執事としての覚悟
グレイ視点に戻ります
「…ということだ。僕は決して器用ではない人間だが、それでも受け入れてくれる人達のためにこの執事としての職務を全うすると決めたんだ」
ジョゼフから話を聞いて、俺は自分がどれだけ腑抜けた人間であるかを思い知らされた。
不器用なせいで過酷な目に遭いかけても諦めず、抗ったジョゼフに対して、俺はただ出来損ない扱いを恐れて逃げるだけだった。ジョゼフの話で言えば、その扱いから逃れるためなら男娼になった方がマシとさえ考えていただろう。
俺は、ありのままでも認めてくれる兄や母さえいればと考え、出来損ないだろうと受け入れてくれる人を新たに見つける努力をしたことがなかった。ジョゼフにとってのレオンやレイラのような人を、俺は知らずに生きてきた。
兄を失った時の悲しみが大きかったのは、これも一つの理由だったのかもしれない。俺が大きな失敗しても、出来損ないだったとしても一番に受け入れてくれた人だったから。
そんな兄を亡くしたショックで、俺は母のことまで考えられなくなり、恩を仇で返すように家出までして今に至ってしまった。
出来損ないだと言われて傷つくことを恐れず、最後まで抗っていれば、兄以外で受け入れてくれる人を見つけることが出来たのだろうか。
俺の出来ない所までは知らないアレキサンドラにも、ちゃんとそういう一面も見せられていたら、兄を亡くしただけでこんな家出騒動まで起こさなかったのかもしれない。
今更後悔したって、遅い話ではあるが。
「……お前は恐らく、僕よりは器用な人間だ。だからこそ、僕みたいに縋り付かずにすぐ気持ちを切り替えることが出来たんだろう。その生き方自体は間違っているわけではない」
「間違ってるだろ…現に俺はアンタみたいに諦めずに抗わなかった結果、恩知らずにも家出をするだけじゃなくて、売春しながら女にキレられる度に行く先を転々としてきたんだから…」
「ならば、今からその生き方を変えれば良いだけだ」
「っ!?い、今から…?俺もう13歳なのに…」
俺はすでに手遅れの状態なのに、本当に今からでやり直せるのだろうか。俺が戸惑っていると、ジョゼフはため息を吐きながら、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まだ13歳だろ。この先の人生は大人になってからの方が長い。大人は自らの間違いを正して生き直す機会を手放す自由はあっても、その先の未来で起こることは自己責任とされ、何かあっても助けて貰うことは容易ではなくなるものだ。まだ助けて貰える子供のうちに自分を見つめ直し、何があっても諦めずに抗えるよう努力しろ」
目つきが悪くて、睨んでいるように見えるジョゼフの目は、いつになく優しげに映っていた。
もし俺の面倒を見る男がジョゼフでなかったら、きっと追い出されていたかもしれない。レオンが止めようと、否応なしにきっとだ。
俺を受け入れてくれたこの場所にいることを、諦めたくない。
自然とそう思った途端、口が勝手に動く。
「髪型変えるんならさ…俺はアンタに似せたい」
「は?僕に?」
「同じオールバックでも、うぜぇくらいぴっちりしてなくて少し余裕があって…まあなんというか、かっこいいから」
今後、ちゃんと執事として振る舞えるかどうかは、まだ分からない。
だが、この場所に身を置くためなら、俺は出来ることはなんでもやる。まずは形だけでも変えたくて、ジョゼフの真似をすることにした。
「っ…ふん!僕の真似から入るなど子供は本当に単純だな!まあ改める気になったことは褒めてやる!ほらじっとしていろ!」
褒められた上に真似をしてもらえるのが照れ臭いらしく、ジョゼフは顔を真っ赤にさせながら、俺の髪をセンター分けに似たオールバックの髪型にし始めた。
どっちが単純だと言いたいが、とりあえず嬉しそうなのは見て取れるため、大人しく髪をいじられてやることにした。
その間に、俺はふと話の中で気になっていたことを思い出し、ジョゼフに尋ねてみることにした。
「そういえば、ジョゼフってレイラのこと好きなのか?」
「はぁあっ!?なっ、なぜレイラさんが出てくるんだ!?」
「いやだってレイラのおかげで心が救われたみたいなこと言ってたし」
「だから何故それで恋愛感情の話になるんだ!?そもそも僕とは身分が違い過ぎるお人なんだぞ!!」
何故その話をするんだと言いながら、なんだかんだで好意への否定の言葉は全く出てこない。恐らく、レイラが元貴族だから恋愛感情を完全に仕舞い込んでいるに違いない。
レイラの片想いかと思いきや、お互いすれ違って想いが上手く伝わらないだけのようだ。
「身分違いの恋ってやつか?俺は応援してるぜ。旦那様も知ったら協力してくれるかもしれないぞ?」
「〜〜〜〜っ!!このマセガキが!!良いから大人しくしていろ!!」
「はいはい、俺は陰ながら見守ってますよ〜」
髪型を褒めた時よりも顔を真っ赤にさせているジョゼフを見て、自分でも分かるほどニヤけた顔をしている。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
心から愉しくいられるのは、遠い昔以来のように感じる。
少しずつ、俺の中で何かが変わってきている。
(……ここにいれば、もしかしたら俺も変われるかもしれない)




