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野蛮な悪戯者

時間軸としては、『記憶喪失の転生者』本編に突入する15年前が始まりです。

4年前…


「グレイ様〜〜!危ないのでどうか今すぐ降りてください!!旦那様がお怒りで探していらっしゃいますよ!!」

「やなこった!俺は絶対この木のてっぺんまで登り切るまで帰らねーから!」


めんどくさい稽古や授業を終えたら、すぐに隙を見て屋敷を抜け出し、木登りをして息抜きをするのが俺の日課だ。

大抵の貴族の息子、それも国王の親族にもなりうる公爵家の子供であれば、騎士団に入る目標でも無い限り、乗馬や護身術、剣術以外で身体を動かす機会はほぼない。特に、現国王の妹一家であるヴィクトワール公爵家のラルフは、その典型だ。

今の俺のように木登りをするなど、あの御坊ちゃまは考えただけで目眩がするに違いない。

『裁判を執り仕切るだけでなく、裏では汚れ役とされる拷問官まで担う公爵家の息子が木登りなどという野蛮な行為をしているなんて信じられない』

と、いつもの高圧的な物言いで小言を言ってくるのラルフの姿は容易に想像出来る。


だが、俺はそういう小言はお構い無しに、木登り以外でも好き放題している。

例として挙げるなら、乗馬の稽古中のことだ。身分が低い貴族出身というだけで優秀な生徒を冷遇し、金以外取り柄の無い貴族の馬鹿息子を贔屓する無能教師の僅かな髪を、手懐けた馬に引っこ抜かせたのはつい先日のことだ。

その他で最近やったのは、護身術や剣術での学びを活かし、従者をいじめる偉そうなクズ野郎を奇襲した。クズ野郎からは「弱い者いじめしやがって」などと、どの口が言ってんだと思うようなことを言われたが、

「先ほどの貴方を見て楽しそうだと思ったので、僕もつい真似したくなってしまいました」

と言ってやったら、クズ野郎は図星を突かれたかのような顔で舌打ちし、そのまま従者を置いて逃げていった。




"野蛮な悪戯者の公爵子息"



俺にそんな悪名がついたのは、主にそれらが原因だ。

ただの馬鹿の逆恨みだと分かっているから気にも留めてなかったが、父からはそのことをかなり気にしていて、悪戯をする度に持ち出して説教されてきた。


それ以降、俺は説教に良い加減うんざりして親父の嫌がることをやめる……わけはなく、むしろ嬉々としてやるようになった。

外ではサイボーグみたいに無表情で厳格な親父が、家では焦ったり怒ったりすることなど、宮廷の連中は想像もつかないだろう。そんな親父を見るのは、どんなクズや変態野郎の無様な姿を嗤うよりも楽しい。

今の木登りも先週怒られたばかりだが、ジャンの言うように怒って探し回っていると思うと笑えてくる。

その高揚感を糧に俺は木に登り、てっぺんにたどり着いて思いっきり息を吸った。

「ふぅ〜〜〜…ここは本当に空気が美味いな…」

空気の美味さに満足した俺は、木の枝の上で寝転がり、親父に見つかるまでしばらく昼寝でもしようと目を瞑った。




「だから俺とも仲良くして欲しいって頼んでるだけじゃないか。いつも令嬢達とばかり優雅にお茶を飲むだけではつまらないだろう?」

「いっ…や、止めてくださいっ…私は…彼女達と一緒にいる方が……」

「強がりを言うなよ、男がいなくて本当は寂しいくせに」

「そんなこと思ってません…!」


ようやく眠れそうだと思ったのに、令嬢をナンパするために変な野郎がここまで追い詰めてきやがったらしい。


(チッ……あーあ、こんなところでナンパしてんじゃねぇよ…)


助けたいのは山々だが、騒ぎになれば親父に見つかって休息タイムがなくなってしまう。というより、正直今は眠いから早くどっか行ってほしい。違う場所に移ってくれることを願っていると、ナンパ野郎がとんでもないことを口にし始めていた。

「男がいなくて寂しい証拠があるじゃねえか。その実った果実はなんだよ?味わって欲しいのか?ん?」

「ひっ……やめて下さいっ…触らないで……!!」

(うわっ、こいつまじかよ…!!気持ち悪すぎんだろ…!)

あろうことか、野郎は卑猥な比喩を用いて令嬢の胸を触ろうと手を伸ばしている。ナンパを通り越して最早ただの変態でしかない。同じナンパ野郎でも、俺の友人であるウィリアム・ハワードがレディーファーストなだけの紳士に見えてしまうぐらいだ。

大人しそうな令嬢に卑猥な言葉で言い寄る気色悪さは同じ男としても吐き気を覚え、ここから野郎に向かって吐瀉物でもかけてやりたくなる。


(これは流石に放っておけねぇな…この後取り返しの付かないことになって見過ごしたとか思われたら最悪だし………ん?)


何か追い払う良い方法はないかと考えていると、近くに良さげな武器があるのを発見した。


「………正義のために、ちょーっと協力してくれよ?」


俺はその武器を拾い上げ、男の肩を目掛けて投げ落とした。



シュッ…!!



ピトッ…


「………ん??なんか肩に……………っ」

俺が落とした武器に気づいたナンパ野郎が、その違和感を感じる肩の方を見た。

そこには、男の顔にじわじわと近づく巨大芋虫がいる。

違和感の正体に気づいた男は、みるみる顔面蒼白になっていった。

「ひぃっ!!!!!きゃああぁあああああ〜〜〜!!!!!芋虫ぃいいいいいいい!!!!」

ナンパ野郎は相当虫が嫌だったらしく、乙女みたいな甲高い悲鳴を上げてもがき始めた。

絡まれていた令嬢はというと、野郎の方をぽかんと見つめてるだけで、芋虫を全然気持ち悪がっていない。あの令嬢の方が余程肝が据わってるのではないかと思える。

「おい変態芋虫野郎。これに懲りたら二度とすんなよ」

「その名前だけは止め………ッ!?お、お前はっ…あのジルコニア家の悪戯者のっ…!!」

「ああ、そうだよ。お前の言う通り、俺は野蛮な悪戯者のグレイ・ジルコニアだ。お前のしでかした悪事はぜーーーーんぶ俺が見てたからな。それなりの覚悟はしておけよ」

このナンパ野郎も運が悪い。よりによってナンパした場所が、裁判を執り仕切り、拷問官まで担うジルコニア家の周辺だったことが。

ジルコニアの名前を出すと、ナンパ野郎は一瞬怯む。しかし、まだ諦めきれないのか、絞り出すような声で反抗し始めた。

「っ……お、お前みたいなガキに何ができるってんだよ…ジルコニア公爵の権力を振り翳してるだけの馬鹿息子の分際でっ…!」

「あ"??俺が親父の権力振り翳す馬鹿息子だって言うんなら、てめぇは下半身に脳みそ持ってかれた哀れな万年発情期猿だろうが。自分の下半身が起こした揉め事を親の金で無理矢理黙らせるしか出来ないほどのな」

「なっ……なっ………!!なんでそれをお前が……!!!」

野郎の声を聞いた時、どっかで見知ったものだとなんとなく思っていたが、こうして話して今思い出した。

この男は前にも未婚の女性と同意もなく婚前交渉をしたのだが、その訴えを金で黙らせたとんでもないクズだ。母上が解決できなくなったと嘆いていた事件だったことも、よく覚えていた。

「あの事件のことも俺の家で内々にじーーーっくり処罰してやろうか?言っておくが、この方がまだ優しいと思うぞ?社交界で噂広められて令嬢に絡む機会どころか家族まとめて居場所まで失う方が余程恐ろしいだろ、なぁ??せっかくだから、ジルコニア家で俺とも仲良くしようぜ?おにーさん?」

「ひぃいいっ!!!も、もうしません!!!ジルコニア家と関わるぐらいなら死んだ方がマシだ〜〜〜〜!!!!」

俺の恫喝に恐れ慄いた野郎は、情けない声を上げながらその場をさっさと逃げて行った。

逃げる勢いで振り落とされてしまった芋虫は、なんと令嬢が優しく手を差し伸べて拾い上げ、そのまま木の枝に乗せてあげていた。

「いきなりあんな人の肩に乗ることになっちゃって…怖かったでしょう?もう大丈夫よ」

「怖かったのはあんたの方だろ?なのに虫を先に心配して…」

「あ、あのっ…グレイ様!助けていただきありがとうございました!」

「別に良いって。それより眠いからこれ以上礼ばっかされると良い加減眠れない」

「は、はい…!本当にありがとうございました…!!」

ようやく嵐が過ぎ去った。

兎も角、令嬢に何もなくて本当に良かった。あのナンパ野郎も、当分は大人しくなるだろう。

胸を撫で下ろして、俺は改めて目を瞑ろうとした。



「あっ、グレイだ〜!寝てるの?一緒に遊ぼうよー!僕も木登りする〜!」

また下から声がしたと思ったら、なんとこの国の王太子であるアレキサンドラが俺を見上げて呼んでいた。

よりによって、何故アレキサンドラがここにいるのだ。否、それよりも一国の王太子が一人で抜け出していることが問題で、恐らく世話係や乳母が血眼になって探しているはずだ。

人が集まって来てしまえば、俺が木登りをしていることがバレてしまう。ただ木登りをしているだけならまだしも、アレキサンドラまで木に登り出して、怪我でもしたら大問題だ。


などと、その辺の貴族連中なら思うだろう。


「ははっ、良いぜ!ここまで登って来れたらもっと面白い遊び教えてやるよ!」

「ッ!!やったぁ!待ってて、グレイ!すぐそっちに行くからね!」


王太子だからと、危険なことには全く触れさせないことが正しいわけじゃない。時には怪我をすることも一つの経験だ。

このまま好きにさせて怪我をして、諦めずに登るか、危険と判断してもう二度としないのもアレキサンドラの自由だと、俺は思っている。


「さーてと…俺はアレキサンドラが登ってくるまでしばらく昼寝でもし」

「あっ、エドワードだ!!」

「はぁっ!?父上が…!?お、おいっ…!あんまでかい声出すなっ…!!」


昼寝などしている場合じゃなかった。

一刻も早く、俺と遊びたがってるアレキサンドラを静かにさせないと親父に見つかってしまう。

一人でいるならともかく、アレキサンドラに木登りをさせたなんて知られたら終わる。


「王太子殿下!?な、何故このような場所に?」

「だってグレイと遊びたかったんだもん!木登りできたらいっぱい遊んでくれるって!」

「ばっ…!!それは言うなって……うわぁああああああああっ!!!!」



ドサッ!!!


アレキサンドラの暴露に動揺して思い切り足を滑らせ、尻から落ちてしまった。思わず声まで上げてしまったせいで、完全に親父にバレた。

身体にはあちこち木の枝で擦れた傷があり、服も所々切れていて、今の俺は言い逃れなど出来ない状態と化していた。


静まり返る空気の中、俺は怒りの形相で震えている親父を見上げた。



「……殿下がご無事で何よりです」

「ッ〜〜〜〜!!こんの馬鹿息子がぁッ!!!!!」


案の定、親父の怒鳴り声と共に、ゴンッ!!と頭を叩く鈍い音が周囲に響き渡った。


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