番外編:唯一の存在
ラルフ目線の番外編
グレイ・ジルコニアが家出をしたという情報が我が家にまで入ったのは、本人が出て行って一ヶ月経った頃だった。
ジルコニア家で長男のサミュエルが亡くなってから数日後に家出をし、ずっと捜索しているが見つからないとのことだ。
優秀で人格も優れた品行方正のサミュエルが亡くなったことを一族が惜しむ間も与えないかのように、愚かで野蛮な悪戯者のグレイが迷惑をかけていると知った時は、心底軽蔑した。だが、それと同時に、邪魔者がいなくなったと安心し、喜びすら覚えていた。
俺は、初めて会った時からグレイ・ジルコニアのことが大嫌いだ。
誰が相手でも斜に構えた態度で振る舞い、貴族社会のルールや伝統を守らず、調和をわざと崩して笑い、自身の身につけた力を悪用して周囲に迷惑をかける所が、俺にとっては理解不能だ。
にも関わらず、あんな自分勝手なガキが陛下から何故か好かれていることが、本気で気に食わない。それだけなら、まだ陛下のお考えだからと割り切ることも出来た。
しかし、グレイのことで一番許し難いのは、アレキサンドラに対する振る舞いだ。
丁重に接すべき王太子相手にろくに敬語も使わず、軽薄な言動を繰り返すばかりでなく、木登りなどという野蛮な遊びに平然と誘う。その上、アレキサンドラはそんなグレイに心を許してしまっている。従兄弟であり、正しく振る舞うことをちゃんと心がけている俺を差し置いて。
このままでは、次期国王となるアレキサンドラに多大な悪影響を及ぼしかねない。もしグレイのせいで野蛮な放蕩王にでもなってしまったら、国にとっては勿論のこと、国王を支える立場になる俺の教育が疑われ、不利益を被ることになる。
アレキサンドラから、グレイ・ジルコニアを引き剥がすしかない。本人がグレイを慕っていようと、考えられる悪影響のことを思えば、そんなことは最早関係ない。むしろ、良き国王として育てるために尽力したと思って欲しいくらいだ。
そう考えている時に、グレイが家出をしたという話が耳に入って、俺は今邪魔者が消えた喜びと共に悪影響の芽が摘まれた快適さも感じている。
(やっといなくなってくれたか、野蛮な悪戯者のグレイ・ジルコニア。今まで散々迷惑をかけられたが、お前がいなくても俺がちゃんとアレキサンドラの面倒を見てやるから安心するが良い)
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「今…なんと仰いましたか??」
「ラルフにもグレイのことを探して欲しいんだ。サミュエルが亡くなって悲しいのに…その後グレイまで突然いなくなったから……僕はとても不安で………っ」
グレイという存在は、どこまでもアレキサンドラに対して悪影響を与えてくるらしい。
久々にアレキサンドラの様子を見に行ったら、俺にとって最悪な事態に陥っていた。
グレイがいなくなり、多少は寂しがることぐらいはまだ想定内だった。だが、ヴィクトワール家の協力を借りてでも探して欲しいと頼まれ、俺は頭を抱えたくなった。
アレキサンドラは、サミュエルが亡くなったことを掻き消すかのように家出騒動を起こしたグレイを、軽蔑したり嫌悪するどころか、むしろ会いたいなどと願っている。
王太子ともあろう方のそんな有様に、俺は困惑と共に苛立ちすら覚えてしまっていた。
次期国王は、いつまでも一人の人間に拘らず、少しは自立するべきだ。それも、グレイのような軽薄で野蛮な男が相手であれば、尚更問題外だ。
もう3年後には結婚相手を探し始めてもおかしくない年なのだから、そろそろ子供みたいに寂しいと嘆くのは卒業するべきだ。
アレキサンドラが立派な国王となるためには、それが正しいことだ。俺が側近として仕えるに相応しい王は、アウィン国王陛下のような、冷静で思慮深く、アレキサンドラの年齢の頃には既に自立していらした人である。
これは、俺のエゴではない。あくまで、国王陛下を父としてだけでなく、王としても尊敬しているアレキサンドラのためである。父のような立派な国王になれるのであれば、本人にとっても喜ばしいことだ。だからこそ、グレイを追い求めるせいでそれが叶わないことは、決してあってはならない。
「……アレキサンドラ様。グレイは自らこの宮廷や、ジルコニア家を離れる道を選んだのです。その意思を尊重せず、会いたいからと無理やり連れ戻す方が余程酷な話だと、私は思います」
「っ……会いたくても二度と探すなと…?」
「はい、それがグレイのためでございます」
グレイから引き剥がすためには、アレキサンドラ自らにグレイを諦めもらうことが、一番の得策だ。
そういう道を選んだという大層な理由を付ければ、アレキサンドラも納得するだろう。そして、探し出して連れ戻すのはグレイに申し訳ないと思わせることで、心優しいアレキサンドラがこれ以上グレイを求めることは無くなる。
だが、本当に諦めてもらうには罪悪感を持たせるだけでは足りない。否、諦めてもらうのでは最早生温い。
いっそのこと、アレキサンドラにとっての唯一の存在という座をグレイから奪って、グレイのことを忘れさせてやる。
「……グレイの代わりに、これからは私が側にいます」
「ッ!!グレイの代わり…?」
「はい、貴方が国王となられた後も、なんの心置きなく話せる"唯一の存在"として、何かあれば私にお話しください。王としての責務だけでなく、貴方にとって嬉しいことや辛いこと、このラルフ・ヴィクトワールが全てお聞きしましょう」
しばらくは、アレキサンドラが求めることは何でも叶えてやろう。
個人的には、アレキサンドラ本人の今後を考えると気が進まないことだが、グレイを忘れるまでの辛抱だ。
「……ありがとう、ラルフ。それなら…僕の"親友"となってくれ」
「ええ、勿論です」
まずは、アレキサンドラにとって理想となる"親友"を目指す。同時に、アレキサンドラが立派な国王となれば、俺にとっては素晴らしい世界が待っている。
冷静で思慮深く、皆に平等な国王に仕える側近であると同時に国王の親友として、規律と秩序の保たれた世界を目指したい。
しかし、その理想郷が皮肉にもアレキサンドラが国王となってから壊されることになるなど、この時の俺は全く知る由もなかった。
今作のラルフについては、『記憶喪失の転生者』本編に関わる内容が多く、まだ書きたいことがまだあるので、また別の番外編で出します。
次回から、またグレイ視点に入ります




