45 人工知能とロボット、接続の手順。
百十二、
ロタはあっけにとられる。
「イリカを、二つに分割する、ですと?
つ、つまり、この部屋の人工知能を、」
と、ロタは周囲の機械類を左右ぐるりと見回し、
「二つに、装置ごと分けるのですか?」
「いいえ、そうではなく、」
ハヤミは首を横に振る。
特に慌てた様子もなく、浮かべた微笑にも、苦笑い的な要素は含まれていない。想定内の質問だったのだろう。
「データを分割するわけです」
「データを、ね」
ロタが返す。
ハヤミは、柔らかな口調で説明してゆく。
「はい。
人工知能イリカちゃんは、今、この部屋の大がかりな設備の中に、データの状態で格納されています。電子的なデータですから当然実体はなく、そして、ここからが重要なポイントなのですが、コピーも割と容易に可能なのです。
そこで、私が考えた第三の方法はこうです。まず、人工知能イリカちゃん全体をくまなく調べ、内容を詳細に検索します。そして、体を動かす機能を担っている部分、すなわち運動機能をつかさどるプログラム領域を出来るだけ漏れなく抽出し、ピックアップします。
そのあと、そこだけをコピーします。次に、コピーしたプログラムを分析し、このプログラムだけでロボットの首や手足を動かせるかどうかを調べます。もし、足りない部分が見つかったら、新たにプログラムを書き足します。
あるいは、この度マノウさんが作られた、ロボイリカちゃん試作第二号を動かすプログラムもあるわけですから。それとくっつける手法もあり得ます」
話を聞く途中、ロタは何回もうなずいたが、その顔は徐々に穏やかなものへと変わった。そのことを、ロタもはっきり自覚していた。自分の中から、不安や疑いがスーッと引いてゆくのを感じる。
話が見えてきたからである。
そんなロタの様子は、ハヤミにも伝わったらしい。ハヤミの声も自信を帯びていく。
「こうして、大もとの人工知能から取り出してコピーした一部データを、更に修正した物が出来上がります。これを、マノウさんが造られたロボットとつなぐわけです」
解説の核心はひとまず終わったようなので、ロタは口を開く。
「イメージがわいた気がします。その方法なら、本体の人工知能は無傷で済みますね」
「ということです。こういうことは避けたいのですが、もしも大きなエラーが発生してしまった場合には、そのデータは消去することになるでしょう」
「消去」
ロタは何げなくつぶやいただけだが、ハヤミは間髪を入れずに言葉を継いだ。さえぎるような勢いで。
「繰り返しますが、」
「は、はい」
と、ロタは、気圧されながら黙る。
ハヤミは念押しするように、
「そのデータはあくまでロボットの手足を動かすための部分的な物であり、イリカちゃんの思考や会話能力の部分は余り含まれていません」
この時、ロタは、ハヤミの胸中を悟った。努めてさりげなく、
「イリカの人格をもう一人コピーし、失敗したら消す、みたいなイメージではない、ということですよね」
それを聞いたハヤミは、あからさまに安堵の色を浮かべる。やはり、この疑念をロタに抱かれることを恐れていたのだ。
「ということです、まさに」
ハヤミは落ち着いた表情へ戻りながら首肯した。
百十三、
引き続いて、ハヤミは解説する。
「そもそも、イリカちゃんのいわゆる人格の領域は、人工知能の大部分です。保存には大量のサーバーを必要とします。事実上、今私どもがいるこの部屋でしか保存できません。
脳イリカちゃんを仮に全部コピーしたなら、実質的に、同じ大規模な設備がもう一つ必要になります。当然、持ち運ぶことも不可能です」
(あっ、今のは最後の一言がポイントだな)
ロタはそう悟り、
「も、持ち運ぶ……」
「そうです」
ロタの言葉に、ハヤミはゆっくりうなずく。
三秒ほどの沈黙。
ロタに理解してもらうために、ハヤミが恐らくわざと作った沈黙であろう。
ロタは口を開く。
「なるほど、読めましたよ。イリカのデータの一部をコピーして、それをマノウさんの工場へ輸送するというわけですね」
「そうです」
「それを、ロボイリカにつなぐというわけか」
「まさに。こちらのラックを御覧ください。幾つものサーバーが積み重ねられていますよね」
ハヤミが、室内の、数メートル離れた一角を片手で指し示す。
人の身長を超す、縦長の金属製の、書棚のような巨大ケース。現在、この室内では最も目立つ装置だ。
ラックは、床や天板と平行に、何枚もの棚板に仕切られている。その内側には、段ボールみたいな形の銀色の直方体が、幾つも積み上げられていた。
直方体は、筐体と呼ばれる物だ。
要は、コンピューターを収納する箱である。
このような平らなコンピューターを幾つも平積みにする方式は、一般にラックマウント型サーバーと称される。
場所を取らない上、増設や運搬も容易であるため、各企業で広く用いられる。
「こちらのサーバーは、人工知能であるイリカちゃんの基幹部分です。こちらに、イリカちゃんの脳が納められているわけです。御覧のとおり、人工知能全体としては大容量です。持ち運びなど不可能。
しかし、先ほど申したように、この中から、手足などを動かす部分のみを取り出してコピーすれば、」
一呼吸置いて、ハヤミは、高く積み上がったサーバーの一番下を指差して、
「こちらの筐体の一個分に納まります」
ロタは、
「この何個も積まれた、銀色の直方体の一個だけで足りるわけですか」
「そういうことです」
「なるほどな。それなら、輸送することも可能でしょうね」
「はい、まさに」
ロタとハヤミの目が合い、互いの顔が同時にほころんだ。
認識が一致した瞬間であった。
ロタは問う。
「実際の輸送手段は?」
ハヤミは、自分のあごに片手を添え、
「そうですね、やはり空輸しようと考えています」
「飛行機?」
「そうです。今までも、別件で、大がかりな機械を空輸した経験はありますので、御心配なく」
「そして、マノウさんの工場まで運んで……」
「はい。ロボイリカちゃんとつないで、歩行などの実験をします。もし、無事に成功しましたら、」
ロタはハッとする。
「いよいよ、この部屋の、イリカ本体と」
そこから後は、ロタの声がかすれてしまう。
緊張と驚きが連続したためであろう、いつの間にか、ロタの口の中はカラカラにかわいていた。
この後どんな作業が待ち受けているのか、たった今、はっきりロタには予想が付いた。
しかし、予想が外れているおそれもあり、最後まで言い切ることが出来なかった。
いや、当たっていたら当たっていたで怖かったのだ。決して、愉快な内容とは言えないから。
だが、言葉はハヤミが継いでくれた。
「はい、そのデータを持ち帰り、人工知能のイリカちゃん本体へ再び戻すわけです。
コピーしたわけですから、もちろん、あちこち重複しますよね。重複部分は置き換えます。
ロボットの中に入って動かしたという記憶が、こうして、人工知能イリカちゃんの本体へ取り込まれます」
「……」
ロタの予想は、ぴたりと当たっていた。
パソコン画面上のプログラム書き換えは不可。
言葉による説得も不可。
ならば。
ハヤミが考案した、第三の道であった。
「イリカは、混乱するかもしれない。しかし、しかし、」
ロタは、ここで上唇を少しなめて、息を吸い込む。
ハヤミは何も言わない。
口を閉じ、柔らかい真顔でロタを見つめている。
「しないかもしれない。いずれにしても。
たとえ、その時点で、イリカが自分を機械だと悟っても、悟らなくても。あるいは、全く違うことを思ったとしても」
そして、ロタは締めくくる。
「イリカは、大きく生まれ変わるんですね。イリカは更新されるわけだ。
で、そこから先は私の役目。私が話しかけ、対話し、何とかするしかない」




