第二の人生
新キャラ続々登場
探し回ってやっとレオンの家が見つかった頃にはもう夕刻を迎えており、使用人達は心配でたまらなかったとばかりに一斉に迎えに来る始末だった。
そういうこともあってか、突然やって来た知らないガキにも関わらず、付き添ってきただけの俺にかなり感謝していた。
その出迎えだけで、お人好しなりにレオンの人望はかなり高いことが分かった。
レオンは、俺のことを身分は伏せつつ家出をして行く場所がない少年だと説明すると、シアンブルーの髪をポニーテールにしている侍女に俺を任せ、そのまま洗われたり着替えさせられたりをしてもらった。
「今日からよろしくね、グレイ君!私はレイラ・ガードナー。気軽にレイラって呼んで!」
「ああ、よろしくレイラ」
「っ……本当に旦那様の言ってた通りのクールであっさりした子ね…それにしても、もうグレイ君がいなかったら旦那様は一生戻ってこられなくなる所だったんだよ。君には感謝してもし切れないくらい」
「いくらあの人でもそこまでじゃないだろ…」
「あのね…旦那様は方向音痴なだけでなくまとめた書類をばら撒いたり袋の中身を全部ぶちまけたりといったうっかりが本っっっ当に多くて…頭脳だけでなく人柄も優れていながら何故と何回思ったことか…」
人望は高いのは確からしいが、レオンは優秀さを全て掻き消すレベルで生活能力が特段に低いようだ。着替えさせてくれるレイラの呆れ顔だけで、それが伝わってくる。
もし俺に出会わなければ、レオンはしばらくここに戻ってこれなかったのではないかと思うと、俺は少しゾッとした。
「……なあレイラ、アンタはなんでここに来たんだ?」
「私は元々貴族だったんだけど…爵位も一番低くて名も知れてなければ借金まみれで、その辺の市民よりも貧しい暮らしをしてたんだよね。それで一家で路頭に迷ってた時に旦那様に出会ったの。そしたらその時いた家族皆で使用人として雇ってくれたんだよ」
多くの市民を見てきた俺にとってはレオンの次ぐらいに品が感じられるのは、レイラの育ちが理由なのだろう。恐らく、貧しくても家族仲は良かったと思われ、少しばかり羨ましい気がした。
「じゃあ、アンタの兄弟とか親もここにいるのか?」
「前まではいたよ。皆独り立ちとか他の貴族の方に気に入られて、従者になったりお嫁に行ったんだ。親も元々は執事とか侍女だったんだけど、今の執事と私に任せてこの家を出て、宮廷で働いてるの。だからガードナー家でここにいるのは私だけ」
「あの人に引き取られたらずっとここにいるってわけじゃないんだな」
「うん、旦那様はあくまで独り立ちとか他に働き口が出来るまで面倒を見るっていう方針なんだよ。だから君も独り立ち出来るよう頑張ってね」
「………ああ、頑張る」
俺の生い立ちは聞かないでくれるらしい。まあ、言えるわけがない。ジルコニア公爵家の息子であることを知られたら、他の使用人達から家に帰るべきだと言われてしまう。
幸い、レイラは深入りしてこないタイプのようなので、俺はこの人なら信用出来ると思える。
独り立ちはしたいが、俺のことだからまた援助交際のような生活を送ってしまう可能性はある。グレイス家の使用人達の中では俺が一番独立から程遠いのかもしれないが、それで愛想を尽かされたらその時はその時だと、考えることにした。
「あ、そうそう。グレイ君のことは今の執事が面倒見ることになってるんだ。執事見習いとして、彼に色々教えてもらうと良いよ」
忘れかけていたが、俺はこの家の執事として働くことになっている。執事服に着替えさせられていたのに、今までの生活とは真逆なせいで実感が湧かない。今は見習いだが、いずれは引き継ぎで執事としてレオンの側で本格的に働くのだろう。
「そういえばその執事とやらが見当たらないんだが…」
「あの人は今旦那様と一緒にいるから多分もうすぐ来るはず…あ、言ってたら来るわ」
コツコツと足音が聞こえてくる。レオンと一緒に来るのが、レイラの言う今の執事とやらだ。
「レイラ、入るよ」
「はい!グレイ君の着替えは済んでおります」
「お、お待たせし………………!?」
レオンがドアを開けると、隣に眼鏡をかけたやたらとデカい男が立っているのが真っ先に目に入った。
180cmは余裕で超えており、高身長揃いの俺の家族より背の高い男を間近で初めて見た驚きで、俺は言葉を失った。
そんな俺に対し、執事らしき男はメガネ越しに睨みつけてくる。そんなに警戒しなくても良いだろうに。
「お前がグレイか?」
「あ、ああ…よろしく頼む…」
「頼む??いきなり旦那様の家に上がり込んでおいて随分と礼儀のなっていないガキだな。お前は自分の立場を分かってるのか?執事見習いとして僕に教えを乞うのであれば、まずは口の聞き方に気をつけろ」
執事が相手だと、俺はいつもの癖で貴族のような口調になってしまう。
漆黒の髪を左センター分けのオールバックで纏めてきっちりさせた髪型の時点で厳しいタイプであることは見れば分かるはずだったのに、早速痛恨のミスをした。
眼鏡の奥から覗くピーコックグリーンの瞳は、俺に敵意とも呼べるものを感じさせる。俺はこの男を見て、一瞬でこう感じた。
このオールバック眼鏡野郎は、あの堅物陰険野郎のラルフと同じタイプだ、と。
既視感の状態に気づいた途端、俺は条件反射でうげぇっ、と口にしそうになる。
敵意を向ける眼差しも、きっちりした見た目も、圧のある物言いも全部ラルフと同じで、苦手な要素が多くて先が思いやられると俺は本気で思った。
「ちょっとジョゼフ!いきなり威嚇しすぎだし圧強すぎ!!グレイ君も来たばっかりなんだから今日ぐらいは抑えなさい!」
「っ……!す、すみません!レイラさん!」
「そうだよ、ジョゼフ。真面目なのは良いことだけど、教育するなら相手の立場や気持ちを考えた上で伝えられるようにしなきゃね」
「はいっ…申し訳ございません、旦那様。肝に銘じておきます」
レイラとレオンに注意されたら、何も正論らしきことを言い返さずちゃんと謝罪しており、そういう素直さだけはラルフとは違うらしい。
ただ、それも二人にだけのようで、俺に向き直るとすぐにまた睨むような目をしてくる。だが、先ほどとは違って、敵意のようなものは感じない。ジョゼフは単に、目つきが悪いだけの男だったようだ。
「良いか?明日からはお前に執事としての振る舞いを全て叩き込むつもりだ。僕は"出来ない"なんて弱音は絶対に認めない。ミスなく出来るようになるまでしっかりと教育するから覚悟していろ。分かったかグレイ?」
「…はい、分かりました」
この既視感は、ラルフだけだなく、親父にも感じている。レイラやレオンに対する接し方を思い出さなければ、嫌気が差すほど本当にそっくりだと思えてならない。
「あとはレイラさんに任せるが、明日からは僕がお前の面倒を見る。旦那様を困らせるようなことをすればお仕置きしてやるからな」
また俺を一睨みすると、ジョゼフはレオンと共に部屋から出て行った。レオンは小声で「頑張って」と俺に声をかけ、ドアの向こうで待つジョゼフの元に向かった。
残された俺は、気まずさを回避するために隣にいるレイラに声をかけた。
「………なんか、ジョゼフって厳しい人だな」
「ほんと新しく入って来た人には厳しいよあの人は。ここまで立派になってくれたのは嬉しいけど、普段は優しい人なんだからもう少しきつい物言いをやめれば良いのにって…ずっと思ってるの…」
少しもごついた口調で話すレイラの頬が、赤く染まっている。
ピンクがかった菫色の瞳も何やら泳いでいて、口では不満を呟いていても、魅力があるのに勿体無いとでも言いたげだ。
(レイラはジョゼフのことが好きなんだな。その分かりやすさを本人の前で出せば良いものを)
「あっ、今言ったのはジョゼフには言わないでよ!?あの人意外と気にしちゃうタイプだから!」
「はいはい、言わないから安心しろよ」
やはり本当に分かりやすい人だ。これだけ分かりやすかったとしても、ジョゼフは鈍そうだからこの恋の道のりが長いのは間違いない。
かといって、頼まれていないのに協力するのも野暮な話なので、俺は傍観と執事見習いとして全てを叩き込む覚悟を決めた。
「あっ、そういえば奥様にグレイ君のこと紹介し忘れていたわ!準備終わったら行きましょ!」
この屋敷の奥方に紹介されると聞き、俺はレオンが既婚者とは微塵も知らなかったために少し驚きを覚えた。
結婚出来ないイメージはなかったが、本人のこと以外では噂を何一つ聞かないことと、孤児を引き取るのに忙しいという理由だけで、勝手に独身だと思い込んでいた。
「あの人結婚してたのか…」
「ん?何か言った?」
「いや、別に…」
偏見からぼそっと呟いた一言は、幸いにもレイラには聞こえていなくて良かったと、俺は安心した。万が一レイラを通じてあのジョゼフに伝わってしまったら厄介なことになるのは、容易に想定できるから。
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「なあ、レイラ。この家の奥様ってどんな方なんだ?」
「奥様は宮廷画家なの。度々国王の御一家から依頼を受けるほどの凄腕で、特に王妃様とは画家としてだけでなく友人としても交流のある素晴らしい貴婦人よ」
「へぇ…王妃様と仲が良いなんて、相当フレンドリーで社交的な方なんだな」
「………とりあえず会ってみるのが良いと思う!」
なんだ今の間は、と俺は一瞬にこやかに黙り込むレイラを見て不審に思った。
王妃のお気に入りである宮廷画家であれば、名前はレオンよりも知られているはずだ。それが何故今聞くまで貴族社会で話を聞かなかったのだろうと、不思議にも感じる。
(まあ、あのフローラ様が誰とでも仲良くできるタイプだからこそ、お気に入りがいたところで特に気にも留められなかったんだろうな。ケレス国のマウント女にも全く嫌な顔しないぐらいの強靭メンタルで心の広い方だったし)
「奥様、本日付で執事見習いとなるグレイの紹介をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「い、良いわよっ…!ちょっと待っててね!良いって言ったら入ってっ…!!」
レイラが声をかけると、扉の向こうにいるであろう奥方は物凄く焦った声色で応答してきた。
何か絵でも描いていて、それを仕舞っている最中だろうか。侯爵夫人なのだからゆっくり用意すれば良いものを、この女性は貴族にしては珍しく腰が低くて謙虚なタイプなのかもしれない。
まあ、俺の知ってる女性が基本的にマイペースだったり、気位高いか気が強い人しかいないから余計にそう感じるのだろう。
「い……良いわ…入っても……」
扉の向こうから聞こえる声は、やけに小さい。かなり遠くから話しかけていなれば、元の声が小さいのだろう。
そんなことは全く構わないが、隣にいるレイラは何故か呆れた顔をしている。そのまま溜め息を吐くなり、一声かけて扉に手をかけた。
「……奥様、失礼いたします」
扉を開けると、そこには侯爵夫人がレイラと俺を出迎えようと待っている。
と、思っていたのだが、部屋には誰もいなかった。絵を描くための道具は最低限退けられている様子だが、本人の姿が全く見当たらない。
(消えた…?さっきまでいたのになんで??)
「………やっぱり。グレイ君、ちょっと待ってて」
俺が戸惑っているのに対し、レイラはいつものことのように奥方の姿を探そうと部屋の中を歩き出した。
しばらく探し回る様子を見ていると、レイラがクローゼットの前に立った。そこに向かって、ため息を吐きながら声をかけ始めた。
「…………奥様、またクローゼットの中に隠れているんですか?」
「うう…だっていきなり執事の新しい子が私の部屋に来るなんて思わないから……」
「相手は一応子供ですから大丈夫ですよ!ほら奥様、隠れてないで早く出てきて下さい!怖くないですから!」
仮にもこの屋敷の夫人でありながら、もはや令嬢に対する接し方みたいな状態になっている。自分でも嫌と言うほど老け顔なのは分かっているが、"一応"と言葉添えまでされると流石に傷つく。そんな前フリをされたら、余計に警戒されるのではないだろうか。
レイラに促されて、ようやくクローゼットの扉がギィッ…と動き始めた。
「…………こ、こんにちは…レオン・グレイスの妻のミアです」
クローゼットの中からぎこちなく出てきたのは、淡いピンクの髪と瞳を持つ可憐な印象の女性だった。
レイラは作者が書く作品では珍しく、明るくて可愛い上に捻くれてない女の子。書き慣れてないタイプに対して、ジョゼフは物凄い書きやすい。




