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嵐の到来

グレイス家に来てから、二週間経った。

俺は執事としての仕事を覚えながら、ジョゼフが良しと認めるまで、一日目からずっと毎日姿勢矯正を身体に染み込ませるように行っている。


「グレイ!!肩が前に出ている!もっと肩甲骨を使って胸を張ることを意識しろ!」

「はい!」


執事としての仕事に対する飲み込み自体は、俺は悪くない方であった。だが、家出から約一年の間で、随分と姿勢が悪くなっていたらしい。

貴族時代の習慣でどうにか身体が覚えていると思った俺が甘かった。


「胸を張る時に背まで反らすな!背は反らさずに胸をこう張れ!!」

「いでででででっ!!!死ぬ!死ぬって!!骨が折れる!!」

「これでも加減はしている!この程度で音を上げるとは情けない奴だな!」

「あ"ぁ!?誰が情けないだよ!!後で覚えてろよクソ眼鏡!!」

「ほう?反抗するとは随分と余裕があるようだな?だったらこれぐらいは出来るな?」

「ぎゃあああああああっ!!!すみません言い過ぎました!!だからこれ以上はぁああああああああっ!!!!」


生意気な口を聞いたことでクソ眼鏡…ジョゼフに肩甲骨を半ば無理やり寄せられ、俺は痛みに耐え切れず腹の底から絶叫した。

姿勢矯正から解放された頃には、筋肉痛などでもう動けなくなっていた。同時に俺の今日やることは全て終わったようで、ベッドで横たわるしか出来なくなった。


(クッソ…あの堅物眼鏡容赦なさすぎだろ!成長したら覚えとけよ…………ん?誰かいる?)


ドアも閉める余裕がなくてほぼ開けっ放しにしていたのもあるが、やけに視線を感じる。その方向を見てみると、あの淡いピンク色のふわふわした髪と瞳がこちらを覗いていた。


「あっ、奥様!?そのっ…痛っ!!!」


ミア様だと思った俺は、挨拶をしようと急いで起き上がった。が、筋肉痛のせいで身体が動かず、俺は悶えるしか出来ない。

痛みで悶えながらも、俺はなんとか起き上がる。

「も、申し訳ございません!ドアはちゃんと閉めておきますので…!」

「あっ…ち、違うの!勝手に見てごめんなさい…また明日っ…」

謝罪しようと思ったが、逆に奥様に謝られてしまった。そのままパタパタと走って逃げられて、俺は頑張って起きた疲れでヘナヘナと崩れ落ちた。

「はぁあ〜〜〜…俺やっぱミア様に怖がられてんのかな…?」

だが、怖がっていて苦手に思うのなら、何故俺のことを見ていたのだろう。

監視している可能性もあるが、あの人見知りの奥様は監視すらもしたくないはずだ。もしかしたら心配でもしてくれたのだろうか。そう勘違いしそうになるのを、俺はどうにか止めたい。


「………ジョゼフまだ起きてっかな…」


なんとなく、ジョゼフに会いたくなった。最初はあんなに苦手に思っていたのが、今では不安になると相談したくなる相手となっている。

決して兄上みたいに優しく聞くことはない。だが、親父とは違って俺の話をちゃんと聞いた上で、的確にアドバイスはくれる。


ジョゼフを探しに、俺は()()()()に向かった。




     ーーーーーーーーーーーー


「ジョゼフ」

「っ!?な、何故お前がここにいる…!?子供はもう寝る時間だぞ!」


予想は当たった。

夜にジョゼフが向かう場所では、タバコの匂いが充満している。喫煙所で一服を嗜むところを子供に見られたことで、動揺しているのが丸分かりだ。

自分で出来るまで朝の身支度を手伝ってもらっていた期間、娼婦が吸ってたようなタバコの匂いがジョゼフから微かに漂っていた。

このことで、ジョゼフは夜にこっそり吸い、旦那様と会う時には何事も無かったように匂いを消して振る舞っている喫煙者だと分かった。


「ジョゼフが居そうな所はここしかねぇって思ったんだよ。それに女の相手で朝まで寝かせてくれなかったことが何度もある奴が子供なわけあるか」

「なっ…!!そ、そんなことを堂々と口にするな破廉恥が!!」

「それよりタバコ一本くれよ」

「これは子供が吸うものでは無い!!良いからあっちへ行け!!」

タバコを強請ったら、案の定しっしっと手で払われる。しかし、タバコなど利用せずとも俺はあの魔法の言葉を持っている。

ちょっと憂いのある表情を作り、俺は口を開いた。

「………ジョゼフにしか、相談できないんだ」

「っ…………!!ふん!僕にしか言えないのなら仕方ない!聞くだけ聞いてやろう!」

分かりやすい上に本当にチョロい男だ。レイラは何故こんな男に恋で苦戦しているのかが心底不思議でたまらない。

まあそれは良いとして、本題に入るとしよう。

「実は…奥様のことでちょっと聞きたいんだけど…」

「なんだ?」

「さっき俺がベッドで倒れ込んでたら、奥様が見てたんだ。失礼な所を見せたと思って謝りに向かおうとしたら…逆に謝られて逃げられた。なんで俺のこと見てたのかが…どうしても分からねぇんだよ」

心配してくれていたと希望を持ちそうになったが、俺はそれをどうしても持ち続けることができない。監視されていたと言われる方がマシだと、日頃の癖で考えてしまう。


「………お前は自分に関することは何も理解できていないんだな。他者への洞察力だけは優れている割に」

「……まあ、昔はその洞察力ってやつを嫌でも鍛えさせられたからな…」

「それでも分からないなら、奥様に直接聞けば良いだろう。怖がられていると思っているのかもしれないが、奥様はお前のことを心配していた」

「えっ?」

奥様が心配していたことが俺の勘違いでなかったことよりも、ジョゼフが知っていることに俺は驚いた。

「ここに来る前、奥様は僕に仰っていた。"グレイに厳しくし過ぎてはあまりに可哀想だ"なるべく手加減してあげて欲しい"といった趣旨だな。長年ここで過ごしていても僕を未だに怖がることもある方が、わざわざお前のためにな」

「っ……俺のこと…本当に心配していたんだ…」

俺は別に厳しくされること自体、幼い頃から慣れている。なんなら、ジョゼフの教育は昔に比べれば概ね易しい方だ。

それでも、奥様は純粋に俺を心配してくれたのは少し照れ臭いが嬉しさも感じた。

「まあ、奥様がそう仰ったところで、僕は妥協などしないつもりだ。出来ないと妥協することを選べば、成長はそこで止まる。この場所で生きることを望むのなら、相応に成長する覚悟をお前に持って欲しいからな。そう伝えたら納得してくださった」

ジョゼフは、確かに他の人が見れば厳しいと言われるだろう。しかし、俺にとってその厳しさは、納得する答えを用意し、相手の成長を願って言っていることが伝わる、優しさのあるものだ。

「僕の教育は厳しいだろうが、これからも良しと認めるまでお前を鍛えてやる。だから覚悟していろ」

「はっ、誰に言ってんだよ。俺はそういうの幼少期から慣れてんだ。なんなら人間の指折ったり爪を剥ぐとかやらされないだけだいぶマシな方だぜ」

「お前…昔はどんな生活していたんだ…」

そうだ。俺は厳しいジョゼフでさえドン引きするほどの教育を受けている。それも、納得する理由は何も教えてくれない上でだ。

今この瞬間、俺に汚れ役が重要である理由もろくに教えず、公爵家の務めだからと濁して厳しく教育をした親父の元に、余計に帰りたくなくなった。


「……やっぱりタバコ一本くれ」

「諦めろ!!第一お前は未成年だろうが!!」

「ここに来る前に何度か吸ったことあるから大丈夫だ」

「お前は本当にどんな生き方をしてきたんだ…本当に謎だらけのガキだな…」


ジョゼフは結局タバコを一本もくれなかったが、何となく胸のつっかえが取れた夜だった。奥様の件については、まずは慣れてもらうために毎日挨拶をすることから始めてみろと言われた。

本当にそれだけで良いのかは分からないが、とりあえず明日から実行してみることにした。




     ーーーーーーーーーーーー



翌日…


「お、おはようございます。奥様」

「あっ、グレイくん…おはよう。が、頑張ってね…」


挨拶をしてみたら、意外にも応援の言葉も返ってきた。奥様が俺を心配していたのは、本当の話だったようだ。

ほっとしていた所に、レイラがひょこっと現れた。

「グレイくん良かったね!その調子で話しかけたら慣れてくるから!にしても、急に挨拶するようになったのは何かきっかけでもあるの?」

「ああ、ジョゼフが教えてくれた」

「……!ふふっ」

「どうしたんだ?」

「なんでもない!それより今日はお客様が来るから準備手伝って!」

俺が進歩したのは想いを寄せているジョゼフのおかげだと思ったのか、レイラは嬉しそうに笑っていた。

最初に知った時はなんでこんな堅物野郎を好きなんだと不思議だったが、レイラとジョゼフはお似合いだと思う。元々の身分のことを気にしなければ、すぐにでも結ばれるはずなのに、身分故のしがらみというのは本当に厄介だ。


「レイラ、俺聞いてなかったんだけどお客様って?」

「ああ、お客様とは言ったけど…正確には旦那様の弟一家がご訪問されるのよ」

「えっ」


まずい話を知ってしまった。

レオンの弟となれば確実に貴族で、俺の顔を知っている可能性は非常に高い。今回ばかりは、ジョゼフからサボった罰を受けることになろうと表には出られない。

変装でもするかと悩んでいると、ジョゼフが苛立つ様子で準備をしているのが見えた。


「あの無礼な一家が訪ねるのか…来るならば少なくとも3日前に知らせるべきだろうが…!旦那様の弟夫妻だけでなく小僧も腹立たしいというのに…!」


ジョゼフの文句の内容は、何やらデジャヴを感じる。

事前の知らせもなく来る腹立たしい夫婦という情報に、何となくあのルベウス一家を思い出す。あの一家は来る前に知らせるどころかアポ無し訪問もやらかしているものの、息子のレイヴァンだけはまともだ。

レオンの弟一家の息子は、残念ながらレイヴァンのように親を反面教師には出来ていないのか、ジョゼフからは小僧呼ばわりだ。どれだけ愚かな奴らが来るのだろうという楽しみをいつもなら持てるが、今は貴族バレが恐ろしくてそんな余裕などない。

弟一家が来る前に、俺はなんとか変装できるものを必死に探した。


しかし、神は慈悲など与えなかった。


弟一家は、予定よりも早くグレイス家に訪問してきた。

クローズ伯爵らしき丸々と肥えた中年の男と、血のように真っ赤な髪を持つ化粧が濃い女性、その間で生意気そうに腕を組む小太りの子供。本当に兄弟とは思えないぐらい、クローズ伯爵にはレオンと似ているとこなど何一つなかった。

「お待ちしておりました、クローズ伯爵」

「兄上はどこだ?」

「旦那様は客室でお待ちでございますので、ご案内いたします」

「さっさと案内しろ!こっちは暇じゃないんだ!」

「母上!ここは本当に庶民臭い場所ですね!」

「ええ本当に。これが育ちの悪い野良犬の匂いなのよ、トニー」

クローズ伯爵一家とジョゼフとのやり取りを見た瞬間、幸いこの男はジルコニア家を知っていても俺とは対面していないから名乗っても分からなそうと安心するよりも先にこう思った。


自分の都合のために兄に迷惑かけて良いと思ってんじゃねぇよ能無しジジイ。

思ってることを口に出すのは構わないがその代わりに田舎臭いのはお前の方だクソガキ。

野良犬よりもアンタの化粧の方がよっぽど部屋の中で臭ってんだよ厚化粧ババア。


ジョゼフが苛立つ理由を一瞬で理解できた上に、あまりに無礼で腹立たしい奴らを見たせいで、久々に脳内でオーバーキル並みに罵ってしまった。

最早、ルベウス夫妻の方が身綺麗で上品さを持ち合わせているだけマシに思えてくる。

だが、今の立場では嘲笑って罵りたくても耐えるしかない。今の俺は、執事見習いでしかないのだから。


「兄上の奥方はどこにいるんだ?また絵を描いて引きこもっているのか?」

「ああ、あの()()?義兄上も貧乏くじを引いて気の毒で仕方ないわ」


なんとか耐えようと思った時、客室に入る直前にクローズ伯爵夫妻が旦那様のいる前で奥様に関して聞き捨てならない暴言を口にした。

最悪なことに、客室では既に旦那様の隣で奥様が真っ青な顔をして待っていた。


この頃から、トニーも生みの親であるクローズ家もクソ野郎。トニーのクソっぷりはグレイ視点でもたくさん出ますのでお楽しみに笑

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