第16話 朝の海へ
よく晴れた日の朝、エルノーはソルフェンとヨルンと共に海に向かった。約束の魚釣りに行くのだ。
試しに誘ってみたところヨルンが大喜びしたため、ソルフェンも快くついてきてくれた。エリアにはウネウネした餌を触りたくないからと断られた。エルノーも正直言って苦手だし見るのも嫌ではあるが、せっかくの友人の誘いである。なんとか頑張ろうと気合を入れた。
いつもの広場を抜け、倉庫や魚の加工場が立ち並ぶ地帯を通り過ぎ、湾へ。朝の港は大勢の漁師が忙しなく動き回り、とても活気があった。
「朝ってこんな感じなんだ……」
エルノーは漁師たちの威勢のいい掛け声に圧倒されて立ち止まった。あまり早起きでないエルノーはこの時間に海に来るのは初めてだった。
ちょうど多くの船が漁を終えて帰ってくる時間帯だったようで、水揚げされたばかりの魚を女たちが加工場へと運んでいく。とてもではないが部外者が入っていける空気ではなかった。
「ああ、この雰囲気なんだか懐かしいな。子どもが入っていくと怒られるんだよ。邪魔だし、危険だからね」
「おれいっぱいおこられた!」
「覚えているのか、ヨルン」
「うん。おっちゃんたち、こわい」
ヨルンの記憶はまだらだ。全然覚えていないかと思えば、突然大人だった時のことを話しだす。この町のことは比較的良く覚えているようだった。
「エルノーさん! こっちですよ!」
港の喧騒をぼんやり眺めていると、右の方から良く知った声に呼び止められた。顔を向けるとウォルトがなかなかに気合の入った格好で立っていた。ポケットが沢山ついたベスト、膝まである革靴、指先が出た手袋までつけている。普段きっちりと制服を着こなし、遊びに行く時もいつも上品な格好をしているウォルトのイメージとはまるで違う。
「君がウォルトくんか? 誘ってくれてありがとう。ヨルン、挨拶は?」
「おはよー!」
「ああ、ええと、おはようございます。ソルフェンさんに、ヨルンくん、ですね。一緒に釣りを楽しみましょう」
「はーい!」
ソルフェンが話しかけると、ウォルトは少々挙動不審に返事をした。そもそもこの話を言い出したのはウォルトなのだが何かあったのだろうかとエルノーが思っていると、ウォルトはエルノーの腕を掴み脇に引っ張っていって、小声でささやいた。
「この間はすみません。つい酔ってしまって……。あの人にどこまで話したんですか。私、確かめてやるとかなんとか言った記憶がうっすらとあるんですが、その辺まで話してしまったんでしょうか」
酔いが覚めたあとで強気な発言をしたことを後悔したらしい。珍しく焦ったような表情をするウォルトに思わず笑みがこぼれる。
「友達に誘われたとしか言ってないよ。ヨルンも連れてきちゃったけど、よかったかな」
「むしろ助かります。お子さんがいた方が空気が和みますからね!」
この間の威勢はどこへやら、ウォルトは「絶対あの人と二人にしないでくださいよ」と念押しして兄弟の元へと戻って行った。
「釣り場はあちらです。ここにいては邪魔になりますから、行きましょう」
ウォルトが指さす先を見ると湾の端の方が桟橋になっており、ちらほらと釣り人がいるようだった。
ついていくと、ミレアスが既に釣りを始めていた。
「ミレアスくん、おはよう! 早いね」
「おはよう。むしろ遅いくらいだよ。漁船はもう帰ってきてるだろう?」
ミレアスは夜明け前に来て準備をしてくれていたらしい。足元には人数分の釣り竿やバケツ、網など、必要なものがあらかた揃えられていた。
「やあ、久しぶりだねソルフェン」
「ミレアスか。随分背が伸びたな。変わりなかったか?」
「おかげ様でデカくはなったよ。まあ色々あったけど元気にやってる。そっちはそっちで色々あったんだろう? その子、紹介してくれないか?」
「ああ。ヨルンだ。ヨルン、このお兄さんはミレアス。僕の幼馴染みたいなものだよ」
「おはようヨルンくん。今日は一緒に釣りをしよう」
「おはよー! つりする!」
背が高く筋骨隆々のミレアスに最初こそ緊張していたヨルンだったが、にこやかな笑顔を向けられてすぐに警戒を解いたようにミレアスの腕の中に飛び込んだ。軽々と抱き上げられてとても楽しそうにはしゃいでいる。ミレアスは子ども好きらしい。今は恋人はいないと言っていたが、子どもが出来たらきっと良いお父さんになるだろう。
「では早速はじめましょうか。ソルフェンさんは釣りの経験は」
「昔たしなむ程度には」
「では完全な初心者はエルノーさんとヨルンくんですね。一対一でついて教える方が良いでしょうか。――ヨルンくんはミレアスさんにお願いしても?」
「もちろん構わないよ」
ヨルンはすっかりミレアスに懐いたようだ。べったりと縋り付いている様子はまるで子猿のようで可愛らしい。ヨルンを取られたソルフェンが手持ち無沙汰にしているが、ミレアスならば上手くやるだろう。
考えるまでもなくペアが決まり、エルノーはウォルトに教えを請うことになった。




