第32話 伶佳は驚きを隠せなかった。
伶佳は驚きを隠せなかった。
「どうもこうもない。お前が太田のことを気に掛けていることは聞いている。それでおまえはどうしたいのだ?」
伶佳と太田では身分の差が大きすぎる。西条公爵家と貴族ですらない神戸家、それも太田はただの使用人だった。
結婚は勿論、情人としても格が違い過ぎる。ただ公表しなければそんな問題も生じなかった。
「どうと言われましても」
「空いておることには違いないのであろう」
珍しく顔を真っ赤にして伶佳は黙り込んでしまう。まさか父親とこんな話をするとは思っても見なかったのだ。
「まあいい。それでだ、その太田という者を我が家で貰い受けられるよう神戸家に働きかけることに割いて、異存はあるか?」
「そっ、そんなことが?」
この時代、流石に人身売買は大っぴらには行われてはいない。ただ口減らしなどの貧困に起因する娘の遊郭への売買などはまだまだ普通に行われていた。
ただ太田の場合は全く違う。別の家の家人を貰い受けようというのだ。それも情人として。それは無い訳ではなかったが貴族の間でもそれほど頻繁に行われていた訳ではなかった。
「儂にできないと思うのか?」
今の世で西条監物にできないことは限られている。他家の使用人を貰い受けることは、本来それほど難しい話ではなかった。
ただ問題は太田が神戸家の使用人だという事だった。
「よいのですか?神戸家に借りを作ることになりはしませんでしょうか」
「お前が心配するようなことでは無い。儂に任せておけばいいのだ。ただ一番の問題は」
「一番の問題?」
「太田本人が応じるかどうか、だ」
西条家と神戸家との間で話が付いたとしても最後は太田本人の意向が問題となる。それを神戸家が抑えられるかどうかは神戸家の話なので不明だ。
それを踏まえても西条家から神戸家へ強力な圧力を掛けるか、若しくは膨大な返礼をするか、ということになる。
監物は後者で話が着くと踏んでいたが、両方若しくは神戸家当主に物理的に圧力を掛ける必要があるかも知れないと思っていた。
そしてもう一つ、邪魔になるとすれば嬬森家の存在だ。
嬬森侯爵家は神戸家とは違い立派な貴族の一員だった。それも派閥で言うと西条家とは近い存在だ。
その嬬森家の令嬢、嬬森紗栄子と太田が親しいということも監物の耳には入っていた。
「太田の意向、という部分で嬬森家の介入があるやも知れん」
それは監物の予想ではなく現実的な問題だった。




