第15話 男子たちの集い
このところレストの町は暑い日が続いていた。じりじりと照り付ける日差しがようやく傾く頃、エルノーは町の中心部にある酒場へとやってきた。店内は仕事を終えた男たちで賑わっている。
「エルノーさん、こっちですよ」
ウォルトが店の奥の席からエルノーを呼んだ。堅苦しい喋り方はプライベートでも変わらないようだ。いそいそと向かうと、既にウォルトとガラス職人のミレアスが席についていた。
「ごめん、遅くなった」
「また作業に夢中になっていたか? 気持ちは分かるけどね」
ミレアスは笑いながら酢漬けキャベツと豆の和え物を脇によけた。待っている間につまんでいたらしい。
魔の森の事件以来ウォルトとはすっかり打ち解け、時々店に来てはお茶をしていくようになった。この町はギリギリ王領であるとはいえ田舎、荒っぽい漁師も多く、王都から派遣されてきているウォルトはなかなか馴染めずにいたようだ。エルノーやエルノーを通じて知り合ったミレアスは、年齢も近く穏やかな性格のため落ち着くらしい。こうして時々食事に誘ってくれるようになった。
「何食べます? 私が調査したところによるとここは魚のカマ焼きが美味しいそうですよ。他には魚団子のスープや小魚の唐揚げも人気がありました」
「それを全部頼もう。ああ、魚卵の塩漬けもいいね。絶対酒飲み向けだ」
「ミレアスさんは白ワインでいいですよね? エルノーさんはどうしますか? 果実水もあるようですよ」
「俺もワインにしようかな」
「え!?」
メニューを眺めてあれこれ言い合っていた二人は一斉にエルノーに目を向けた。エルノーはあまり酒に強くない。家も遠く、酔った状態で日が暮れてから魔導車を一人運転して帰るのは危険なため、普段は飲まないようにしているのだ。
「大丈夫ですか? 何か悩みがあるのでしたら聞きますよ?」
「うちに泊まっていくか? 明日の朝帰ったらいい」
二人に心配そうな目を向けられて慌てて否定する。
「大丈夫! ソルフェンが――今うちに住んでる人なんだけど、後で迎えに来てくれることになってるから。多分強い人だから心配ないよ」
ソルフェンは家に住むようになって以来、何くれと世話を焼いてくれるようになった。下宿とはいえ居候のようなものだし、仕事も無く暇だからと掃除や料理をせっせとしてくれるのだ。おかげで風呂やキッチンなどの水回りはいつもピカピカだし、応接室には花を摘んできて飾ってくれたりなど、広すぎて二人では手が回っていなかったところまで綺麗にしてくれてとても助かっている。
最近はお金を渡して食材を買ってきてもらうこともある。食糧庫はきっちりと整頓してくれているようで、今ある食材から数日分のメニューを考えてバリエーション豊かにあれこれ作ってくれるのだ。時間がある時は教えてもらいながら一緒に作ったりもするが、順序立てて一つずつゆっくり教えてくれ、褒め上手でもある。あまりにも生活の質が上がりすぎて、最初の警戒はどこへやらすっかり懐いてしまっている。
「それですよ! その男、大丈夫なんですか? ゴルドーさんの息子さんだとは聞いてますけど、あなたたちに近づくために演技しているとか、そういう可能性はないんですか?」
「エルノーが他人を家に入れるなんて思ってなかったからびっくりしたよ」
「うーん、エリアが言い出したことだからなぁ」
「エリアさんは警戒心が無さすぎます!」
警戒心が無いわけではなく誰にも負けない自信があるだけなのだが、そう言ったところでウォルトの心配は無くならないだろうということはわかるので反論はしない。
給仕の女性がボトルワインと魚のカマ、魚卵を持ってきた。ウォルトが手際よくワインの栓を開け、注いでくれる。エルノーにとっては久しぶりの酒だ。ほんの少しだけ口に入れると、発酵したブドウとアルコールの匂い、そして強い酸味が広がった。王宮のパーティーなどで付き合いで飲むワインとは比べ物にならない味だが、友人たちと飲む"庶民の味"のほうがなぜだか美味しく感じられた。
「しかしソルフェンが子どもを連れてくるとは思わなかったな。血の繋がらない子だろう? しかも弟と同じ名前。何があったのやら」
ミレアスは脂の乗った大きなカマから身を削ぎ落としながら呟いた。
いつの間にかヨルンのことは「弟と同じ名前の孤児を拾って育てている」という噂になって広まっていた。いちいち説明するのも面倒で、ソルフェンは特に否定しないことにしたようだ。
「ミレアスくん、ソルフェンのこと知ってたんだ」
「子どもの頃の話だけどね。昔から何でもできてソツのないやつだったけど変わってなさそうだ。この間市場でチラッと見かけたけど、嫉妬する気にもならないくらい好青年だったな」
「うん、本当に何でもできる人だよ。凄いんだ」
ミレアスが皿に入れてくれたカマの身を食べながら思い浮かべる。魔法以外に敵いそうなところがない。
するとウォルトが突然立ち上がった。
「そんなわけありません! あなたやエリアさんの方か凄いに決まってます!」
目が座っている。ボトルの中身はほぼカラになっていた。
「釣りに行きましょう! その男が安全かどうか私が確かめます!」
「ええ……なんで釣り……?」
「ウォルト、とりあえず座って水でも飲みなよ」
この食事会は何度か開催されているが、ここまで酔ったウォルトを見るのは初めてだった。ミレアスは酔っ払いの相手をするのは慣れているようで、うまくなだめながら水を飲ませている。
なおも喋り続けようとするウォルトの口に小魚の唐揚げを詰め込みながら、ミレアスはエルノーにたずねた。
「エルノー、釣り竿は持ってる?」
「ううん、無い。……本当に行くの?」
「せっかく港町に住んでるんだ、いい機会じゃないかな。ウォルトも明日には落ち着いてるだろうから大丈夫だよ」
それに、とミレアスは口元だけで笑って続けた。
「僕もあいつと話してみたいからね」
竿とか必要な道具はこっちで用意しておくから心配ないよと笑うミレアスに、エルノーは「どうしてこんなことに」とため息を吐いた。




