第46話 「それは十分理解しているつもりです」
「それは十分理解しているつもりです」
「でしたら」
「いいえ、多分西条家の方々も同じ思いだと思いますが、そもそも我ら一族はその被害を達成するためだけに存在しているのです」
「確かに神戸家の一族の方はそうでしょう。でも太田さんは使用人ではありませんか」
「それは私を馬鹿にしておられるのですか?」
太田は自身の覚悟を揶揄されたと感じた。やはり何も考えてはいない、ただの小娘だったのか。
「いいえ、太田さんは神戸家の柵に囚われないでいられるのではありませんか、と言っているのです」
「私は幼いころから神戸家にお世話になっております。それを裏切ることは出来る筈がございません」
「神戸家を裏切るのではなく人類を救う、とお考えになられることは無理なお願いでしょうか」
紗栄子は一歩も引かない。太田も確かにそう思ったことはある。天秤にかけて自身の恩を取って来たのだ。
「難しいですね。私は神戸家と心中する気でいますから」
「それは私とはずっと一緒に居てくださらない、ということですか?」
紗栄子は情に訴える手段に出た。但し紗栄子の感情は嘘ではない。心の底から太田を好いているのだ。
「一緒に、ずっと一緒にですか」
太田としても紗栄子を好ていることは間違い無かった。その意識も自覚もある。自分がそんな感情を異性に持つとは思っても居なかった。
神戸家の事業について支援してもらう為に神戸家の当主が嬬森家に出入れするようになり太田もその付き添いで出入りするようになった。
いばらくすると神戸道隆と嬬森佐久弥との会談の時に控室で待っている間、佐久弥の願いで紗栄子の相手をするようになった。
神戸道隆は嬬森家を利用することしか考えていない。それは最初は太田も同じだった。但し二人とも佐久弥の前では善良な商売人の顔しか見せなかった。それで佐久弥は太田を信用しての事だったのだ。
話をしているうちに太田は紗栄子の人柄に徐々に引かれている自分に驚いた。話をしていると楽しいのだ。
太田は嬬森家が西条家の閥の中心にいることも理解している。深い関係を結ぶわけには行かないのだ。
太田には紗栄子が自身の感情に嘘を吐いていないのは痛いほど判っていた。それだけに自分の感情のことも含めて紗栄子を無碍に扱うことが難しかった。
「それは、難しいかも知れません」
太田は絞るように呟いた。自分でもその言葉が本心からなのか、判らなかったのだ。




