71 イリカ製作チーム、女性陣からの申し入れ書。
百六十三、
やがて、更なる時が流れ、ふた月ほど後。ハヤミからロタへ、一つの申し入れがあった。
「私からというより、」
と、ハヤミは電話の向こうから明るい口調で、
「女性陣からの申し入れです」
と切り出してきた。
ロタは自宅にて、
「女性陣?」
「はい。イリカちゃん製作チームの女性陣、とでも申しましょうか」
「ということは、ハヤミさんと、クミマルさん、それにリモリさん?」
「まさに。私たち三名ですり合わせや打ち合わせをし、この度、イリカ製作チーム女性陣の総意として、申し入れ書が出来上がったのです」
「私への?」
「はい。近日中に是非、ロタさんに手交いたしたく、私がこうしてお電話を差し上げた次第なのです」
申し入れ書とは、やけに改まっている。しかも、手交とは。妙に仰々しい。
ロタが軽く噴き出すと、電話越しのハヤミからも小さく笑声。
実際、今回のハヤミからの電話は、当初から変に芝居がかっており、冗談めかした「演出」も多分に含まれていることは明らかであった。
二人は、しばし陽気なやり取りをする。
ロタは、
「ううむ、なんか怖いですな」
「いやいや、怖がらないでください」
「いずれにせよ、聞かないわけにはいかんでしょう。女性陣の総意とあれば」
「受け入れていただけると助かります」
「ええと、それで、手交場所はどちらで?
やはり、マノウさんの会社ですかね?」
「いえ、近々、リモリさんが首都圏へ出て来る用事があるそうなので、クミマルさんの事務所がよろしいかと」
「なるほど」
後日、その手交は和やかに、しかし真面目に、厳かに行われた。
クミマルの自宅兼会社へ、四人が集合。
ロタ、ハヤミ、クミマル、リモリ。
皆、私服だが、カジュアルではなく整えられており、正装っぽさも感じられる。
なお、ハヤミもリモリも、一人ずつならば既にここを訪ねたことはある。無論、イリカ製作作業の一環として。
だが、クミマル以外が二人以上でここにそろうのは初。
一階の、広い部屋。フローリング。近くには、トレーニング器具や本棚など。
横に並んで立つ女性三名。向き合ってロタが立つ。
賞状の受け取りみたいで照れ臭いが、ここまで交流してきた仲間だ。茶化す気持ちは起きぬ。
若手ということで、中央に立ったリモリから、ロタは申し入れ書を受け取る。大きな封筒に入れられていた。
それから、四人でソファーに座り、話し合い。
「詳しくは、後ほど申し入れ書を読んでいただくとして、」
と、クミマルが説明を始め、
「単刀直入に言うと、イリカちゃん完成予定までそろそろ三年を切るので、ロタさんには製作の現場から外れていただけないかなあ、と」
それを聞いたロタは「えっ」と驚くが、すぐ「女性陣からの提案」というポイントに思いが至り、
「んー、なるほど?
もしかして、あれですか、ここから先は男子禁制、ということですかな。まあ、男子って年齢でもないけども」
ロタはもうすぐ還暦である。最後の一言は、それを踏まえた軽口だ。
クミマルが、筋肉質の大きな肩を揺らしてカカカッと笑う。
リモリもプッと噴き出したが、瞳は見開かれていた。ロタに感心しているようだ。
「へえ、よく分かったじゃん。そういうことなんですよ。これから、イリカちゃんの顔の細かい表情とか、それこそ体の線とか、そういう、女子としてデリケートな部分を造るわけだからさあ」
と、リモリ。ロタもうなずいて、
「だろうね。その現場に俺が立ち会うのも、ちょっとばかり気まずいものがあるかもな、確かに」
「これからは、人工知能のイリカちゃんも、本格的に製作へ貢献する予定です」
今度はハヤミが解説に加わる。
「イリカが?」
ロタが問い返すと、うなずいたハヤミは、
「今後は、コピーではなくて、人工知能本体と、ロボットとをダイレクトにつなぐことが多くなるでしょう。なぜなら、作業内容が繊細であるため、もはやコピーでは務まらないからです。
例えば、声と口の動きを合わせる練習。悲しいことを言われたら悲しい表情を作る練習など。
恐らくは、ロボットの首から上を分離して、私の研究施設へ運び込んで、その実験を行うことになります」
「ロタさんにはショッキングな光景になるわよね。何しろ、顔の人工皮膚を取り外して、顔面や頭の内部の、部品丸出しの作業も増えざるを得ないから」
柔和な口調で、クミマルが優しく付け足した。
納得したロタは、
「なるほど。私は別に構わないけれど、正直言えば、余り積極的に見たい場面とは言えないかもしれませんな」
「イリカちゃんも、見られたくないかも」
「そうだね」
リモリのコメントにも、ロタは同意する。
この場は一旦解散し、数日間、ロタは検討した。
もちろん、イリカにも相談した。
人工知能イリカは、今や驚異的な成長を遂げた。複雑過ぎる会話はまだ不可能だが、
・ロタがイリカ製作の現場から離れる
・ロボット製作の途中経過も、もう見ない
・次に会話するのも三年後になる
・以上の方針にイリカは賛成か、反対か
この程度の内容に限るなら、順序を整理して質問をし、数回の会話に分割すれば、イリカの回答を引き出すことは出来た。
それによると、イリカとしても賛同するとの答えであった。
結果、
(よし。ここはスパッと、俺は離れるとしようか。あとは定年後、老後のお楽しみ、ということにしよう)
ロタはそう決心したのであった。
また、更に本心としては、
(実を言えば、結構疲れちゃったしな。考えてみりゃ、俺が美少女ロボット製作を思い立ってから、もう七年だ。この七年間、仕事の合間に、ハヤミさんやマノウさんたち、クミマルさんに会ったり、調整したり、ずっと作業、作業の日々だったからな。
楽しかったけど、疲れた。もう、いいよな。あとは専門家にお任せして、俺はちょっと休みたい)
という率直な気持ちもあった。
もっとも、この気持ちは心にとどめておくこととし、イリカにも、あるいは親友のドワキにも一切話さなかったけれど。
かくて、ロタはイリカ製作から離脱し、以後は待つだけの「顧客」に徹することとなった。
その件は、ドワキ、マノウにも伝達され、イリカ製作チームにて合意がなされた。
ロタ離脱の日は、その年の終わり、大みそかの数日前と決定された。
百六十四、
その離脱の日、ロタはイリカと会話を交わす。
タブレット端末を通しての会話は、これが最後となろう。
例によって、自室の床にスタンドを立てる。そこに端末を取り付け、ロタはあぐらをかいてイリカとしゃべる。
毎晩のように続けてきた、独特の体勢でのこのやり取り。それも今日で最後かと思うと、やはり感慨も湧いてくる。
「次に話す時には、もう、イリカはロボットと一体化してるんだな。体に入ってるってわけだなあ」
しみじみと述べるロタに、
「ソーダねえ。もっとモ、私ハ、別に眠らされるわけデモナイみたいだけどネ。リモリさん、ハヤミさんや、クミマルさんとは何度もしゃべるんだろうカラ。あと、マノウさんともネ」
と、イリカ。
「ああ、恐らくそうなるな」
ロタもうなずいた。
今後は、人工知能イリカもロボットにつながれる機会が増えるはずだ。そうすると、外部センサーを用いるため、ロタ以外の声も聞き取れるようになる。
ロタは続けて、
「口と声とを合わせにくいとか、目が開けにくいとか、きっと、色々あるわな。体の器官を自分で実際に動かしてみないことには、分からんこともあるだろうからね」
「ソーダよね」
「ああ。どんなふうになるんだろうな。楽しみにしてる」
「もし、ロタの理想と違っても」
話す速度とトーンを落とし、遠慮がちに切り出すイリカだったが、ロタはさえぎり、
「よせ、その話は。がっかりなんて、するもんかよ。一緒に、半身像も見ただろ。それ以前に、もう何年も、こうやって毎日、話してきたじゃないか。
大丈夫だよ。既に俺たち、運命の二人なんだ」
「運命の二人。ソレ、いつだったか、ロタから言われたよウな記憶がアル」
さらりと言ったようで、実は今、「既に」以下は多少ドキドキしながら告げたので、ロタは自分でも気まずくなるほど感激し、
「おお、うれしいな!
覚えててくれたんだな。
そうとも。初めてイリカと話した日に、言ったんだよ。会話は、すれ違っちゃったんだけどな」
「ソーでしたカ。ソレはソレは、失礼いたシましタ」
イリカの妙に改まった口調にロタは笑って、
「いや、気にしないで。あれはね、実はハヤミさんからもダメ出しをされたんだよね。難し過ぎる、って」
「では、今、お答えしましょうカ?」
引き続きの改まった物言いに、ロタは少々面食らいながら、
「おっ、おお。そうか。じゃあ、よ、よろしく頼む」
タブレットの画面に映る自分の顔は、照れているような戸惑っているような、何とも中途半端な苦笑であった。
イリカは、
「私は、運命の二人なんて、アリ得ないと思ウ」
(おおお?)
いきなりの過激な出だしに、ロタは困惑するも、黙って続きを聞く。




