いつか見た平和な日々
前回の小話から2年後の話。あのキャラの幼少期が登場します
2年後…
「グレイ様!こちらにいらっしゃったのですね!随分お探ししましたよ!」
「別にどこ行ったって良いだろ…」
「良くありません!!貴方が騒ぎを起こしたら私は今度こそクビにっ…」
「あ"〜…分かった分かった、ちゃんと戻るっての。あの親父のことだから、お前がクビになったらもっと面倒くせぇ奴寄越されるだろうし」
数年が経ち、12歳になっても俺は変わらず自由にふらふらする日々だ。否、むしろ前より頻度が上がっている。
「も〜、いくらサミュエル様がお元気になられたからって自由に振る舞いすぎです!」
「そうなんだよジャン、俺は兄上が元気になればただの自由な馬鹿息子に逆戻りだ。いや〜元気になられて本当に良かった良かった」
「貴方それで良いんですか…はぁ…」
俺の兄上は、アレキサンドラの毒殺未遂事件を境に、突然病がちだった体質は元の健康体にまで回復し始めた。
最初は皆驚いた。あの事件の前まで、兄はベッドから起き上がるのも困難なぐらい体調を崩していたのだから。それが急に具合が良くなるのはかなり変な話なのだが、神は兄を見捨てなかったと都合良く解釈して、兄が治ることを最優先して深く考えないことにした。
今の兄は、健康だった頃のように、悪戯をしようとする俺を簡単に締め上げれるようになった。だが、それを笑顔で行うなど、母上とは別の意味での恐ろしさは病弱だった時から全然変わらなかった。
「それより、今日はラズライト侯爵の元でアレキサンドラ殿下と共に剣の稽古を見てもらう日でしょう!遅刻したらまずいですよ!」
「流石に俺もそれぐらいわかってるっての。堅物人間のTOP3の中では比較的マシなリカルドも最近は跡継ぎの教育でやけにピリついてやがるし」
現・騎士団長であるリカルド・ラズライトは、剣の稽古中は団長らしく厳しいものの、親父のように拳骨はしてこないし、ラルフみたいにやたらと突っかかって偉そうな態度を取らない。それだけで、まだマシな方だと思えていた。
だが、最近は剣の稽古に自分の子供を連れて来ており、アレキサンドラと俺の分をさっさと終わらせて、その子供をかなり厳しく指導している。
(そりゃあリカルドも自分の娘が家庭教師と間違いを犯して以来遊び回ってるってなれば、余計に待望の跡継ぎに期待してみっちり指導したいだろうけども…)
とりあえずあのピリつき具合が俺にまで被弾しないよう、さっさとリカルドがいる宮廷の稽古場に向かった。
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「リカルド、今日もよろしく」
「ラズライト侯、本日もご指導宜しくお願いします」
「こちらこそ、私めの拙い指導を受けて下さり、大変光栄でございます。それではまず上達具合を確認するため、準備運動後にお二方で剣を交える練習をいたしましょう」
良かった。今のリカルドは割と通常通りだ。
恐らくあの子供も来ているだろうが、俺たちの分が終わったら絶対呼ぶんだろう。稽古の終わりがけに俺が見ているのも知らずに。
「グレイ、久しぶりに勝負しよう。僕が勝ったら、今日一日僕と遊ぶのはどうだ?」
「はは、良いのか?そんなこと言って。前に俺に勝負を挑んだ時、負けて人目も憚らずピーピー泣いてたのは記憶に新しいんだが」
「それは4年前の話だろう?僕はもう負けたぐらいでは泣かない」
思えば、アレキサンドラもかなり成長している。昔は純粋で優しい少年と言った感じだったが、顔つきも随分と変わって、この年頃にしては大人びた雰囲気になった。
もう、俺の前でぐずぐず泣いてしまうガキではないようだ。
「…んじゃあ、俺が勝ったら指定した言葉を尻文字で」
「ははは!!それなら僕が勝って遊ぶ時にまずグレイにさせるか。恥ずかしい言葉を尻で書くお前の姿は想像しただけで楽しみだ」
「言ってろ言ってろ。穴の中で永遠に過ごしたいぐらい下品で恥ずかしい言葉をたくさん思いついとくから、そっちも楽しみにしておけ」
アレキサンドラとこうやってやり合えるのも、今ではこういう稽古の時しかない。兄が回復して以来、王族による非公式の招集で俺が呼ばれることはほとんどなくなった。
王子に下品な言葉を尻文字させるなんて知られれば、親父からは間違いなく拳骨を喰らうだろう。幸い、リカルドは黙認してくれるタイプなので、稽古中だけが解放的でいられる。
「おし、準備体操終えたからそろそろ始める……………か?」
「いつの間にか子供がいるな、迷子か?」
先ほどは側にいなかったはずの子供が、俺とアレキサンドラを見上げている。アレキサンドラに尋ねられても、口を開かずただ黙って見つめているだけだ。
少し寝癖がついている青みがかった黒髪に、やや吊り目で青紫色の瞳。そして、美形だが俺以上に愛想のない顔つき。
「アレキサンドラ…こいつはリカルドの子供だ」
「ああ、そうだったのか。名は何という?」
「……………ライヤ」
「ライヤというのか。僕はアレキサンドラ・サッピールスだ。今はこのグレイ・ジルコニアと共に父君の元で指導を受けている。君の稽古まで時間を割いてもらうことになるが、どうかよろしく頼む」
「わかった、アレキサンドラ・サッピールスにグレイ・ジルコニア」
ライヤと名乗る子供は、王太子とわかっていないのか、俺も含めていきなりフルネームで呼び捨てにしてきた。目上の人間に敬語も無しとは、貴族のガキのくせに良い度胸してやがる。
「……中々見込みがある面白そうな子だな、グレイ」
「あ、あぁ…俺ですら畏れを抱くくらいだ」
「ライヤ!!こんなところで何をしている!?戻りなさい!!!」
リカルドが俺たちの様子に気がついたのか、足早にライヤを回収しに来た。王族相手に無礼を働いていないかが心配なのか、リカルドの顔は真っ青だった。
特に、敬語も使わずアレキサンドラを呼び捨てにしたことを知ったら、絶対に気絶してしまうだろう。
「父上、お話があります」
「何をだ!?今そんな話をしている場合では…っ」
「この者達が剣の練習で勝負をしたら尻文字をすると言っていました」
今すぐしばいてやろうかと、5歳にもならないガキ相手に一瞬思ってしまった。
アレキサンドラが手で俺を制止していなければ、大幅に加減してもライヤに噛みついていたかもしれない。
「お前…!!殿下とジルコニア公の御子息に向かってなんという口をっ……!!!」
「??でも剣の練習で尻文字などをしてふざけるのは良くないと思います。父上もいつも言っていたので同じように注意したのですが」
「それとこれとは別だ!!王太子殿下とグレイ殿に無礼な口を利いたことを詫びろと言っているのだ!!」
「そのことは謝罪しますが…ではあの方々はいつでも尻文字をしても良いということなのですか?」
「お前という奴はっ……!!〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
俺とアレキサンドラが自分より身分が高いとは知らなかったのは本当らしいが、ライヤにとってはいつもの父のようにちゃんと注意したのに、その父から怒られているのが納得いかないらしい。素直に言うことを聞かない息子に、リカルドはかなり苛立っているようだ。
ライヤの気持ちも分かるが、だからといってその疑問を人前で全部口に出して良いわけでもない。子供だから仕方ない話だが。
「リカルド、そんなに叱らないであげて欲しい。ライヤも悪気はなかったし、むしろ良かれと思って注意してくれたんだ」
「ぅ……殿下がそう仰るのであれば…」
「ライヤ、その誠実で正直な気持ちはいずれ宮廷内を良い方向に変えられる力となる。もしいずれ何か不満や疑問に感じることがあれば、皆の前ですぐに言うのではなく、まず一呼吸置いて、本当に口にして良いのかを考えること。それだけはこの先も忘れないでくれ」
「っ………はい、殿下」
アレキサンドラの説得で、ライヤも納得してくれたのかちゃんと敬意を表することが出来たようだ。
4年前まではこういう状況になれば自分が原因だと責めていたのに、本当に人の成長というのは凄まじいものだと改めて思った。
「良い子だ、ライヤ。グレイも許してやれるな?」
頭を撫でて褒めるのは、弟のグランディエと、3年前に誕生したセルレウスにもやっているのだろう。流石は普段から兄をやっているだけある。
「………はぁあ…分かったよ。俺もそこまで大人気なくねぇし…」
流石にこれ以上は怒る気になれない。ここで許さないとか言ったら、ただの大人気ないクソ野郎になってしまう。
「それじゃあ、せっかくだからライヤも剣の稽古に参加しようか」
「ッ……!!!はい、よろしくお願いします」
こうやって素直に返事をしていれば割と可愛い奴だが、多分アレキサンドラに懐いているからそうしているだけなのだろう。やはりライヤは良い度胸したガキだ。
今のライヤなら、多分アレも受け入れそうだ。
「なあ、剣の練習で負けたらお前も尻文字……」
「何を馬鹿なことを言っているのかな?グレイ」
「ッ!?」
背後から口調だけ優しげな恐ろしい声が聞こえて、俺は背筋が凍りついて口からヒュッと声が漏れた。
「あ……あああああ兄上っ…!?何故こちらにいらっしゃるのでしょうか…?」
「騒ぎがするから偶然通りがかって見てみたら、アレキサンドラ殿下とライヤ君の前で下品な言動をしていたとは…ねぇ?」
まずい。宮廷での用事を済ませた兄上がこの辺を通りがかるとは思っていなかった。
自分が勝ったらアレキサンドラとライヤに尻文字させようとしていたなんて口が裂けても言えない。
「そ、その……親父には言わないでいただけたら……」
「とりあえず、一回僕とちゃーんとお話しようか。ね?」
嗚呼、兄にしばかれることが確定してしまった。
ライヤはキョトンとした顔で見ているし、アレキサンドラは昔と違ってくすくすと楽しそうに笑ってやがる。
「兄上……とにかく親父にだけは……………っ!?えっ……?」
俺の腕を強い力で掴む兄の手が、突然緩んだ。
そして、一切声を出すこともなく、兄は地面にうつ伏せになって倒れ込んでいた。
「兄上………??兄上!?大丈夫ですか!?兄上ぇっ!!!」
「だ、誰か医者を!!!ジルコニア公の御長男が!!!!」
「サミュエル!!大丈夫か!?しっかりしてくれ!!リカルドはライヤを別の場所に連れて行ってあげてくれ!!」
「はい!!ライヤ、行くぞ!!」
リカルドの呼びかけで、医者が次々と兄の元にやってくる。
倒れて返事もない兄は、医者達によって病室まで運ばれていく。
心臓が鳴り止まない。
息が苦しくなってくる。
兄が危険な状態であることを本能的に感じ取ってしまい、俺は恐怖で足が震えるばかりだ。
震える足で、俺はただ病室に運ばれる兄に着いて行くしかできなかった。
元気になって欲しいなんて贅沢は言わない。
とにかく無事でいて欲しい。
またいつもみたいに笑顔で説教する姿が見られれば良い。
まだ、先ほどのお仕置きで俺を締め上げていないのに。
何もできない中で湧き上がる焦燥感を抑えるために蹲るように座り込んでいる中、病室では医師達の焦る声だけが耳に入ってくる。
見たくないと思って、俺は顔を埋めていた。
ずっとそうしておけば良かったのに、俺は何故か一瞬顔を上げてしまった。
そこで見たのは、兄の服を開いて、心臓を何度も何度もマッサージしては人工呼吸をする医師の姿だった。
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「サミュエル…サミュエルっ……!!どうして……あんなに元気だったのにっ……」
「何故……こんなに突然……」
もう、何も考えたくない。
兄が元気になったのは、所詮儚い幻想だった。
喪服に身を包み、俺は親父と母上の後ろに並んで歩みを進める。絶望のあまり、最早涙すら出てこない。
18歳の若さで亡くなった兄のために、多くの人が葬儀に来ており、その一部のラルフでさえも涙を流している。
才能に溢れながら、それをひけらかすことのない謙虚な優しい兄は、多くの人々に惜しまれながら、この世を去ったのだ。
葬儀が終わっても、俺は兄の部屋から離れたくなくて、ずっとベッドの傍で座り込んでいた。
部屋の中はどうしても片付けたくなくて、そのままにしてある。
何故兄が死なねばならなかったのか。あんなに優秀で、怒ると怖いが誰に対しても分け隔てなく優しい兄を、この世界から奪う必要があったとでも言うのか。
病弱なままなら、ある程度は覚悟が出来ていたのに、突然元気にしてからこんな目に遭わせるなんて、残酷過ぎる仕打ちだ。
「………こんなことしても帰ってくるわけないよな…」
兄が元気になったのは、本当は寿命の終わりがけだったが、神様が最後ぐらいは元気に過ごせるようにしてくれたのだろう。
そう思っていないと、俺は立ち直ることなんてできない。
ベッドの傍から立ち上がり、部屋を出ようとした時だった。
動いた拍子に、服に引っかかっていたシーツがずり落ち、枕の下から何か紙が出てきた。
「………?なんだこれ…」
拾った紙はしっかりと折り曲げられている。拾ったと同時に、折り目の間から何か袋のようなものが落ちた。
「……なんで袋が?これは…錠剤か…?」
俺は、袋の中身の正体と紙が何か関係しているかもしれないと思い、その紙を開いた。




