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出来損ないの呪い

ジョゼフの過去話。若き頃のレオンおじさんも登場します

25年前、ジョゼフ・アベリアはディアナ王国民の祖父と東洋人の祖母の血を引いて生まれた。いわば、クォーターと呼ばれる存在だった。

混血の父とディアナ王国民の母は、闇家業で生計を立てていた。危険な薬物の取引に加えて、下級娼館への斡旋業、貴族間での暗殺依頼など多岐に渡り、安易に人には言えない仕事ばかりだった。


歳の離れた兄と姉は、当たり前にその仕事をこなしており、ジョゼフの物心がついた頃には、大人に満たないうちから人の心を無くしていた。そうでなければ、この家で生きる価値が無いとしてゴミのように捨てられると、兄も姉も理解していたからだ。

おまけに早く母を亡くしたことで、ジョゼフさえも駒として使うことを止めてくれる存在は無いに等しい。父親は早速、ジョゼフに闇稼業の基本を学ばせ、暗殺の仕方を叩き込もうとした。兄や姉のような飲み込みの速さを期待し、すぐに働けることを望んでいた。


「なぜお前はこれぐらいのことすらまともに出来ないんだ!?こんな出来損ないだと知っていたらお前などさっさと売り飛ばしていたのに…!この役立たずが!!」

「っ!うぅ……っ…申し訳…ありません…」

「謝る暇があるならさっさと動け!!」

「っ……はい…」


運命とは残酷で、ジョゼフは父親にとっての理想に辿り着けなかった。

兄と姉に比べて飲み込みが悪く、小さいミスを重ねてしまうのだ。否、時間さえかければ、ジョゼフも理想に辿り着いていたのかもしれない。

父親はジョゼフが失敗をするたびに体罰を加えていた。だが、あまりに上達しないことに失望したのか、次第に仕事を覚えてもらうことを完全に諦めてしまった。

そして、目つきは悪いが全体的には見目の良いジョゼフを、あろうことか12歳のうちに男娼として売り飛ばすことを考えた。そのために、父親はよりによってジョゼフの実の兄と姉に色事を仕込ませた。

売られることは知っていたが、仕込まれることまでは知らなかったジョゼフは、訳が分からないまま売られるまでの間に地獄を味わうこととなった。

姉からはまず筆下ろしをされ、兄には男の抱かれ方を真似事で教え込まれた。どちらも、無機質で弟に対する感情は何一つ生まれることはなく、ただひたすら機械として弟を蹂躙した。


そんな絶望的な状況下でも、ジョゼフは抜け出すための手立てを考えていた。

女を満足させるのはともかくとして、よりによって男に操を捧げるなど冗談じゃない。父親が自身を売るための手続きを行っている最中にどう動けば良いのかと、ひたすら策を練り続けた。


息子を売り飛ばすという考えが覆されることはなく迎えた当日、父親は娼館までジョゼフを引っ張って店主に紹介を始めた。

目つきが悪く見えないよう笑顔でいろと言われていたが、それには従わず自身でも怖いと思う表情を貫いた。

「目つきは大変悪いですが、我が息子ながら見目は良いと思います。いかがでしょうか?」

「ほお、確かに東洋人の血を持っている割には中々整った顔立ちだな。今はこういう生意気そうなガキをいたぶりたい変態だけだろうが、いずれは抱く方をさせても良さそうだ」

店主の品定めするような視線は、性的なものは感じさせずとも金を稼げる道具となり得るかという邪なものだった。そんな中でも、ジョゼフは目だけを動かし、街行く人間の中で助けてくれそうな人間を品定めしていた。

あの男は金を持ってそうだが尽きれば父親と同じように売り飛ばすだろう、あの女は助ける代わりに身体を求めてきそうだ、アイツに関しては金も人間性も論外でしかない。

そうして父親の宣伝が続く中で品評していると、灰色の髪と緑がかった青い瞳を持つ若い貴族の男性と目が合った。


(あの男は良さそうだ…まだ若造と言った歳だろうが、それなりの貴族階級だし見るからにお人好しだから丁度良い…!)


その男性こそが、当時20歳を迎えたばかりのレオン・グレイスであった。

二年前から慈善活動に力を入れるようになっていたというこのレオンに、ジョゼフは目をつけた。


「っ…嫌だ!!売られたくない!!知らない男の人に触られたくない!!!変なことされたくない!!誰か助けて!!!」


子供らしい言葉遣いで、声を上げて売り飛ばされそうな哀れな少年を演じると、皆ジョゼフの方に注目し始める。

案の定、レオンは心配そうに見つめると、従者らしき人物にこそこそと何か耳打ちしている。このまま涙でも流せば、レオンでなくても誰かしら助けるはずだと、ジョゼフは助けてと叫びながら涙を流してみせた。

一方で、先ほどまでずっと黙り込んでいたとばかり思っていた息子が突然人に聞かれたくないことを叫び出したことに、父親は焦りと計画を壊された怒りで胸ぐらを掴んだ。

「このっ…!!お前はどこまで俺の計画を邪魔すれば気が済むんだこの出来損ないが!!!!」

覚悟はしていたものの、父親の拳が頬に命中すると危機感を覚え、ジョゼフはぎゅっと目を瞑った。



「やめなさい!!実の子供を売ろうとするだけでなく手まで上げるなんて…!貴方はそれでもこの子の父親ですか!?」


父親を怒鳴る声が聞こえ、ジョゼフは目を恐る恐る開けた。

そこにいたのは、精一杯父親を睨み付け、震える手で腕を掴み上げているレオン・グレイスだった。

「なんだお前は!?邪魔するなら殺してやる!!ぐぁっ!?」

「今すぐその口を閉じろ愚か者!!貴様が無礼を口にした相手はグレイス侯爵であらせられるお方だぞ!!!」

後ろにいたレオンの従者は、父親を取り押さえ、動けないように拘束を素早く進めていく。

娼館の店主はというと、騒動の最中にこっそり逃げ出していたようで姿が見当たらず、捕まえることはできなかった。

父親は「何故俺だけなんだ」と喚き、拘束から逃れようと暴れ回る。が、従者はそれを諸共せず、むしろ釣り上げられたばかりで活きの良い魚を抑えているかのようだった。

「この者を今すぐ警察に明け渡すように」

「はい!ですが、この子供は…?」

「僕がどうにかするよ。とにかくこんな人でなしは放置できないからね」

「分かりました。行くぞ!大人しくしていろ!!」

従者に捕えられ、離せとギャーギャー喚く父親を、レオンは軽蔑の眼差しで見送っていた。しかし、ジョゼフに向き直ると、いつものように優しい表情に戻っていた。

「もう大丈夫だよ。これからは君を殴る人はいないからね」

「………?売られそうだったから止めたんじゃないん…ですか?」

この時のジョゼフにとっては、レオンの安心させる言葉があまり理解できなかった。

殴られること自体が日常茶飯事な上に、闇家業でミスをして叱られるのは当然だった。

あくまでジョゼフは、男娼として売られて男に操を奪われるという、自身の尊厳を穢される日々を送りたくなかっただけなのだ。

「っ……君の父親は相当酷いことをしたんだね…となれば尚更君をこのまま放っては置けない。従者が戻って来たらすぐに僕の家に行こう」

ジョゼフの目論見通り、レオンは自身を助けてくれた上に引き取ることを決めた。

当時のジョゼフには、若干助けられた理由は理解できなかったものの、もう男娼として売られるとはないという安心感の方が勝っていた。


ジョゼフは困惑しているフリをしながら、レオンの提案に黙って頷いた。




     ーーーーーーーーーーー



グレイス侯爵邸では、数多くの使用人と侍女、執事がレオンを出迎えていた。

出迎えた人物達は、皆元々孤児か訳あって引き取られた家族ばかりで、その中にはジョゼフと同じ年頃の子供もいた。


ジョゼフはこのグレイス家に住み込みで執事となるべく、まずは見習いとして過ごすこととなった。

しかし、後に同じように見習いとして入ってくるグレイとは反対に、緊張の面持ちで肩肘張っていた。貴族の家に初めて入ったからというのもあるが、何よりジョゼフにとっては実家にいた時の名残りで、失敗したら殺されることまでも覚悟していたことが一番の理由であった。


失敗したら、殴られる。

役に立たなければ、すぐに捨てられる。

殴られたり捨てられるならともかく、また男娼に売られるかもしれない。

だからこそ、ちゃんと飲み込み良く完璧にやらなければならない。


執事としての職務を全うできるよう意気込んでいるジョゼフの心の奥底では、自覚は一切無くとも多くのプレッシャーが蝕んでいる。

実家で父から受けた虐待紛いの教育は、今後にかけてもジョゼフ自身に悪影響を及ぼすものだった。


(まずは執事として振る舞えるために形だけでもちゃんとしなければ…レオン様の従者を参考にするなら髪型はオールバックにして、姿勢も矯正する必要があるな…それから…)


従者への分析から執事としてのあり方を思考しているうちに、それは独り言と化していく。

通りがかる他の使用人達はそれを異様な光景として捉えて避けていくが、ジョゼフは全く気にしていなかった。否、気にする余裕すらも無かった。


「ジョゼフくん、だよね?大丈夫?」

「ッ!?誰だお前は!?」

皆に避けられる中、突然見知らぬ少女がジョゼフに話しかけてきた。

過集中状態だったジョゼフはビクッと大袈裟に肩を震わせ、闇家業での癖で思い切り睨みつけてしまった。

「うわぁっ!!び、びっくりした!ごめんね、急に声かけて」

シアンブルーのポニーテールとピンクがかった菫色の瞳の少女は、驚きつつも怖がらずに謝罪した。ジョゼフの方も、少女を驚かせたという罪悪感で、「睨んですみません」と頭を下げた。

少女は改めてジョゼフに向き直り、自己紹介を始めた。

「私はレイラ・ガードナー。去年レオン様に家族で引き取られて来たの」

「ぼ、僕はジョゼフ・アベリア…です」

自身と同じ年頃のレイラ相手でも、ジョゼフは丁寧に接しつつも緊張は解けない。

機械のような姉の側で育ったことにより、屈託のない笑顔を向ける可愛らしい少女に慣れていないこともある。だがそれ以上に、ここでは一年先輩であるレイラに無礼な口を一度でも聞いてしまったことで、ジョゼフは罰を受けるかもしれないと考えていた。

手を震わせ、顔を上げられずにいると、レイラはジョゼフの手をぎゅっと掴んだ。

「っ!?れ、レイラさん!?」

「大丈夫!ここにいる人達はみんな優しい人ばかりだよ!一回間違えても次にまた気をつければ良いってレオン様も言ってたし、間違えたからって誰も叩いたりしないからね!」

「っ…で、でも…レイラさんは僕より一年早くここにいるし、殴られないのは優秀だから…」

「そんなことないよ、私何回も失敗してるんだから!さっきもお皿二枚割っちゃったし…だからそれぐらい一年なんて全然大した差じゃないんだよ。なんならさ、私と一緒に頑張ろうよ。それなら不安じゃないでしょ?」

「ッ!!」

ジョゼフが抱いていた不安や緊張は、レイラの温かい言葉で解かされていく。

今までは、失敗などしたら殺されるも同然の世界で生きていた。そんな中で一緒に頑張って支え合ってくれる人は誰もおらず、飲み込みが悪くて苦労したジョゼフにとっては、全てが不安だらけだった。

レオンは、そんな地獄ごとから救い出してくれた。失敗しても殴られないのが当たり前な環境があることを、教えてくれた。

それでも不安に支配されていた時、レイラは自身に寄り添って一緒に頑張ろうと言ってくれた。


そんな二人に、恩を返したい。

それが出来る日のために、何度失敗してでも執事としての職務に邁進したい。

たとえ泥水を啜って這いつくばることになろうと、自身を受け入れてくれた二人のためなら、もう何も恐れることはない。


ジョゼフの中で、覚悟を決めた瞬間だった。


「はい…!よろしくお願いします、レイラさん!」

「うん!あ、その前に一個だけ!レオン様から預かってたんだけど、眼鏡かけた方が良いって言ってたからこれ!」

「えっ、眼鏡!?僕別に目が悪いわけではっ…」

「あくまで伊達眼鏡だからね。ちょっと目つきが悪くて他の人たちが怖がっちゃうからその軽減のためだってさ。ほら、これでそんなに怖くないし、格好良くなったよ!」

「………あ、ありがとう…ございます…」


今後執事としての職務を全うする覚悟を決めつつ、ジョゼフの中でレイラに対して初めて抱いた胸の高鳴りは、レイラ自身の身分を知るまで続くこととなった。


ジョゼフは目つきの悪さ軽減のために伊達眼鏡をかけてるけど、視力自体は今まで登場してきたキャラの中で一、二を争うレベルで良いという設定。

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