汚れ役の妻として、母として
グレイの母・イザベラ視点。グレイが娼館で働き始めた後の、時系列的にプロローグ辺りの話。
我がジルコニア家の次男グレイは、家出をしてから一ヶ月経っても帰って来ていない。
いつもは長くても数日で帰ってくるのだが、今回はそうはいかなかったようだ。一週間も帰ってこなかったことで流石にまずいと焦った夫は、ジルコニア家と親戚に捜索をさせている。
宮廷内では、そろそろ我が家のことで噂になっているだろう。
『またジルコニア公爵家の馬鹿息子の方が家出騒動を起こした』
と。
この手の噂など、たいしたことはない。
うちのグレイを何の根拠もなく馬鹿だの野蛮だの揶揄する人間達は、基本的に好奇心旺盛で勇敢な性質なのだと分かり切っている。
そもそも、長男のサミュエルがほんの少しの風邪を拗らせた時に流れた噂に比べれば可愛らしいものだ。馬鹿かどうかはさておき、グレイのやらかしたことは本当のことなのだから、「はい、そうでございますが何か?」としか思えない。
サミュエルの時は、本人だけでなくグレイにも辛さや悔しさを与えてしまうものだった。
『あのジルコニア家はいくら息子が優秀でも、病弱であれば処分するに違いない』
『馬鹿息子が嫉妬して兄に毒を盛っているのだろう』
『優秀な長男がいなくなれば、ジルコニア家もいよいよ断絶だ』
ジルコニア家を恐れる者や逆に敵視する者、なんでもグレイのせいにする愚か者。その者達のせいで、サミュエルは気を病んでしまい、ただの拗らせた風邪だったはずが本当に病がちになってしまった。グレイは仕返しをするかのように一時期悪戯の回数が増えていたぐらいだ。
このように、ジルコニア家は当主が裏では拷問官という汚れ役を担うため、好奇心や敵意を含めて何かと注目を受け続けている。そんな家に生まれたことで、我が息子達には幼い頃から何度も苦労をさせてしまった。
サミュエルは、病がちだったのが一時的に回復したと安心したのも束の間で、ディーク・ルベウスに渡された薬のせいで若い命を奪われた。
グレイは、兄の死からまだ立ち直れていないうちにいきなり次期当主としての自覚を持てと言われ、夫との喧嘩の末に家出をして現在に至る。
まあ、これらについては不器用すぎて愛情のかけ方を碌に知らない夫にも原因がある。
次期当主として優秀なサミュエルには期待をかけ、グレイには「余計な事をするな」と言うだけ。そんな対照的な二人に対して共通していたのは、褒め言葉の一つもかけないことだ。
夫は、「自分は褒められたことがないため、褒め方がわからない」と言っていた。身近な同世代の親を参考にすれば良いのにと思ったが、夫自身とまともに交流があるのはうちの家以上に厳格なラズライト家のため、結局私が褒め役に徹することになった。
それでも、サミュエルの方は夫から褒められなくても外で高く評価されていたことで、父親からの評価をそこまで気にしている様子はなかった。グレイの方も、悪戯ばかりはしていても物事を俯瞰で見ることが出来ており、そこらの大人より達観した所がある。何より、悪戯で困らせたい父親にいきなり良い所を探されて褒められても、かえって気持ち悪がるだろう。
しかし、グレイは私が想像していたよりも遥かに、夫に認められたいと強く願っていた。
グレイが家出をしたあの日、あの子のずっと抱えてきた想いがどれほどのものだったかを知り、私は猛省した。
こんなことなら、何が何でも夫に褒め方を学ばせれば良かった。引っ叩いてでも、椅子に縛り上げて拘束してでも、夫には当主としてではなく、一人の父親としての愛情のかけ方を覚えてもらうべきだった。
グレイやサミュエルに対して、ただ一言だけでも褒めたり、評価する言葉を夫自身から伝えられるように。
何より、夫に対して「仕方ない」と諦めずに向き合わず、大人びている息子達に安心して「きっと大丈夫だろう」と思い込んだ私も同罪だ。
たった一人の父親に認められたいと願っていたグレイが、いつしか『野蛮な悪戯者』と呼ばれるぐらいに父親を困らせたいと願うようになってしまったのも、私達親の責任だ。
だからこそ、家出をして今頃自由を謳歌しているグレイには、私は敢えて好きにさせたい。
厳格なサイボーグと揶揄していた父親の元を離れ、窮屈で陰湿な貴族社会からも解き放たれたことで、グレイにとって新たな学びを得られるきっかけになるかもしれないから。
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今日も、深夜までグレイの捜索が行われている。親戚の手を借り、その領地に入ればすぐに捕まえて連れ戻させるつもりなのだ。
「おいジャン!グレイは見つかったか!?」
「申し訳ございません!!未だに行方知れずです…!手を尽くして探しているのですが…」
「全くあの馬鹿息子はっ…!!いつもの一日だけでは飽き足らずこれで一ヶ月経つんだぞ!?」
夫は勘当同然で追い出した割に、見つけようと必死だ。
グレイを必死に探しているのは、次期当主がいないと世間体が悪いからだと、恐らく夫を知る周囲は思っているのだろう。夫自身も、口では絶対にそう言うのかもしれない。
ただ、本当に世間体を考えてのことなら、家出したグレイは兄の死に心を病んで死んだことにして親戚から養子を取るはずだ。そもそも、当主自ら探すことなど、貴族社会では普通あり得ないとされている。
酷い親であれば、そもそも探すことすらしない。息子が宮廷で迷子になっていても、全く気づかなかいどころか指摘されるまで放置していたルベウス家夫妻のように。
夫の本心までは完全に分からないにしろ、グレイの捜索は正直止めたい所だ。今回の家出は、いつもとは違い、グレイに何かをもたらしてくれるかもしれないと、ただの願いではなくその予感もしているからだ。勿論、戻って来て欲しい気持ちはあるが、このまま外の世界で生きていくのならそれを止めるつもりは一切ない。
だが、もし戻ってくるのであれば、二度とこんな大規模な家出はしないと誓い、ジルコニア家の当主かつ汚れ役としての覚悟を持ってからであって欲しい。
ジルコニア家の名誉を大きく汚す騒動を起こしておいて、帰って来た理由が寂しくなっただとか、貴族社会の方が過ごしやすいなどという生半可で甘えた理由であれば、私が夫の代わりにそれなりの制裁をあの子に下すつもりだ。
そう考えていると、見知った白い影が目に入った。
(ッ!!グレイ…もう帰って来たの?)
グレイは陰から覗き、必死な父親の様子を伺っている。私に見られたことは、全く気づいていないようだ。
私以外のジルコニア家内にいる人達は、まだ草陰から様子を伺うグレイを見つけていない。見つかってしまえば、この家出騒動も呆気なく終わりを迎える。
グレイは、ジルコニア家の次期当主としての自覚を持ち、生きる覚悟ができたのだろうか。否、たったの一ヶ月でそんな覚悟など持つのは難しい。グレイのことだから、必死な父親を笑うために敢えて戻って様子を見に来たのだろう。
そんなくだらないことのために、もし連れ戻されてしまったらどうするつもりなのか。
相変わらず、大事な所で詰めが甘い。
「本当にあの子は…帰って来たらどうしてやろうかしら?」
私は、グレイが見ているかもしれないタイミングで、こう呟いた。
すると、グレイはジルコニア家から逃げる準備をし始めた。私がこういう風に呟けば、グレイはいつも恐れて逃げ出したり青ざめるか、急に行儀良くなるものだ。
こういう所が、本当に夫とそっくりだ。何を言われても意思を曲げない頑固さも、素直になれない意固地な所も。
(全く…性格は正反対なのに変な所で親子そっくりなんだから)
もう一度姿を確認してみると、グレイの気配はもう無くなっていた。
今日の捜索も、そろそろ打ち切りになりそうだ。
親戚から諦めろと言われるのも、時間の問題になってきている。
もうすぐ、グレイが本当の自由の中で生きて、将来的に人生でどういう選択をするかを決められる時が来る。
(グレイ…ジルコニア家の当主として生きる覚悟が生まれるまで、私は待ち続ける。自分の生き方は、自分で覚悟を持って決めなさい)
次回も視点が別の人になります




