているのを良いことに、クローズ伯爵は説得という名のもとで罵ることを止めなくなった。
「それもこれもろくに子も宿せない女を側に置いているからここまでおかしくなられたのですよ!一刻も早く離縁して新たに女を」
「フィリップ!!!!今すぐその口を閉じなさい!!!」
奥様のことまで再び罵り出した途端、旦那様の堪忍袋がついに切れた。
いつもの穏やかな表情からは想像がつかないほど、旦那様は弟を鋭く睨みつけている。常時優しい人間がここまで声を張り上げて怒鳴る程のことを、クローズ伯爵がやらかしてしまったのは誰の目にも明白だった。
しんとした空気の中、旦那様が静かに深呼吸し、口を開いた。
「……君達は僕にとって家族も同然の人達を侮辱するだけでなく、最愛の妻の名誉や心を深く傷つけた。もう二度とこの家の敷居を跨ぐことは許さない。今すぐ出ていってくれ」
「は…!?兄上??何をふざけたことを仰るのですか!?今後の親戚付き合いはどうなさるのです!?孤立しても良いのですか!?」
「元よりあんな人達との付き合いを続けたいだなんて思ってもいない。父上と君の母上のことは責任を持って看取ったんだ。後は君が一人で好きにすれば良い。それと、今後話したいことがあるなら僕から赴くつもりだよ。その代わり、事前に便りを送ることは二度と忘れないように」
家族を持ち出してまで文句を言われようと、旦那様は隙も与えない。事前の知らせもなく来ようとしたことにはやはり相当怒っていたようで、その警告をする時の旦那様の声色は、怒鳴っていた時の何倍も恐ろしかった。
「っ………ああはいそうしてやりますとも!一生後悔して生きるんだな!!」
「さあ帰るわよトニー!こんな穢らわしい家さっさと出ましょう!」
ようやく、化け物達が元いた場所へと帰っていった。
それでもやはり、空気は重く沈んでいる。あのクローズ伯爵一家は、人の家の空気を乱すだけ乱して、胸糞の悪さだけを与えた奴らだった。
やはり紋章を出しておけば良かったと後悔していると、啜り泣く声が聞こえてきた。その声の方を見ると、決壊したように涙を流す奥様がいた。
「っ……ごめんなさいっ…元々は…私が不甲斐ないから…レオン様にご迷惑をおかけ…してっ……ぐすっ…」
「…ミアは何も気にしなくて良いんだよ。愚弟を家に入れるべきじゃなかったのに、見誤った僕が悪いんだ」
深く傷ついた奥様に寄り添い、慰める旦那様を見ていると、俺はクローズ伯爵一家に抱いた一瞬の怒りが沸々と湧き出していく。
何故、何も悪くない人達がこんなに苦しむ必要があるのだろうか。あの愚かな一家は一頻り怒った後には何事もなく自堕落に過ごすというのに。
そして、何も悪くないのは、旦那様達だけではない。
「ジョゼフ…あの人達の言ったことは気にしないで」
「大丈夫です!久々だったとはいえ、言われること自体は元々慣れていますし、全て事実ですので」
お互い大切な存在として想い合っているにも関わらず、様々な侮辱を浴びたせいで、自身を卑下して離れようとしてしまう。あの化け物達は、一度吐いた言葉をすぐ忘れていくのに。
俺がこの場で"グレイ・ジルコニア"として居たのなら、クローズ伯爵家に罰を与えることが出来たかもしれない。
ジルコニア家に不満を抱いて家出をしたはずが、今になってそのようなことを考えてしまう。紋章を出しておけば良かったのだろうが、元より身元を明かしたとしても、俺自身が親父から勘当も同然の扱いを受けている時点で意味を成さない。
(こんな状況にはなっても…兄から直々に向こうからの接触禁止を言い渡せただけまだマシな方だ)
後は本人達が立ち直れば、クローズ家に悩まされることは無くなる。
俺がそう呑気に構えていた一週間後、ジョゼフが突然出て行くと言い出した。
次回はジョゼフ視点になります。




