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淑女は二度と振り向かない

※R-15な描写あり


家出をしてから、一年は経った気がする。

数ヶ月か前に13歳を迎えた気がするが、月感覚についてはほとんどあやふやになっている。


今いる場所は、生活面での苦労は多く、昼は喫茶店、夜は娼館という二面的な世界だ。

いずれ娼館を出た時には、外で寝泊まりする場所を見つけられるよう、娼婦達の元で女性を口説き落として泊めてもらう術を教えてもらっている。クソみたいな男を手玉に取れる夜の蝶達による指導は一筋縄ではいかず、ちょっとでも間違えたらきついお仕置き(内容は割愛)を受けることは何度もあった。

だが、娼館には貴族が誰一人としていないというだけで、この場所は大変居心地が良い。虫唾の走る紳士面を保っていなくても、出会った市民達は皆何も気にしない。

労働中に下賤な輩に絡まれても、面倒くさい言い回しをする嫌味をいちいち考えずに済み、表に出れば本気で喧嘩もできる。したり顔で嫌味を言うより、ストレートに罵り合って殴り合う方がやはり性に合う。なんなら、貴族時代よりも罵倒の語彙力が上がった気がしている。

何にせよ、この喧嘩はかなりスカッとするほど楽しく、なんだかんだでその下賤な輩とも仲良くなれる時もあった。 


我ながら元貴族出身とは到底思えないような不良少年の道を進んでいるが、俺は一向に構わない。むしろ、親父への復讐にもなると思えば、その道を突き詰めてやろうと思うぐらいだ。


ここまでの一年間で、貴族だった頃を懐かしむことはなかったと言えば嘘にはなる。

アレキサンドラはさぞかし寂しがっているかもしれないと、若干心配はした。それでも、昔に比べればアレキサンドラ自身も強くなったし、口うるさいが面倒は見てくれるラルフがいるから大丈夫だろうと、なんとか思い直した。

ウィルはどうしてるだろうか、俺という悪友がいなくなったせいで鬱憤が溜まって何かやらかしていないかと、嫌な予感がすることもあった。だが、たとえ女好きでも俺と違って倫理観に反することはしないと、信じることにした。

様々な心配や心残りが生じては思い直してを繰り返しても、家出から一ヶ月後に実家の様子を見に行った時には、結局絶対帰ってやるものかという思いの方が勝っていた。


変装して実家の様子を見に行った時、親父は鬼の形相で探し出せと命令していた。

最初に親父の様子を見た時は、ざまあみろと思った。だが、俺が家出した原因などまるで考えている様子もなかったことに気づいてしまい、そのことに苛立ちを覚えた。


このサイボーグ野郎は一生俺のことで反省する日なんて来ないのだ、と。


それを感じた俺は、恐ろしいことを呟いていた母上に抱いた恐怖もあって、さっさと退散した。そして、実家から遠く離れた場所で神様に向かって、絶対帰ってやらないと叫ぶ始末だった。


(にしても…親父に心底ざまあみろって思ったのに、案外すっきりしないもんだな)


親父は、俺を探すだけで家出した原因を何も考えようともしなかった。

別に今更考えて反省されたって遅い。彼奴はそれだけのことをしたのだから。想定も出来ていた訳だから、このことについて考えたって意味はない。

そんな胸にかかる靄を振り払いたくて、俺は一年間娼館での仕事、娼婦達による指導に没頭していた。俺が進もうとしている道が親父への復讐だと思うことに、そろそろ限界が来ていることには気づいている。

だが、家に戻りたくない理由を付けるにはそれ以外無いし、今更あの家に戻る気にはなれなかった。


「グレイ、ちょっと良い?」


仕事として洗い物をしながら考え事をしていた俺に、エリアーナが声をかけてきた。


「ん?なんだよ」

「食器洗いが終わったら、部屋で話したいことがあるの」

「……?わかった、あとちょっと待ってくれ」



     ーーーーーーーーーーーー


先ほどのエリアーナは、いつになく元気がなかった気がする。顔は笑ってはいるが、どこか心ここに在らずな様子にも感じた。


(なんか嫌なことでもあったのか…?)


いつもは明るくさっぱりしているエリアーナがあんな表情をしていたことに違和感を感じた俺は、悩み相談なのは間違いなさそうだと思った。


「エリアーナ、入るぞ」

「………うん、入って」


ノックして入って良いか確認しても、やはり声に元気がない。そのまま部屋に入ると、中は異様なほど綺麗で整然としていた。


まるで、明日にはここからいなくなるとでも言うように。


「……部屋…片付けたのか?」

「うん、必要なものだけは残したの」

「必要なものだけって……なんで突然掃除なんかしたんだ?」

「私ね、明日身請けされるのよ。それなりに裕福な商人の方に」


エリアーナから告げられる話は、なんとなく想定できていたはずだ。この部屋が綺麗さっぱり片付いていることと、話す前のエリアーナがいつもと違う様子であることだけではない。

ここ最近、特定の客とばかり接していて、俺に対する外で生きるための指導も他の娼婦にやらせることが増えていたのだ。それでも、単に忙しいだけだと思い込もうとしていた。


今日改めて、エリアーナの口から身請けされるという話を聞くまでは。


「………へぇ、良かったじゃねぇか。相手っていつも指名してる金持ちの奴だろ?それに娼館の客にしては良い奴そうだし」

「……グレイは本当にそれで良いと思ってるの?」

「え?だってエリィにとってはこんな所にいるよりは………」



『ずっとマシだと思う』



そう言いかけた言葉は、本心のはずだ。しかし、何故か言葉に詰まってしまった。

一人の女性がもう娼館で不特定の人間に身体を売らずに済み、その身請け相手は裕福かつ、見た感じ悪くなさそうな商人のため、幸せになれるのは間違いない。しかも、エリアーナは俺の面倒を一番最初に見てくれていた人だ。

なのに、心の奥では理屈じゃ納得出来ない何かが渦巻いている。

いなくなるのがエリアーナでなければ、こんな状態にはならなかったのだろうか。

「……もしグレイがもう少し大人になって、貴族としてここに来てくれたのなら…君に見受けされたかったなぁ」

「っ………そんなことあっても…親父が許してくれる訳ないだろ…」

「あはは、だよねぇ…そんなの分かってる。だから今のグレイがいるんだもん。ほんと私達って何もかもが上手いこといかない関係だね」

「………そうだな」

エリィは笑いながら話しているが、それでもどこか寂しげな雰囲気を醸し出している。

対して俺は、いつもみたいに茶化したり揶揄うことが出来ない。それに、エリィが言ったような冗談を、本当に実現できたらと一瞬でも考えた自分がいた。

「ねぇ、最後に一つお願いがあるんだけど…聞いて欲しいな」

「………俺で良ければ、何なりと仰せ下さい」

わざとらしく恭しい口調で話すことで、精一杯平静を保つしか出来ない。

これ以上考えたら、俺が俺で無くなる気がして、この場所との別れの直前であるエリィの前でそれだけは避けたかった。


「私のこと、抱いて。最初は私が教えたでしょ?だから今度は、グレイのしたいようにして?」


商人の元に行く前日に言うことじゃないだろと、言うべきなのかもしれない。余計に未練が残るだろうと、断った方が得策なのは分かっている。

だが、今の俺にとって、そんな理性で考えてしまうことなど、最早邪魔なものでしかなかった。


「………分かった。一晩指名させていただくよ、エリィ」

「もう…私達には最初からそういうの無かったでしょ?」


エリィに腕を引っ張られ、俺が押し倒す形になった。真っ赤な口紅が塗られた唇に口付け、付いた紅を拭い取って柔肌を堪能した。

エリィや娼婦達に散々教え込まれたやり方など、もう基本として考えて、自分のやりたいようにエリィを抱いていた。


「っ……エリアーナ…」

「んんっ…なに…?どうしたの…?」

「聞いちゃいけないのは分かってるけど…本当の名前…教えてくれないか…?」

「………エリザ。皆には内緒だからね…グレイ」

「ああ、勿論だ…エリザ」


始めは、どっちが買われて、搾取されているのかが分からない関係から始まった。

家出をして居場所が見つからず、何も考えたくないあまりやけになって身体を差し出しただけのくせに、あの瞬間だけ、俺の中の世界が薄汚れて見えた。

だが、交友を深めた今は違う。

貴族共の世界の方が汚れていて、エリザやこの娼館にいる娼婦達の方が余程高潔だと、俺は思っている。

エリアーナとしての彼女は、指名率トップの人気娼婦の皮を被った真性の年下好きで、俺が下働きで雇われるまでは部屋もぐちゃぐちゃにしたままにするようなどうしようもない女だ。

それについては、始まりも今も変わらない。だが、エリザとしての彼女は困っている人間を放っておけず、性悪な人間に対して毅然とした態度で振る舞う、気が強くて優しい女性だ。

俺は、エリザがいなかったら、今頃どうなっていただろうか。恩人なのは間違いない。しかし、恩人として割り切ることのできない感情が何者なのか、どうしても分からない。


どちらにせよ、明日からはもうエリザが俺の側にいない。

エリザを抱きながらそのことを思い出した途端、目から雫が溢れていた。


「グレイ…なんで泣いてるの?」

「っ………泣いて…ねぇよ……ただの汗だよ、ばーか」


悪態を吐かなければ、謎に溢れる涙は止まらない気がした。


今だけは、エリザの側にいたい。

抱いたら終わりなんて嫌だ。

俺が、ジルコニア家ではなく、ただの貴族の家の人間だったら良かったのに。


考えたって仕方ないことを頭に一瞬思い浮かべては掻き消すことを繰り返した。

全てが終わって眠りに入ったエリザを、しばらくぼんやりと眺めていた。


「………アンタは俺の初めてを全部奪ったんだ…絶対忘れんなよ」


これで最後なんだと思った時、俺は無意識のうちに、恭しさや計算を捨てた本音を呟いた。


俺は絶対に忘れない。

一人の高潔な女を知ってしまったこと。親父が見下していた娼婦相手に、特別な想いを感じたこと。

終わった後に残ったのは、今後もうそれ以上の女性に出会うことはないという、諦めにも似た感情だ。


グレイも大人寄りなタイプとは言え、親切にしてくれた女性を早い段階で好きになっちゃう所はまだ子供っぽいっていう、少年期の中で一番色々複雑な話。

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