第27話 薬草酒の正体
町長たちの馬車がレストへ向けて発つのを、エルノーは窓際でこっそり眺めていた。今後のことを考えるとため息が出るが、今は目の前のことに集中しなくてはいけない。
ほどなくしてソルフェンが戻ってきた。手にはほのかに緑がかった液体が入った小さな瓶を持っている。
「昨日の薬草酒を貰ってきた。これしか残っていないそうだ。他は持ってきたやつが回収してしまったそうだよ」
「持ってきたやつっていうのは?」
「それが全く覚えていないらしい。男か女かさえも思い出せないと。これは後で自分たちで飲もうとこっそり取っておいたものらしいよ。あまり旨くなかったからと譲ってもらった」
「そっか。まぁ十中八九魔法師だね。宿の人たちが関わってるわけじゃなさそうなのは良かったよ」
瓶を受け取り、蓋を開ける。鼻を近づけると甘みのある強い香りがした。花の蜜が発酵したような香りにアルコールが混ざり、それだけで頭がくらくらしてくる。だがその奥に良く知った別の臭いもかすかに感じられた。
手のひらに少し垂らして舐めてみる。ソルフェンが驚いて近寄ってこようとするのを目線で押しとどめる。
――マダラオオケシに白荊茸か。
頭の動きを鈍らせる麻薬に、麻痺毒のあるキノコ。少量のためそこまで強くはないが、アルコールと一緒に摂取することで酩酊した時と同じような状態になる。エルノーは自然毒が効かないため平気だが、昨夜飲んだ者たちの判断力は一時的にかなり低下したものと思われる。これらの臭いを誤魔化すための強い香りだろう。そしてもう一つ。
――訓練。家。急ぎの仕事。
目を閉じると脳裏に浮かぶ心象。自分の記憶ではない、無理やり差し込まれたイメージ。
魔法毒だ。ミラーレコードという魔物の血を使った偽の記憶。頭がぼうっとなっているところにこれを見せられてしまっては、信じてしまうのは致し方ない。
水で口をゆすぎ、余計なイメージを追い出すように頭を軽く振る。目を開けるとソルフェンが心配そうにのぞき込んでいた。
「何が使われたかはわかった。もうほとんど抜けてるだろうから解毒も必要ないよ。というか記憶はもう定着しちゃってるからどうしようもないんだけど。少し難しい素材が使われてる。相手は腕のある魔法薬師かも。一応穏やかに追い返そうとしてるだけ良心があるとは思うけどね。呪文魔法の腕はどうかわからないけど、とにかく今後口にするものには注意して。俺が先に食べる」
「ああ、わかったが……君は大丈夫なのか」
「俺は平気」
相手が魔法毒を使ってくるとわかった以上エルノーも安全とは言い切れないが、ソルフェンを前に出すよりはマシだろう。
「それと麻薬には特に気を付けた方がいいよ。少し入ってた。これっぽっちなら今は平気だけど、続けて摂取すると依存症になっちゃうかもしれないから」
それを聞いたソルフェンは引き攣った顔をした。
*
エリアたちは遺跡のそばにあるというトトネ村への道をまっすぐ進んでいた。盗賊を避けるため、あらかじめエリアが魔導車に認識阻害の魔法をかけている。街道を行く他の通行人とぶつかってしまう危険はあるが、盗賊の襲撃を受けるよりはマシだ。
「いやー、安心だな。いつもエリアが同行してくれたら助かるんだが。行商になるつもりはないかい?」
「無いねぇ。っていうかおじさん、普段はどうしてるの? 一人じゃ危なくない?」
「うちの魔導車のスピードについてこられるような盗賊はまずいないからね。襲われたら全速力で逃げる! もしくは他の行商人と一緒に移動することもあるかな。お金を出し合って護衛を雇ったりね」
対向車が来るたびに大きく脇に避けつつも地道に進むこと数時間、特に何もない道の真ん中で、朝早く起こされてウトウトしていたヨルンが突然立ち上がった。外へ飛び出そうとするのをエリアがすんでのところで抑える。
「走ってる時に飛び降りたら危ないよ! 急にどうしたの?」
「あっち! あっちにいこうよ! かみさまがいるよ!」
魔導車を止め、ヨルンが指さす方を見てみるが、ただただ森が広がっているばかりだ。村はまだ先だが、遺跡はそちらの方角にあるのだろうか。
「まず村に行ってエルノーとソルフェンを待たない? もうすぐお昼だし、ゆっくりご飯食べようよ」
「そうだぞヨルン。君がいなかったらソルフェン君が心配するよ」
エルノーたちも午後には到着する予定のため、それまでは情報収集にいそしむつもりだったのだが。
エリアが手を離した隙にヨルンは魔導車から飛び出した。森へと向かって駆けていく。慌てて追いかけると、そこにはよく知ったほのかに光る鹿が立っていた。




