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断絶の壁


僕の最愛の家族へ


この手紙を最初に読むのは、きっとグレイだと思う。その時にはもう、僕はここにはいないはずだ。


グレイ、本当にごめん。今まで僕のせいでずっと寂しい思いをしてきたよね。

今のグレイは、きっと戸惑ってるはずだ。最近体調が良かったはずの僕が、突然死んでしまったことに。

体調が急に良くなった本当の理由は、ルベウス公爵からいただいた薬なんだ。量を守って飲めって言われたよ。僕は薬を貰った日から、律儀に毎日飲んでいた。

頭では怪しいと分かっていた。突然ディーク・ルベウスが僕の元を訪れるなんて、絶対何か裏があるんだろうって思ってた。どうせ毒でも入っている、目の前でルベウス公が飲んだのを見ても、その毒に慣れているだけだろうってちゃんと疑っていた。


だけど、僕はその禁断の果実を受け取ってしまった。

僕が家族に対してさまざまな負い目を感じていることに付け込まれて、頭ではダメだとわかっていても誘いを断ることができなくなっていた。

否、それだけじゃない。医者からはっきり言われたわけじゃないけど、何となく僕はこの先長くは生きられないと思っていた。

だからこそ、毒が回る瞬間までこの薬で本当に元気でいられるのなら、最期の瞬間まで皆に元気な姿を見せたいと願ってしまった。


最後に、父上と母上に伝えて欲しいことを書いておいたから、読み終わったら絶対二人に渡しておいてくれ。


父上、母上。

今までたくさん迷惑をかけてしまったのに、もう貴方達にその恩を返すための親孝行すらもできなくて、本当に申し訳ございません。こんな僕に最期の瞬間まで次期当主として期待をかけ、育ててくださりありがとうございます。

でも、僕は内心思っていました。裏で汚れ役を担うジルコニアの名を継ぐべきなのは、弟のグレイであると。

ルベウス公の口車に乗せられてしまう心の弱い僕じゃなく、心根が強くて、野蛮に見えて誰よりも思慮深く物事を観ることができるグレイの方が、ジルコニア家の当主に相応しい。


これからは、ちゃんとグレイのことも見てあげて下さい。


サミュエル・ジルコニアより




     ーーーーーーーーーーーー


俺は、自分の中で一度湧き出した怒りが止まらなくなるのを感じた。兄からの手紙のことを考えるだけで、その怒りはますます強まっていく。

ディーク・ルベウスには憎悪を覚え、この手紙を今すぐに親父に突き出してやらんとばかりに、ズカズカと早歩きで親の元に向かっていた。


(ディーク・ルベウスッ…!!俺は絶対お前を許さない…!!!よくも俺の兄を殺してくれたな…!!完膚なきまで叩き潰してやるから覚悟しろ…!!!)


兄上はきっと止めるだろう。兄が望んでいるのは、あくまで二枚目に書かれた内容だけを両親に見せることだ。一枚目に書かれている死の真相ではない。

だが、俺はなんとしてもディーク・ルベウスに復讐してやりたい。そのためなら、鬱陶しい親父の手すら借りるつもりだ。


「父上!!兄上の部屋からこれがっ…」

「やっとサミュエルの部屋から帰って来たのか。お前には早急に大事な話があるというのに、いちいち手間をかけさせるな」

「っ…それよりこの手紙を…」

「まあ良い、丁度来たことだから改めて言う」


俺が珍しく親父に対してまともな呼び方をしたのだから、大事な話だと思うのは自然のはずだ。

なのに、何故親父はずっと兄上の部屋に引きこもっていたと言うだけで俺の話をまともに聞こうとしないんだろうか。


「ッ〜〜…!!あのさぁ、俺は今アンタに兄上の手紙を渡そうとして…!」

「グレイ、今までは大目に見てきたが、今日からは遊び呆けたり周囲に対し悪戯を繰り返すのは一切禁ずる。今後はジルコニア家の次期当主としての自覚を持った行動を心がけるようにしろ」

「っ………………は?」


親父は全然俺の話を聞こうともしない。それどころか、兄上が亡くなった直後だと言うのに、次期当主の話をしてきた。

今までは俺のことなどただの厄介者として見てきたくせに、一番期待していた兄がいなくなった途端にこれかと、ディークに向けていたはずの怒りが親父に向かって噴き上げ始めた。


「………兄上が亡くなって日も経たないうちに次期当主としての自覚を持て?所詮俺は兄上の替え玉だってことかよ。アンタさぁ、俺と兄上のことをなんだと思ってんだよ」

「代々続いてきたこのジルコニア公爵家の人間であれば、次期当主のことを考えるのは当然のことだ」

「そうやっていつも兄上ばかりに期待をかけるだけならともかく、兄上が病がちになってもアンタはまだ期待を負わせ続けた。今この場で次期当主の話をされるまで、俺をその対象で見てくれたことなんか一度もなかった。ちゃんと次期当主のことを考えているように見えねぇんだよ」

兄のことで親父を責めたいのに、俺は何故か兄を責めるような言い方をしてしまった。

兄上は何も悪くない。むしろ親父の被害者だ。

俺を見てくれなかったのは兄上のせいみたいな言い方をした後悔が胸のうちに広がるが、親父は相変わらずサイボーグみたいに無機質な目をするだけだった。

無表情のまま、親父は呆れたようにため息を吐いた。

「いつも悪戯ばかりして迷惑をかけておいて、自分を見てくれなかった…だと?お前は一体何様のつもりなんだ?お前があまりに次期当主として検討できない有り様だったから、今まで口に出そうと思わなかっただけだ。サミュエルが亡くなったからお前に託すしかなくなったこの状況を少しは理解しろ」

「じゃあ…なんで俺が宮廷で何か意見を言うと余計なことをするなっていう顔してたんだよ?占術師の予言の時もそうだった。あの時は陛下だって褒めてくださったのに…もしあの場で言ってたのが兄上だったらアンタは俺とは違ってちゃんと褒めてたんだろ?なんでまともに振る舞っている時でも俺には頑なにそうしないんだよ!!」


何故だろう。


胸が痛む。


俺は別に親父に褒めて欲しいなんて思っていない。


実際、当時は陛下が褒めてくださっただけで嬉しかった。それで満足できたはずだったのに、俺の口からは自分を見てくれないと喚く言葉ばかりが出る。

しかし、親父は黙ったままで、俺はそれを見るだけでも腹立たしくなり、もう怒りが爆発しそうなのを抑えながら話すことに限界を迎えた。


「結局アンタは兄上や俺のことを跡継ぎにするための道具としか見ていないんだよ!!本当に次期当主になる兄上のためを思うなら、拷問官は俺に任せれば良かったんだ…なのにアンタは最後までそうしなかった…!そういう所だよ!俺はアンタのそういう所がずっと嫌で野蛮な振る舞いや悪戯ばかりしてたんだ!!俺はっ……俺はこんな家になんか生まれたくなかった!!!」




バチンッ!!!!



溜め込んできた言葉を全部吐き出した瞬間、頬に鈍い痛みが走った。

親父が、俺の頬を打ったのだ。

何かしらの制裁は来るのは分かっていた。いつもの拳骨と共に怒鳴られ、その流れで説教されるのだろうと。

しかし、親父は頬を打っただけで何も言わず、冷え切った眼差しを俺に向けていた。

「貴方っ…!今のグレイにそこまでしなくても良いでしょう…!?」

母上の静かな怒りを帯びた声を聞いても、親父はいつもと違って全く怖がらなかった。母上に対して何の反応もないまま、静かに口を開いた。


「そんなにこの家が嫌なら出て行け。こんな状況でも頑なに家を継ぐ覚悟も持てない親不孝者など、何処へでも行ってしまえば良い」


怒鳴られたり、拳骨をされたわけでもない。

だが、俺にとっては鈍器で殴られたに等しい宣告だった。


『ふざけんなこのクソ親父!!!こんな家今すぐ断絶してしまえ!!!』


いつものように…否、それ以上に罵ることが出来れば、どれだけ気が楽だっただろうか。

俺が勘当に近い宣告を受けたことで、母上が本気で父上に怒っている。聞いているだけで非常に恐ろしいもののはずなのに、内容は全く耳に入らない。


今日は、悪戯も野蛮な振る舞いも全くしていない。兄上のために動きたかっただけだ。

だが、親父は最初の俺の言葉をろくに聞こうとしなかった。それどころか、拳骨や説教よりも酷な宣告をしてきた。


俺の心は、どんどん冷えていく。


そんなに俺の言葉を聞きたくないなら、もう二度と耳にすることがないようにしてやる。


あの時、ちゃんと俺の話を聞いておけば良かったと、一生後悔して生きるが良い。




      ーーーーーーーーーーーー


母上から逆に説教された後の親父からは、頭が冷えるまで一日部屋から出ることを禁じられた。

頭を冷やすべきなのはお前だと言いたいが、これからはもうそんなことすら考えなくて済む。


俺は、家の中にいる人々が全員寝静まるのを待ち構えていた。


(ごめん…兄上……俺じゃどうにも出来ない…)


兄の死の真相は、結局闇に葬られるかもしれない。俺がジルコニア家の次期当主になるという兄の願いは、永遠に叶うことはない。

だが、俺はもうこんな家にいるのは限界だった。どう足掻いても、親父との話し合いが成立するとは到底思えない。

一応、兄から貰った手紙は俺のベッドの上に置いておくが、親父のことだから読みもせず捨てるのだろう。


(そろそろ寝静まったか…?窓からカーテンを使って行くか)


今まで悪戯や家出をしても、部屋からこっそり抜け出すようなことはしなかった。だからか、家出用に使われそうな長いカーテンはずっと変更されていない。

悪戯者の俺がカーテンを使って部屋から抜け出す可能性は十分高いのに、その可能性すら危惧されないまま放置されてここまで来たというわけだ。

本当に親父は俺が家出しようがどうでもいいのだろうと、改めて思い知らされる。


「母上、兄上、お許しください…………あばよ、クソ親父」


母と亡くなった兄には詫びの言葉を、親父には悪態を呟いた。

今日食事を抜かれる可能性を想定して調理室から盗んだパン、繰り返し着られる分の服や家出資金などを詰めた非常用リュックを背負い、ゆっくりとカーテンを伝って地面まで降りて行く。

木登りばかりしてきた俺にとっては、高い場所から降りるなど全然恐ろしくない。

一番恐ろしいのは、この光景が誰かに見つかった時だ。特に、母上は今までで一番恐ろしい顔で怒るだろう。


(誰も来るなよ…?もし来たら俺はこのカーテンから手を離してそのまま落ちてやるからな)


階ごとに天井高く作りやがった家は、ゆっくり降りていると俺の部屋がある2階から地面に着くまで長い時間がかかった気がする。従者のジャンがいる部屋を通り過ぎたら、隠れながら街まで移動するつもりだ。

奇跡的に誰も来ない、もしくは見つからなかったため、地面に足を着けることが出来た。そのまま、忍び足で裏口まで歩いたが、門は頑丈に鍵が付けられてる上に、門番が休憩で入れ替わったばかりなのか、しっかりとした目つきで見張っている。


(それだけ調子が良いならちょっとした物音でも反応しそうだな…)


その門番が疲れるまで待つ暇などない。俺は足元に落ちている石を拾った。そして、丁度侵入者からの攻撃だと思わせて遠くまで行かせられる場所まで、俺は勢いをつけて投げた。



シュッ…!!


コツン…


「ッ!?おい、向こうから何か飛んでこなかったか?」

「……ああ、確かに大きめの小石が門の向こう側にあるな」


門番が小石の方に警戒を向けている隙に、俺は壁を登っていき、外側に降りた。


(よし、これで後は逃げれば……)


「そこにいるのは何者だ!?」

「って貴方はもしやグレイ様!?何故ここに!?」


可能性は想定していたが、やはり見つかった。だが、俺はその声に振り向くことなく街に繋がる道まで駆けていく。


「お待ち下さいグレイ様!!夜中に抜け出したと知られたら私達はッ……!!」

「ははっ、安心しろ!親父はどうせ俺のことで咎めたりしねぇよ!!」

「そういう問題ではありません!!どうかお考え直しください!!グレイ様ァッ!!!!!」


槍を持ち歩いてるせいで門番達がまともに走れないのを良いことに、俺は容赦無く走った。

そうでなくても、俺の方が身軽だし元々足が速いのだから、追い付けるわけがない。荷物を背負うというハンデなど、たいしたことない。


(はははっ!!ざまあみろ…ざまあみろクソ親父!!!)


もう二度とあんな家に戻るものか。こうなったのは、全部親父が招いたことだ。俺が悪戯をしたり、野蛮な振る舞いをしたからではない。

出ていけと言ったらその通りにされた焦りと怒りでぐちゃぐちゃになった表情は、考えただけで楽しみだ。

まあ、それを拝むために一ヶ月経ったら様子だけでも見に行ってやるとしよう。


窮屈な公爵家から抜け出した途端に広がった開放感と高揚感に浸りながら、俺は市民が住む街まで走って行った。


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