第19話 出張依頼
「ねえエルノー、解読進んでる?」
いつものように日がすっかり昇ってからのんびりと起きてきたエルノーとエリアは、ソルフェンが作り置きしていった朝食をダラダラと食べていた。小魚を揚げて酢漬けにしたものを野菜と共にパンに挟んだ爽やかな一品だ。野菜と豆のスープもあり、ボリューム満点である。
二人が起きた時にはソルフェンとヨルンは既に家にいなかった。朝から町へと出かけたようだ。おそらく市場に食材の買い出しに行ったのだろう。保冷箱にはまだまだ沢山魚が詰まっているが、野菜が少なくなってきたのかもしれない。そのあたりの事情はすっかりソルフェンにお任せしてしまっている。
「挑戦はしているよ。ただ、古代魔導語が多くてあまり進んではいないかな」
「あたしそっち担当じゃなくてよかったー!」
資料の後半を担当しているエルノーの方が難易度が高そうだ。エリアはほっと胸をなでおろした。
「あたし結構やったよ。医療施設っぽいことはわかった!」
昨日皆が釣りに行っている間に解読した成果を披露する。壁画から写してきたという古代文字はおそらく治療室の案内板だろう。
「多分だけど、部位別に専門の治療師がいて、あたしが見たところはそれぞれの治療室っぽい。共通の魔道具もあったけど、ほとんどは別の用途かも。血の成分を分離させるやつと体が透けて見えるやつは魔導回路が露出してたみたいでわかった。用途がわかんないのもまだ山ほどあるけどね」
「なるほど、医療か。じゃあ見取り図に”死”と書いてあった場所は死体置き場か何かの可能性があるな。ソルフェンは即死トラップを警戒して入らなかったみたいだけど、そんなに危険じゃないのかも」
「ところどころに見たことないマークがあるんだよね。このマークのところにはかなり大型の魔道具があったみたい。むしろこっちの方が危険なんじゃないかな」
「大がかりな治療魔道具か。死に瀕している人間を蘇生させるような魔道具なら危険なものだろうな。動く魔力も大きいだろうし」
「まだ動作してるやつがあったら怖いよ。入った人が変死するのってそのへんに巻き込まれてる可能性あるよね」
かなり古い時代の遺跡とはいえ、保存状態の良い遺跡からは稀に壊れていない魔道具が出土することがある。大抵魔力は抜けてしまっているが、補給することができればまた動かすことができるのだ。その周辺の土地の魔力が何らかの事情で増えることがあれば、勝手に動作する可能性も無くはない。
魔力が増える原因はいくつかあるが、二人の頭に真っ先によぎったのは。
「穴、開いてないといいね……」
「魔力とか瘴気が濃かったっていう話は聞いてないから、違うといいな……」
他国の遺跡のため二人がどうにかする必要は無いのだが、数か月前にかなり苦労したことを思い出し思わずため息を吐いた。
開店の時間になり鍵を開けると、間もなく屈強な男性が来店した。いかつい顔に立派な髭をたくわえ、着古された作業着を着ている。いかにも海の男といった風貌だ。
「いらっしゃいませー。魔道具かな? それとも魔法薬?」
「いや、魔法師様にちょっと相談があってな。見に来てほしいものがあるんだが。できれば内密にしてほしくてな」
「事情ありってことね。エルノーも呼んでくるからちょっと待っててね」
小声になり周囲を気にしている男性を応接室に通してエルノーを引っ張ってくる。
「お待たせしました。お伺いしましょう。他言はしませんのでご安心を」
「ああ、助かる。実はだな……」
男性は港にある造船所の責任者なのだそうだ。現役の船大工で、船のことなら何でもわかると自負しているが、困った船が入ってきたのだという。
「昨日難破船がうちの港に入ってきたんで、とりあえずドックに入れたんだが」
「あ、それ見たかも。朝ですよね。煙が上がっていたような」
「見たんなら話が早い! その船は隣のカーガント領の港まで行く予定だったようなんだが、問題が起こったってんでここに入ってきたんだ。ただ、どうも船長の様子がおかしい。他のほとんどの船員たちは助かったってほっとしてたんだが、船長含め数人は何やらビクビクしていてなぁ。こいつはキナ臭えと思って荷物をあらためたらドンピシャよ。禁制品があったってわけだ」
男性は膝を叩いて得意げに言い放った。
禁制品には魔導武器や危険薬物などいくつか種類があるが、ここに相談にきたということは。
「魔法素材がありましたか」
「そうなんだよ。明らかに一個ヤベェのがあってな。他は正直見てもわからねえが、ウチの若えのにちょっと魔力が強えのがいてな。触らねえで魔法師様に見てもらった方がいいってんで来たんだ」
「近づくと危ないものが混ざっていたら大変ですからね。行きましょう」
「ああ、助かる。船長はとりあえず町兵んとこにぶち込んでるが、中身がはっきりするまでは身動きがとり辛くてなぁ。隣領のことも絡んでくるんでちょっと面倒なんだよ。サクッと頼むぜ」
準備をし次第造船所に向かうと約束し、男性は帰って行った。
「ちょっとワクワクしちゃうね。不謹慎だけど」
「そうだね。隊商の隊長さんが持ってたアレも禁制品の一つだし、結構こっそり取引されてるものなのかもなぁ」
「バレちゃったのは運がなかったねぇ。同情はしないけど」
いつものローブは生地が暑すぎて今の季節には合わないため、サーシャに特別に仕立ててもらった薄手のローブに袖を通す。それでも暑いのだが、仕事で出張するのであればある程度魔法師らしい見た目にしておきたい。
表の鍵を締め、テーブルに書置きを残して二人は家を出た。




