第31話「いいわ、でも直ぐに戻るように」
「いいわ、でも直ぐに戻るように」
「判っております、お嬢様」
メイド長である祭が不在だと西条家の屋敷内のことが滞ってしまう。それほど祭の存在は大きい。
普段伶佳に付きっきりな祭だったが西条家の日常のことは全て祭が決裁していた。それぞれに責任者は居たのだが祭の指示待ちでしかなかったのだ。
ただ伶佳の呼び出しが頻繁な祭は呼ばれていない短い時間に全てを熟してしまうほどの働きを見せていた。
「直ぐに戻って参ります。ただこの件は私が直接行ってお話をしてこないことには」
「判っています、だからいいと言っているでしょう。神戸家の件の重要性は私も理解しているわ。だから早く済ませて戻って来るの、いいわね」
「かしこ参りました」
そして祭は単身佐島の別荘へと向かうのだった。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
祭ではないメイドが伶佳を呼びに来た。伶佳はその者の顔は知っているが名前は知らない。覚える気も無かった。
「判ったわ、すぐに行きます。お父様にそうお伝えして」
父監物からの呼び出し、それは予想できた。多分『無名祭祀書』解読の進行状況の確認だろう。
「参りました、お父様」
部屋に入ると監物は書斎の机に向かい何かを書いている最中だった。
「おお、来たか伶佳」
「はい。それでいかがなされましたか?」
「うむ。そなたを呼んだのは他でもない。神戸家のことだ」
伶佳の予想は外れた。神戸家のことは確かに西条家としての最重要課題の一つではある。
「神戸家がどうされましたか?」
「その使用人、太田とかいう者か。その太田のことだ」
監物が他家の使用人の名前を知っていることは滅多にない。それだけ神戸家が重要であり、太田も重要人物と認識されているのだろう。
「おっ、太田さんがどうかされましたか?」
監物の口調からは読み取れなかったが伶佳が太田のことを気に掛けていることは当然知ってのことだろう。




