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濁っていく世界

後半からR-15+な描写あり

走って辿り着いた街は、酒屋と娼館などの娯楽施設のみ灯りが点いている。

妙なのに捕まる前にどこかで隠れて休めそうな場所を探そうと、俺は娼館の客引きの男やガラの悪い輩に見つからぬよう歩く。


(にしても、俺が前に来た時はもっと治安良かったような…やっぱり夜になるとこうなるのか)


前に一度街まで来たことはあったが、その時は昼間だったこともあってか、平和な街並みだった。だが、ここはまともな貴族の連中であれば寄り付かない雰囲気と化している。

俺はまだ未成年で酒は飲めないから居酒屋は問答無用で追い出されるし、娼館で匿ってもらおうにも娼婦から相手にしてもらえるような年齢ではない。


(………金さえ渡せばいけるか?)


問題のある貴族が来なさそうな酒屋なら、案外いけるかもしれない。

万が一有り金を全て奪われてしまうことを覚悟で、俺は目的の居酒屋に顔を出した。

「いらっしゃいませ!!ってなんだ?お前まだガキじゃねぇか。ここは子供の来る所じゃないんだ」

「あ??なんだガキかー?お子ちゃまはさっさと帰れよ〜!」

「おい坊主!お前も飲むか〜?なんてな(笑)」

店に入るなり、いつもの挨拶をしてきた店主は俺を見て渋い顔をした。店に来ていた客は、げらげら笑いながら揶揄ってきた。

そりゃそうなるよなと思い、俺はそこにいる客からも毟り取られても良いとばかりに金貨を見せびらかす。

「金ならあるぞ?」

「おお!小僧のくせに気前良いじゃねぇか!」

「もしかして俺らの分も奢ってくれんのか?(笑)」

「金の問題じゃねぇ!お前らは黙ってろ!!つーか未成年をここに入れるわけにはいかねぇんだ!!それにお前のその小綺麗な身なり…まさか貴族んとこのお坊ちゃんか?家出だかなんだか知らねぇがさっさとパパとママの所に帰りな」

「あんなとこ二度と帰らねぇよ!!!」

俺が勢いに任せて叫ぶと、店主は驚いた顔をした。そのまま深くため息を付き、こっちに来いとひらひら手を振った。

「……一晩だけなら良い。金はいらん」

「ッ!!本当か?」

「その代わり、昼になるまでぜってぇ表に出るなよ!」

「…………分かった、ありがとう…」

金を払わされると思っていたが、幸いにも店主が良い人間で助かった。

店主に案内される中、俺は客のニヤついた視線を浴びていた。いつもならひと睨みする所だが、今はそんなことして良い身分ではない。

「ここで寝な。貴族の坊ちゃんからすれば汚ねぇとこかもしれんがこれでも掃除はしてあるんだから我慢しろ」

「充分だ。俺は寝られればどこでも良い」

「そうかよ、んじゃあさっと寝ろ」

店主が部屋を出ると、俺はすぐさまベッドに寝転がる。

こうして家出をするまで散々体力を使ったためか、寝転がった瞬間に眠気に襲われた。見知らぬ人間のいる場所に泊めてもらったのは運が良かったが、油断はできない状況だ。

しかし、家出をする前の分の疲れも溜まっていたこともあり、眠気に抗うことができない。


少し目を瞑った瞬間、俺の意識はすっかり途絶えていた。



     ーーーーーーーーーーーー


「………おい、こいつ金たんまり持ってるらしいぞ」

「寝てる隙に盗っちまおうぜ、ひひっ」

「どうせガキだしぐーすか寝ててバレねぇだろ」


嗚呼、案の定さっきの酔っ払い共が物盗りとしてここまで来やがった。

ガキだと思って油断しているようだが、俺は階段を登ってくる辺りですぐに物音に気づいていた。あれだけ眠かったのに異変にはすぐ反応してしまう自分の身体には関心はするが恨めしくもある。


「よし、まずは金を…」

「金貨何枚ぐらい欲しいんだ?」

「とりあえず三枚は欲し……ってうわぁあ!!!」

「てめぇ寝てるフリしてやがったのか!?」

適当にカマかけただけで、物盗りの酔っ払い共は馬鹿みたいに引っかかってくれた。

俺をただの貴族の坊ちゃんと思って侮っていたようだが、気づかれるような動きをしたのが悪い。気配を消した上で盗られたのであれば俺も少しは仕方ないで済ませてやったものを、こいつらはその機会をみすみす逃した馬鹿だ。

「残念だったなジジイ共!俺はアンタらが階段登ってきた音ですっかり目覚めてしまっていてな!」

「なっ…!?このガキ耳良すぎだろ!!」

「生憎、俺は小さい音もろくに聞こえなきゃ役立たずだって切り捨てられちまう育ちなもんでね!」

昔から俺は、小さい音を聞き分けるテストみたいなことを親父に課せられてきた。拷問対象や刑務所の人間の逃亡を防ぐためだと言われていたが、テストで失敗をする度、その程度も当てられない人間はジルコニア家の恥だと言われたものだ。


ああ、最悪だ。

せっかく家出したのにこんな状況で家のことを思い出してしまった。


「お前ら何してんだ!?さっさと帰れ酔っ払い共!!」

「うわぁ!!だ、旦那ァ…こ、これはほんの戯れでして…」

「何が戯れだ!!お前らみたいな物盗りを今後客として受け入れられるわけ………っておい!?小僧何してやがる!?危ねぇだろ!!!」

「物盗りがいるこんな所にいるわけにはいかないから俺はもう行く」

「だからって窓から降りようとするんじゃねぇ!!怪我だけじゃ済まねぇぞ!!こいつらは俺がどうにかするからてめぇはまだここにいろ!!」

この店主は本当に親切な男らしい。いけ好かないはずの貴族のガキをまだ泊めてくれようとする上に、危ない行動をしようとしたら、俺をちゃんと心配してくれる。

だからこそ、もうここにいるわけにはいかない。これ以上いたら、今の俺は親父と比較しては思い出し、気が変わってしまうかもしれない。

「少しの間泊めてくれてどうもな」

最後の挨拶と共に、俺は二階の窓から降りた。

飛び降りた瞬間に店主が手を伸ばそうとしたが、その時にはもう地面に着地していた。

上から何か叫ばれていたが、俺は振り返らずさっさと走っていった。


(あーあ、宿無しに逆戻りか。どうすっかなー)


宿は無くなったが、戻る気は全く無い。

こうなったらいっそ野宿でもするかと、ホームレスの人間がいそうな場所をキョロキョロと見回した。



「お兄さん♡暇なら私と遊ばない?」

「えっ………」


横から香水の匂いが漂ってきたかと思ったら、露出の多いブロンドの髪の女が、俺の腕に豊満な胸を押し付けてきた。

どうやら娼婦のようだが、俺を客にできる大人だと思って声をかけてきたらしい。

「いや、俺はまだその年齢じゃ…」

「本当?大人にしか見えないけど、今何歳?」

「………12」

「あらそんなに年下だったのね!でもその年齢の割に声も大人みたいに低くて背もとっても高いし、それになんて男前な子♡」

「………老け顔なだけだ」

自虐した通り、俺は昔から子供の割に背が高くて老け顔寄りだ。大人は俺を見ては毎回、可愛げのない子供だと言われてきた。

大人にとって都合の良い可愛い子供でいるのは癪に触るため、それはそれで助かっていた。だが、今となっては大人と勘違いされる見た目になっているのは不都合極まりない。

「もう良いだろ。俺は寝場所を探してるだけだし、そもそもアンタのいる場所にはどっちみち入れないんだから放っておいてくれ」

「君もしかして家出した貴族の少年?さっき居酒屋で騒ぎになってたの聞こえてたわよ」

「っ………じゃあなおさらこんなガキ娼館に招き入れたら大問題だろ」

「大貴族の子供がこんな所までふらふら来た時点で、もうそういう倫理観だとか規律を行儀良く守ったって意味ないでしょ?」

先程までの娼婦の愛想の良い笑顔が、突然目の奥の光が消えた笑顔に変わり、俺はらしくなく背筋がゾッとした。

何より、俺はまだ貴族間での倫理観などを捨てきれていないという事実に気づかされたことに、内心ショックと共に腹立たしさすらも感じた。

俺は、大貴族のジルコニア家の跡継ぎでありながら家出をした上に、まだ年齢的に入れない居酒屋に入ろうとした。しかも金をちらつかせるという、貴族に対して俺が一番嫌悪していた方法で。

今の俺に、倫理観や規律を語る資格などあるわけがない。

「せっかく家出したんだから、一度だけそんな倫理観なんて捨てて好き放題してみたらどう?」

「………ははっ、とか言って本当は俺に相手して欲しいだけなんじゃないのか?」

「あら鋭い。だってこんな上玉な子を立派な男にするなんて美味しい機会滅多に無いもの」

「そんだけ言うならさぞかし立派な筆下ろし技術をお持ちなんだろうな。まあ、だからと言って居酒屋よりいかがわしい場所に女といる気はないが」

「少なくとも私は病院ちゃんと行きながら仕事してるし、しばらくなら泊めてあげても良いけど?年齢のことは居酒屋よりは隠せると思うわよ」

この女にはどうやら隙がないようだ。俺が変な病気を移される心配もさせないし、年齢を隠せばいくらでも泊まれるという好条件だ。

ここまで好条件でありながらいつまでも断り続けるのは、段々と馬鹿馬鹿しくなってきた。

「……できるだけお手柔らかに頼むよ、お姉さん」

「っ!ふふ、ちゃんと優しくしてあげるからね♡あと、エリアーナって呼んで」

「分かったよ、俺はグレイだ」

俺はもう、大貴族の人間には戻れない。否、戻りたくない。そのためには、今まで守ってきた倫理観なんか全部捨ててやる。

親父から今まで散々口酸っぱく言われ続けた鬱陶しい規律を破ることは、親父への一番の復讐だ。


エリアーナに付いていく中、居酒屋とは違って客とはあまりすれ違わなかった。皆俺を見る気など全く無く、指名した女に夢中だった。


「……グレイくん、先に湯浴みしてきなさい。もう用意してあるから」

「分かった…汗だくだったから助かったよ」


風呂は流石に無理かと思っていたが、流石に事に及ぶ前だからか、ちゃんと風呂に入らせてもらえた。ここで相手をしてもらうという選択をしたのがある意味正解だったのかと思うと、少々複雑だ。

どちらにせよ、汗を洗い流したら俺はもうこの女によって貞操など消え失せる。


もう、どうでも良かった。


女の裸を見るのはエリアーナが初めてだったが、特に気持ちが昂ることはない。

白い肌が柔らかくて、曲線美が綺麗でも、身体が本能的に反応するだけで心は何も動かない。自分の服を脱がされても、恥じらいなど何も生まれない。

その辺の貴族の若造が一度は憧れる、年上の美女に筆下ろしとして自身の操を捧げるという状況だが、特に好きでも無い相手だと性欲を処理してもらうぐらいの感覚だ。


今まで半ば強制的に守らされてきた倫理観が、崩れていく。


俺はただ、エリアーナに身を委ねるだけだった。



(所詮ただの性欲処理の場所なのに、客の男共はわざわざ娼婦に鼻の下伸ばして見惚れて…ほんと馬鹿みたいだな)


全てが終わった後、俺は身体にはあったはずの熱すらも消え失せ、ぼんやりと天井を眺めていた。


「………さむっ」


服を着ようとベッドから降りると、隣の部屋から掠れて上擦った声と、野太い荒い呼吸が漏れるのが聞こえてくる。多分、さっき見かけたどれかの客と娼婦が事に及んでるんだろう。

俺は本当に倫理観をぶち壊し、貞操を無くしたのだと実感した。


(別になんとも思わねぇ…あの家と決別するためだ…)


そう思いながら着直したシャツは、なんだか薄汚れて見えた。


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