外れ者の道へ
俺の提案した労働は、常人では実力を証明するまで一週間かかる。
だからこそ、夜の間だけではなく一日も時間をくれたのは運が良い。一日もあれば、娼館には確実にクソ客が来る。
俺の目論見通り、昼間から既に客が来ている。今いる娼館は、昼間はあくまで喫茶店ということにしており、夜の店の形態だけではやっていけないらしい。もしくは、どんな時でも金を稼げて、万が一摘発されてもあくまで喫茶店と言い張るためと、エリアーナは言っていた。
俺が隠れて職場を見張っていると、早速揉め事が起きる予感を察知した。
ガキの俺よりチビな男が、何やらイライラしながら貧乏揺すりをしている。何か嫌なことでもあったのかは知らないが、何度も舌打ちするからか、周りの店員(夜は娼婦)達の中の気が弱そうな女性は怯えている。
(あのチビガリに当たったらほんと可哀想だな…今はエリアーナが対応してるが…)
「おい注文!!早くしろよ、使えねぇな!!」
「お待たせして申し訳ございません、ご注文はお決まりでしょうか?」
「決まってるから呼んでんだろうが!!ブラックコーヒー!!」
「ミルクと砂糖お付けいたしましょうか?」
「いらねぇよ!!ったくガキ扱いしやがって…!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「チッ…!!早く作れよクソが!!」
いちいち突っかかって悪態を吐く客が相手でも、エリアーナは営業スマイルを貫き、マニュアル通りに接客している。ブラックコーヒーを頼んだのにあえてミルクと砂糖の有無を聞いた時は吹き出しそうになったが、あのスルースキル自体は見習いたいと思う。
そう感心しながらエリィを見ていると、徐ろに俯き出して口を動かし始めていた。
「あんのクソ客が…!女だからって偉そうにしてっけど少なくともテメェみたいなゴミを敬う人間なんかこの世にいねぇからな」
落ち込んでいるのかと思って耳を澄ませたが、聞いて損をしたとはこのことだろう。
基本的には受け流せるタイプのエリアーナですらこうなのだから、気が弱そうな女性達はなおのこと大変だ。
だが、その心配を的中させるかのように、気が弱そうな店員のアンナがあのクソ客にコーヒーを運ぶ役目をさせられることになってしまった。
「お、お待たせしました…」
「遅ぇんだよノロマ!!あと声小せぇよ!!」
「ひっ…!!も、申し訳ございません…」
やはりチビガリ野郎は相手が気弱そうなのを良いことにまた威圧してきやがった。
あのチビガリを成敗するために、俺は気配を消しながらあるものを持って忍び寄る。
「夜は娼婦やってんのか知らねーけどさぁ、股も開かずに見てくれだけで何でも許されると思ってんじゃねぇぞ?」
「っ……申し訳…ございません……」
「それしか言えねぇのかよ!!てめぇみたいな能無しが一丁前に娼婦以外で稼ごうとしてんじゃね…うぐっ!?ぅ………うぅ…」
アンナに手を上げようとした直前で、俺はチビガリの首後ろに手刀を喰らわせた。
一発で気絶した雑魚のチビガリを、俺はズルズルと引き摺っていく。この雑魚が手足を動かせないように縄で縛り上げ、天上に手足に結ばれた縄を括った状態にしてやった。
目を覚ませば、二度と偉そうに出来なくなるぐらいの恐怖に包まれるだろう。
俺はチビガリが目を覚ました時のために、吊り下げている縄のすぐ傍で待機した。
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「…………………はっ!?ちょっ!!何だよこれ!!下ろせよクソが!!」
目を覚ましたチビガリは、バタバタと暴れて縄から抜け出そうとする。そんなことをしたら解放される前に大怪我するだろうに、この馬鹿は相当頭が回らないようだ。
「おい!!見てないでさっさと下ろせよクソ女共!!」
「はぁ?誰がアンタみたいなクソ男誰が助けるものですか!!」
「せいぜいその無様な格好で反省してれば良いわ!」
「この身長も器もちっさい短小野郎!!」
下にいる店員達も余程鬱憤が溜まっていたため、チビガリに向かって罵声を浴びせる。出禁にするつもりなのか、丁寧な接客などというものは完全にかなぐり捨ててるようだ。
「お前が店員に偉そうな態度を取るから成敗されたんだよ。逆さ吊りにしなかっただけありがたく思えよ」
「あぁ"!?何だこいつは!?俺は客だぞ!?客にこんなことして良いと思って…うぉあっ!?くそっ!回りやがってっ…!!あ"ぁあああ"ああ"っ!!!」
縄で縛り上げた張本人の俺が声をかけると、チビガリは振り向いて文句を言おうとした。だが、振り向く勢いが強すぎて縄ごと回転してしまい、思うように喋れなかった。
その姿はあまりに無様で面白く、自分の手で何度もチビガリを回転させる遊びをしてやろうかと一瞬だけ思った。
「良いかよく聞け、チビガリ短小野郎。お前みたいなクズがまたここに来ようものなら俺が直々に罰を与えてやる」
「はぁあっ!?何なんだよお前ぇ!!男のくせに娼館に居座りやがって!!どうせこの女共とやりたい放題してんだろ!?お前の方がよっぽどクズだろうが!!!」
「あ"??」
「ヒィッ…!!な、なんだよっ…」
今の俺がクズだってことぐらい、嫌と言うほど理解している。だが、こんな奴にとやかく言われるほど落ちぶれてはいないつもりだ。
俺が威圧をかけると、チビガリは小さく悲鳴を上げて震え出した。やはり所詮こいつは雑魚だ。
「吊り下げられるよりも恐ろしい目に遭わせてやっても良いんだぜ?例えば…この縄切るとか?」
「ヒィイッ!!!もうこんなことしないからそれだけはやめてくれぇえええ!!!」
命綱にも等しい吊り下げ縄に刃物を近づけると、チビガリは一気に顔面蒼白になって許しを乞い始めた。
だったら最初からやるなと言いたいが、チビが泣きながら謝り出した上に日頃のストレスが溜まっていてヤケクソになっていたなどと言い訳…自白し始めたため、もう下ろしてやることにした。
さて、問題はここからである。今のクソ客の追っ払い方を見て、ルーシーが良しとするかどうかだ。
「ご覧の通りで如何でしょうか?マダム・ルーシー?」
らしくなく恭しい態度で、ルーシーに尋ねてみる。だが、ルーシーは考え込むように唸り、しばらく言葉を発さない。
流石に拷問初心者向けのやり方では生ぬるかったのだろうか。俺を見守っている娼婦たちがヤキモキし始めても沈黙が続いたが、ルーシーはやっと口を動かし始めた。
「……うちみたいな店の商売ってのは、どんなクズみたいな奴でも金払いさえ良ければ搾り取ることを言うんだ。クズが相手なら誰でもあそこまでしていいわけじゃない」
「は?いやでもアイツは金なさそうな奴で…」
「確かにあの客は昼間に出してる一番安いコーヒーしか頼まないケチくさい奴だった。だがアイツが金払いが良くて昼も夜も来てくれるような人間だったら、アンタはうちの貴重な太客を失うという、商売で一番やっちゃいけない行為をしたとも言える」
「っ……仮に金払いが良かったとしても実際あの人に危害を加えようとしてたじゃねぇか!!言い方は悪いが、娼館の大事な商品に傷をつけようとしてただろ!」
「だからアンタにはうちの子達に傷をつけるのを止めた上で、追い払って良い客かおだてて巻き上げるかの判断をして欲しかったんだ。さっきのアンタはただ正義感でクズを成敗してるだけにしか見えなかったよ」
「正義感だぁ?俺にはそんなもんねぇよ」
汚れ役を担う血も涙もない家で育った俺に、正義感なんてものは存在しないはずだ。
兄上はどうだったか知らないが、何故俺があり得ないことを指摘されなければならないのだろうか。
「ともかく、この商売のやり方に適応出来ないなら話にならない。親が探しに来る前にさっさと家に…」
「………ルーシー、1日だけ時間をやるって言ったよな?」
「あ?言ったけど今のでもう全部分かって」
「たとえ無理だと分かったとしても、一度した約束を簡単に覆すなんて、商人としては致命的だと思わないのか?」
言われたことが納得いかないことだったとしても、そんなものさっさと適応すれば問題ない。娼館にいる人達は全員他人だ。だからこそ割り切れる。
家に帰るぐらいなら、他人の考えに適応していく方がずっとマシだ。
諦めて帰ると思っていた俺が突然挑発的な態度を取り始めたことに、ルーシーは怪訝そうな顔をした。
「契約書でも書いたわけでもないのに約束を守れなんて、うちは子供じゃないんだからそんな話は通用しないよ?」
「あいにく、俺はアンタが思うほど子供じゃない。さっき名前教えてもらう時に綴りが分からんって言って書いてもらったアレ、手元に残してあるんだ」
「?アンタに渡されたのはただの紙だっただろう?それがどうしたんだい?」
「実はその紙、俺が言ったことがぜーんぶ書いてある」
ルーシーに名前を書かせた紙を取り出し、俺はニヤリと笑いながらその紙を広げて見せつけた。
「目ん玉引っこ抜いてよくご覧いただけますかマダム?『能力が相応であることを確認次第、この店で働くことを認める。尚、確認期間は開始から一日間とする』…この契約はちゃんと守らないとな?」
「ッ!?あ、アンタ騙したね!?名前を知りたいって紙渡して言うもんだから怪しいとは思ってたけど…!まさかその契約書にサインさせるためだったのかい!?」
「ははっ、名前書けって言われて渡された紙はちゃーんとチェックしないとダメだぜ?」
子供だからと油断していた所を突かれて悔しそうな顔を見ると、してやったりな気持ちになる。
この俺に向かって正義感があるなんて的外れなことを言った罰だと思うと、より一層スカッとする。
「はぁあ〜〜…分かったよアタシの油断負けだ。夜の店の分まで適性があるか見てやる。ただし、その時もダメなら本当に帰ってもらうからね!」
「はい、必ず貴女のご期待に添えるよう尽力いたします」
わざとらしく恭しい振る舞いをまたすると、ルーシーはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
子供相手に負かされたのが相当悔しかったのだろう。
「グレイ、頑張ってね!」
「さっきはありがとう…!グレイ君がいてくれて良かったよ…!」
「もしダメだったらあたしが養ったげるから!」
「ルーシーのこと見返してやんな、期待してるよ」
俺を見守っていた娼婦達は、口々に励ましの言葉をくれる。
まだ出会ってから一日も経っていないのに、すっかり受け入れられているらしい。貴族のガキなど嫌われても当然だろうに、心の広い人間達だと俺は思った。
「おい、俺を誰だと思ってんだよ?そんなの当然やってのけてやるよ」
商売のことを理解すれば、あとはもう簡単だった。
金払いの良さそうな人間を見抜くのは、昔から得意だ。そうでなくても、チョロそうな奴はおだてれば金を出してくれる。それ以外の金も何もないただのクズは、追っ払えば良い。
クズでも金だけはある奴等をおだてて調子に乗らせて金を引っ張りまくった結果、今日の売り上げは昼の分も含めて最高金額だったそうだ。
ちゃんと成果を出せたことで、ルーシーも認めざるを得なくなり、俺は晴れてここで働けるようになった。俺の仕事は娼婦達を守りながら、追っ払うかおだてるかで客を選別していく。
時間がある時には、娼館を出た時に女性の家に泊めてもらうための口説き文句やらテクニックやらを教えてもらう。
今後のための生きる術を学ぶための居場所は、これで確定した。
俺は、ジルコニア家で進んでいくはずだった道から、どんどん外れていく。
厳格で規律正しく、冷徹に裁きを下す世界から遠ざかり、これからは無秩序で倫理観もへったくれもなく、邪で計算まみれの世界で過ごすことになる。
これで良い。
これからもずっと今の世界を生きていけば、いずれ薄汚くなった俺を見ても元々貴族の人間だなんて分かる奴なんかいなくなる。
いつか親父が、今の世界に馴染み切った俺を見た時、恐ろしいものを見る目で軽蔑するだろう。あの時俺の話を聞いていれば、こんなことにはならなかったと後悔の念に囚われるはずだ。
その瞬間、俺の復讐は完成する。
兄を期待で縛り、俺の言葉を何一つ聞かなかったアイツを、絶望に堕としてやる。




