未熟な大人
※間接的に少々R-15な描写あり
「…………せめて起こしてくれよ」
目を覚ました時には、もうエリアーナはベッドにいなかった。俺が眠ってる間に、仕事に向かったのだろう。
「ていうか…本当に俺はずっとここにいろってことかよ…」
ここから出たら確実にまずいのはわかるため、俺は何か暇つぶしになるものはないかと、辺りを見回す。しかし、事に及ぶための部屋だからか、ベッド以外何も見つかりそうにない。
「よし、ベッドの下見るか」
誰にも見られたくないものは、ベッドの下に隠すものだ。もしかしたら何かヤバいものがあるかもしれないと、完全な好奇心で下を覗き込んだ。
「ん…?なんだこれ」
ベッドの下に置いてあったのは、本が数冊だった。エリアーナが読んでるものなのか、客が置いていっただけなのかは分からないが、その内の一番上にあるやつを手に取ってみた。
短編小説ぐらいの分厚さで、読むとしたらすぐ終わってしまいそうだが、無いよりはマシだ。エリアーナが来るまで、俺はその本を読んで暇を潰そうとした。
「ああ…一枚捲るごとに挿絵が入ってるやつか…」
挿絵は精巧に描かれているが、文章はあまり読み書きが出来ない人間でも簡単に読めるものとなっている。読み書きを最低限しかさせてもらえない環境下では丁度良さそうだ。
あまりに挿絵が多すぎて想像力を掻き立てる気は無さそうだが、何も考えたくない今の俺にとってはある意味ぴったりかもしれない。
パラパラとページを捲り、話を読み進める。
内容は、新婚夫婦だが結婚自体は親に決められたために不仲で、妻が退屈で味気ない日々に不満を抱いている設定らしい。
大体こういう話のパターンはもう分かり切っている。
どうせ妻の方に顔の良い若者との出会いがあり、お互い恋に落ちたら夫には内緒で愛を育んで、最終的にバレたら駆け落ちしてひっそり結婚式ごっこ…という流れだ。
もしくは、義父母からの陰湿な嫁いびりを夫から見て見ぬフリをされる日々の中で、夫が裏で不倫をしていた上に外で子供を作っていた事実に妻が怒りを爆発させ、夫一家丸ごと完膚なきまでに復讐する話かもしれない。
俺的には、どうせ読むならまだ後者の流れの方が良い。退屈だったからと一時の感情に流される女よりも、やられたらとことんやり返す強かな女の方が好きだというのもある。
とりあえずつまらない話ではないことを祈りながら、話を読み進める。が、残念ながら花屋に勤める設定の若者が登場してしまい、感情流され系かと思って本を閉じようとした。
しかし、その拍子に捲れたページの挿絵をたまたま見つけてしまった俺は、絵を見て思わず目を剥いた。
「………………官能小説じゃねぇか」
絵の内容は、花を届けにきたついでに家に招かれた見目麗しい若者が、前から気になって仕方がなかったと言って新妻をベッドに押し倒して、服を剥ぎ取っているという、俺にとっては予想斜め上のものだった。
内容よりも絵に対する驚きが大きく、次のページを捲る度に、如何わしい挿絵が次々目に入る。
本番に及ぶまで、若者が一人生まれたままの姿になった新妻の胸や下半身に顔を埋めたり手で弄ったり、逆に若者の下半身に新妻が顔を埋めるといったものが、無駄に上手く描かれている。
もう文章より絵だけで良いのではないかと思ってしまうが、文字が読めない人用でもあるため、これは致し方ない。
しかし、文章を見ても個人個人の性格が読み取れず、内容はほぼ若者と新妻が夫に内緒で事に及んでるだけのようだ。完全な性欲処理目的の本で、しっかり読むのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
とはいえ、絵を見る度に本能的に反応するものは反応してしまうため、エリアーナが戻らないうちにさっさと処理した。
見てみようと思っていた他の数冊もどうせ同じくようなものだと予感した俺は、もう昼寝をして過ごすことにした。
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「こぉら、いつまで寝てるの?さっさと起きなさい!」
「いでっ!」
戻ってきたらしいエリアーナに頭をペシっと叩かれ、強制的に目覚めさせられた。
割と気持ち良く寝ていたため、起こされた俺の顔はかなり不機嫌に違いない。寝起きの悪さだけは誰にも負けないはずだが、エリアーナは怖がる事なく、むしろ説教し始めた。
「グレイってばベッドの下の小説覗いたでしょ?人のベッドの下覗くなんて君本当に貴族?それにご飯も食べないでこんな昼間まで寝て…家出早々栄養失調で死ぬわよ!」
「うるせぇなぁ…この俺に貴族の常識なんか求めんなよ…ちゃんと片付けないのが悪いんだろ。あんなエロ本置きっぱなしにしやがって」
「それで結局満足したのはどこの誰よ。まあ良いわ、今日は貴族のお客様からカレーの材料を頂いたの。口に合わないかもしれないけどとりあえず食べなさい」
「カレーだと!?幸いにも俺の大好物だ!!ありがたくいただくぜ!」
最悪の寝起きだったが、大好物のカレーが昼食だと分かり、俺の気分は一気に上がる。
配膳された二人分のカレーを持ってエリアーナが来るまでの間に、頼まれた掃除をしたり机を用意したりしても、何も苦に感じない。むしろ、カレー特有のスパイスの香りが俺の食欲とやる気を増進させた。
「よし、じゃあさっそく食べ……」
「いただきます」
「…………い、いただきます…グレイが一応良いとこ育ちなの忘れてたわ…」
文化の違いなどどうでも良い。俺は待ちに待ったカレーを口に含んだ。
「ッ!!あ〜〜〜美味い!!これだよこれ!!俺はこういうのが好きなんだよ!」
貴族の人間が持ち込んだであろう何十種類ものスパイスが、疲れ切った身体に染み渡る。何より、ピリッとした辛さが堪らなく心地良い。宮廷で出てくる味気ないホワイトソースのスープなんかとは比べ物にならないぐらいパンチの効いた味は最高だ。主食のパンがこんなに進むのは、俺にとってはカレーだけだ。
家出したら月に一回どころか、どうしても食べたい時ですら食べられないと思っていたが、俺はなんて運の良い人間なんだ。
「君ってそうしてれば普通に年相応の子供みたいなのにね」
「それぐらい元いた家が本当に窮屈すぎるんだよ。行儀良く過ごしてないと親父がうるせぇんだ」
「貴族って皆そうじゃないの?」
「いやいや、他の貴族のガキ共は許されることも俺の家や王族では許されないのが当たり前。それがムカつくから、悪戯ばっかして親父にめちゃくちゃ怒られるってのが家出前の日常ってやつ」
なんで俺は昨日会ったばっかりの娼婦にこんな話をしているんだろうか。貴族は皆同じものみたいなことを言われたからムキになって言っただけかもしれない。だとしても、話を聞いてもらえるのは悪くなかった。
「それじゃあ尚更家出した後はこっ酷く怒られるってわけね。私だったら耐えられない。帰りたくないのも分かるな」
「怒られようが怒られなかろうが絶対帰りたくねぇ。俺が悪戯ばっかりしてきた理由も知ろうとしない奴のとこなんか…」
だめだ。
これ以上考えるな。
悪戯をしたのは単に貴族間の理不尽にムカついていただけだ。
「もう良いだろこの話は。折角のカレーが不味くなる。さっさと食べるぞ」
「はいはい、分かりましたよ」
エリアーナは、これ以上何も深入りしてこなかった。そういう空気を読める人間だから、安心して身の上話をしそうになったのだろう。
これからもここに居続けるつもりはないが、エリアーナが許すなら、次の宿泊先が見つかるまではここにいたい。
家出をしてもどこに行けば良いのか分からず、行き着くべき新たな目的地のことは何も考えられない。
俺は、どこにも行けない彷徨い猫でしかない。
縛られないことを望んでいたはずが、家の存在はどこまでも俺を蝕む。
いっそ堕ちるところまで堕ちてしまえば、楽になれるんだろうか。
「なあ…エリアーナ」
「ん?どうしたの?」
「ここにいられる間だけ、外に出た時に女を虜にさせられる術を教えてくれ」
「なっ!?何を言ってるの…!?まさかこの先寝泊まりのために女を騙して生きるつもり!?」
エリアーナが驚いて怒るのも当然だ。同じ女性として、寝泊まりと引き換えに女を色仕掛けで騙して生きますと、15にもならないクソガキに宣言されたのだから。
「ここでアンタの世話になり続けるにはいかないだろ」
「だったら今すぐ孤児院に行きなさい。私はお客様からそういうツテを見つけられるまではと思って…」
「俺は誰かの迎えを待つつもりなんてねぇよ!!俺は家のことを忘れて一人で生きていきたいだけだ!!」
俺はこの先も彷徨い続ける。だが、それが哀れだと言うのなら、俺はその立場を利用してやる。
計算無しで得る同情で救われたくない。あらゆることを計算で埋め尽くし、騙して利用して生きることだけを考えたい。そうしなければ、この先もジルコニア家で育ったしがらみが、俺の思考を蝕み続ける。
一ヶ月後に様子を見に行く時に、親父の怒り狂う姿を見て心の底からざまあみろと嗤ってやりたい。
心の隙を、とにかく全部塗り潰したい。
「………何を言っても聞かなそうね。とりあえず多くのことは教えるけど、刺されないようにする方法は絶対に覚えてもらうから」
「ッ…!!なるべく早く覚えられるようにする」
こういう時は素直に応じる。本当は刺されないように気をつけたいなんて微塵も思っていない。
だが、その気持ちを口にしたら絶対に教えてもらえなくなる。
そうやって本音を隠して得をするための術だけは、とっくの昔に学んでいた。
(………ありがとうエリアーナ。昨日の夜、俺に下心を向けてくれて)
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「というわけで…今日から一ヶ月ぐらいここでうちで面倒見てあげたいんだけど…」
「良いわけないだろ!!野良猫でも隠してんだと思って見逃してたのを…よりによって貴族のガキをここに匿おうなんて何考えてんだい!アタシがお偉いさんに殺されちまうよ!」
エリアーナが俺の身の上話と共に預かれるかどうかの確認をしようとしたところ、老婆の店主からは案の定論外とばかりに反対された。
「そもそもこんな子供を誘って筆下ろしする暇があるなら店のお客様の対応をしな!!」
「子供としてそのままここに入れるわけにはいかないのは分かってたわよ!でもどうしても放っておけないから、とりあえずってことで"大人の男"にしてあげたの!」
「屁理屈言うんじゃないよ!!」
エリアーナの説明はほぼ嘘だ。今は放っておけないと思ってるのかもしれないが、きっかけは全然違う。
流石に店主も怪しんでいるのか、まだ警戒しつつも俺を見ながら尋ねてきた。
「そこのアンタ、エリィは本当に善意でそうしてくれたのかい?」
「いや?俺のことを完全に大人と勘違いしてたぜ。それに上玉とお褒めいただいた上に立派な男に出来る良い機会だって美味そうにむしゃむしゃ喰われたぜ」
「ちょっと!!人喰いの化け物みたいに言わないで!!君のために私は頭下げてんでしょうが!!」
「なるほど、結局ガキも被害者ってワケかい」
俺に真相をバラされて怒るエリアーナを一瞥した店主は、警戒から一変して今度は哀れみの視線を向けられた。
「だとしてもだ。ここで色々と厄介になるって言うんなら、それなりの労働も提供できなきゃ話にならないよ。アンタ、何が出来るんだ?」
やはりすんなりと住まわせてくれる訳ではなさそうだ。貴族出身の家出少年を哀れみだけで易々と受け入れず、対等に労働提供を求める点においては、それなりに信用できる店主と言える。
そして、この娼館に置いてもいいと判断されるための価値を示すとなると、普通なら下働きと客引きというありきたりなことを言うだろう。だが、俺は違う。
利用できるものは、どんな状況だろうがなんでも使うのが俺の主義だ。
「……下働きのついでに厄介な迷惑客を追っ払ってやるよ」
「は??そんなこと子供のアンタに出来るんってのかい?」
「ああ、俺にとっては容易い。嫌でも訓練を受けさせられたぐらいには身体に染み付いている」
「訓練って…君本当にただの貴族の子供?」
エリアーナが疑うのも当然だ。側から見れば、俺は図体がデカいだけで口が悪く生意気なクソガキだ。厳しい家で育ったことは知られていても、どういう理由でそうなったかは見当もついていないだろう。
俺は、どこに行っても結局宮廷の汚れ役としての運命から抜け出すことは出来ない。だが、親父が軽蔑する場所で初めて披露するのは悪くなかった。
兄上を期待で抑圧し、俺の言葉を無視した親父への復讐だと思えば。
「…………一日だけ時間をやる。今夜で成果を出せなかったらさっさと追い出すからね」
「ああ、分かってる。ご検討いただき感謝いたします、マダム」
「ふん…お手並み拝見といこうか」
「ところでアンタの名前は何ていうんだ?」
「あ?あたしはルーシー・スミスだ」
「えーっと…綴りは?ちょっと紙に書いてくれないか?」
「ガキってのはいちいち面倒臭いねぇ全く…分かったよ!ちょっと待っとくれ」




