第17話 海辺の木陰にて
「では早速やりましょうか」
エルノーはウォルトが差し出してきた釣り竿を受け取った。木製の竿は案外太く、重い。いくつかの節に分かれているようで、エルノーたちが来る前に組み立ててくれていたようだ。
「これが餌ですね」
ウォルトが小さめの木製の箱を取り出したのを見て、エルノーは咄嗟に目を逸らし後ずさった。
「エルノーさん?」
「えっと、それってあの、ウネウネした虫……だよね?」
「海虫を虫と呼んでいいのかはわかりませんが、ウネウネしてはいますね。――もしや、苦手ですか?」
「ええと、はい……」
釣りをするというのに餌が触れないのは致命的だが、生理的な嫌悪感があるのだ。海のそばで育った人が慣れているのはわかるが、王都育ちのウォルトも平気そうにしているのが不思議だった。
「意外です。魔物にも恐れずに向かっていくあなたが。海虫は襲ってきませんから大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないんだよ! 餌は小魚の団子とかでもいいって聞いたけど、そういうのは無いの?」
「団子は作るのが面倒じゃないですか。海虫は捕まえるだけですからね。――ほら、ヨルンくんは平気そうにしていますよ」
数歩分離れた場所に陣取ったヨルンは、ミレアスに教わりながらもう餌を付け終えていた。
「子どもは恐れ知らずなんだよ」
「ふふ、そうふてくされないでください。あなたの弱点が知れたのはちょっと嬉しいですよ」
ウォルトは手際よく自分とエルノーの針に餌をつけていった。
「慣れてるんだね。釣りが趣味だなんて知らなかったな」
「釣りは一人でできますからね。――さあ、竿を持って。潮の流れがこうなっているので手前の方に落としてください。あとは流れに任せてちょっとずつ糸を伸ばすんですよ。ウキをよく見て。沈んだら魚がかかった合図ですから」
ウォルトの指示に従って糸を垂らし、コルクのウキを見つめる。あとはのんびり魚がかかるのを待つだけだ。おこぼれにあずかろうと上空を飛び回っている海鳥たちのにぎやかな鳴き声を聞きながら、朝の時間は穏やかに過ぎていった。
*
「暑いね……」
日が高くなるにつれて気温も徐々に上がり、じりじりと照り付ける日差しがとても暑い。タオルを頭から被ってみたものの、もともと体の弱いエルノーの体力は限界に近づいていた。
「顔色悪いですよ。大丈夫ですか? あちらの木陰で少し休んでは」
「そうします……」
水筒を持って少し離れた木の下へ向かう。空気が乾いているためか、日陰に入ると一気に涼しくなる。土から飛び出し元気に生えている根に腰掛け休んでいると、エルノーの離脱に気付いたソルフェンが近寄ってきた。
「疲れたか?」
「ちょっとね。ヨルンは平気かな」
「このくらいなら大丈夫だろう。もっと暑い地域にいたこともあったからね」
「それならいいけど」
隣に腰を下ろしたソルフェンと共にぼんやりと眺めていると、ヨルンの竿にアタリがあったようだった。ミレアスが補助しつつ釣り上げる。水面から飛び出した魚は想像以上に大きく、その鱗は日の光を受けて虹色にキラキラと輝いていた。
「お、ニジイロダイか。こんな沿岸でも釣れるんだな」
「大きいね。すごいな、網から尾がはみ出してる。ヨルンさっきから結構釣ってない? 俺、全く釣れてないんだけど……」
「大丈夫、僕も釣れていないよ。ヨルンはイワシやボラなんかを五尾くらい釣ってたかな」
「そんなに? 才能があるのかな。前からそうだったの?」
「わからないな。一緒に釣りをするのは初めてなんだ」
歳が離れているため、案外この町で一緒に過ごした時間は短いらしい。
ヨルンの意外な特技に驚きつつニジイロダイの調理法について話していると、複数の船から汽笛が鳴った。それも一度ではなく何度も連続して鳴らされ、港は騒然とした様子であった。
何事かと思い見ていると、湾に入ってきた中型の商船らしき船から煙が上がっていた。
「火事かな」
「何らかの事故があったようだね。浸水してるのかもしれないな。まぁここまでたどり着いたのならどうにかなるだろう。別に君が出ていく必要はないと思うよ」
ソルフェンの言う通り、港から何隻もの小舟が出てきてその船のそばにつけ、乗組員らしき人々を救助しはじめた。そうしているうちにもっと大きな船も出てきて商船にロープをつなげ、湾の向こう端にある大きな建物まで曳航していった。
「あそこって造船所?」
「そうだよ。小さな港町にしては結構大きいドックがあるから、あの船も問題なく入れるだろう」
「あの辺って関係者以外立ち入り禁止だよね? 行ったことあるの?」
その質問には答えることなく、ソルフェンはにっこりとほほ笑んだ。
「真面目で優秀な子だったって聞いてたんだけど、案外そういう冒険もしてたんだね」
「昔から好奇心旺盛でね。そうでなきゃ探究者なんてやってないよ」
「それもそうか」
つまり幼い頃から大人の目をごまかしつつ上手くやる知恵があったということだ。
「町中の秘密の抜け道とか知ってそう」
「それはどうかな」
ソルフェンはさわやかな笑顔で笑った。




