46 イリカ、「脳」と「体」をつなぐ日。
百十四、
マノウとクミマルの間においては、既に本年度末へ向けて目標が設定されていた。
まずは、人工皮膚でロボイリカの手と腕を覆うというものだ。同時に、可能な範囲で、別の部位も人間の体らしい外見へ近付けていく。
リモリは、イリカに着せる仮の衣服についても、検討を開始している。ロボイリカの体型は今後もどんどん変化する見通しなので、頭から容易にかぶせられるワンピース衣装が有力だという。
一方のハヤミとしても、せっかくなのでこのスケジュールに合わせた形で作業を進めたいという意向であった。
そこで、ロタを中心に、電話やネットを通じて、関係者間で調整がなされた。
こうして、当面の予定が組まれた。
・ロタは、タブレット端末を使って、今まで通り、毎日「脳イリカ」と会話をして人工知能のカスタマイズ
・マノウとクミマルは、随時連絡調整をしつつ、「ロボイリカ」の改良作業。リモリも適宜協力
・ハヤミは、「脳イリカ」本体をデータ解析し、運動機能を担っている(と「思われる」部分も含む)プログラム領域を全てピックアップする。最終的には、別のサーバーへコピー
以上の作業を、各自並行して進めることとなった。
引き続きといおうか、相変わらずといおうか、ロタは、一日に一回から数回、タブレットを起動して、自室にて脳イリカと会話をしている。
「西の地方で、大きめの地震が起きたよ。それから、豪雨もあった」
「地震、朝ノ通勤時間タイで、電車トカ止まっテ大変ダッたらしいネ。豪雨は、近年デは最大ノ規模だッタ」
「おお、イリカ、もう知ってたんだな」
「ネットニュースで見たヨ」
「なるほど」
電源を切られている間、脳イリカは緩やかにインターネットとも接続され、多くの情報を蓄積している。情報は、適度に削除しながらだが。
地震と豪雨の件も、その際に知ったのであろう。
「ロタ、被災地ニ、募金とかすル?」
タブレット画面へロタはうなずき、
「ああ。落ち着いたら義援金の受付も始まるだろうから、それからな。細く長くやるつもり」
「ホック、ナクル、何かを、ツカマエ、捕捉すル?」
聞き取れなかったようだ。
ロタはゆっくり、口を大きめに開いて繰り返す。
「細く、長く。一度にたくさん募金するより、少しずつ、色んなところへ募金するということ」
「それをヤルことによって、どのヨーな効果的なコト?」
「んー。災害は、発生からしばらく経つとね、被災地以外の人は忘れがちになるんだよ。継続させることが大切なんだ」
「ナルホド」
ニュースや季節や、その時の気分などで話題は様々だが、もちろん、ロボイリカの話は一切しない。先日ハヤミと取り決めをした、例の手順でやるからである。
その日までは、淡々と日常会話を積み重ね、脳イリカを少しでも人間らしく成長させてゆくのみだ。
もう、迷いたくはない。実質的に、後戻りもできないのだし。
百十五、
年が明け、冬もすっかり終わり、年度をまたいだ頃。
それぞれの作業の進捗状況を皆で確かめ合いながら、きたる「その日」をいつにするか、徐々に固めていく。
出来るだけ、中心的に関わってきた者たち全員がそろう日を模索した。まだ試行とはいえ、ついに人工知能とロボットがドッキングする、記念すべき大きな節目だからである。
日程調整は、ドワキが仕切ってくれた。
「となると、梅雨入り前かな」
何度目かの話し合いの末、電話越しにドワキが結論を出した。
話し相手はロタである。
ロタも手帳を見ながら、
「そうだな。俺たちはカレンダー通りの休日だから週末はだいたい平気だけど、ハヤミさんは世界中を飛び回ってるし」
「リモリちゃんも試験ラッシュだし。年頃の女の子だから、大型連休はあけてあげたいしな」
と、受話器からドワキの声。
ロタも笑って、
「それ、クミマルさんも言ってたよ」
「優しいんだな」
ドワキは未だに、クミマル、マノウ、リモリとは会っていない。テレビ電話などで会話は交わしているため、面識や接点がないわけではないが。
ドワキは続け、
「そのクミマル氏も、意外と休日はダメなんだよなあ。若手レスラーの巡業に付き添ったり、講演もあるし」
「ああ。で、消去法で休日を潰してゆくと、確かに、ドワキの言うとおりだな」
「そうだろ?」
例年、梅雨に入る時期の、二週ほど前の休日。週末の二日間。
直近で全員が集まれそうな日であった。今から一月半ほど先。
こうして、目標の日が定まった。
百十六、
やがて、その日が迫った頃、ロタは、ハヤミとも電話で最終打ち合わせをする。
「ロタさん、脳イリカちゃんのコピーへの準備は整いました」
「おお、そうですか。誠にお疲れさまでした。ありがとうございます」
ロタが礼を言うと、ハヤミが続ける。
「大本のデータからピックアップした、運動をつかさどるプログラム部分をマノウさんにもお見せし、相談をしました。
結果、そのプログラム領域だけではロボットを動かすには不十分だろうという結論に至りました」
「では、先日お話しされていたように、新たなプログラムを書き足したのですね?」
ロタの疑問に、電話の向こうからハヤミが肯定する。
「そうですね。それと、マノウさんが作られた、ロボイリカちゃんを動かすためのプログラムも使いました」
「おっしゃってましたよね」
と、ロタ。
昨年の晩秋に、ロボイリカ試作第二号を見た際、リモリがノートパソコンで操作していたプログラムである。
「はい。マノウさんは元々、私が設計した人工知能と合わせてプログラムを組んでくださったので、相性はぴたりと合いました」
「よかった」
「はい。そのまま流用することは出来ませんでしたが、あちこち取り入れて、つなぎ目の数式は新たに私が書き足しました」
「すごいですね。で、そのプログラムはもう仕上がっているわけですか」
「いえ、現時点のものは、あくまで仮です」
意外な言葉に、ロタは問い返す。
「仮?」
「はい。つまり、脳イリカちゃんのどこからどこまでをコピーし、そこにどのようなプログラムを足すのか、その設計図が完成した状態だと考えていただければ。コピーは、脳イリカちゃんとロボイリカちゃんをつなげる日の、前日に行います」
ロタは戸惑い、
「ええと、それはなぜです?」
ハヤミは間を置かずに返答した。
口調が強めになった気がする。
電話であるため、ハヤミの表情は見えぬ。だが、ここは話のポイントであるに違いない。
「最新データをコピーするためです。脳イリカちゃんの部分コピーは、ロボイリカちゃんへ入れた後、大もとへ再び戻すのですから。
戻す前と後とで、大もとの中身が変わっていたら、うまく戻せないかもしれない」
ロタは、ハッと息をのむ。意味が分かったからだ。
「つ、つまり、前日が、さ、最後の会話……」
ハヤミが険しい表情でうなずく姿が、なぜかロタには見えたような気がした。
ハヤミの話す速さが落ちたのは、きっとロタへの優しさであったのだと思いたい。
「ということです。私どもが全員集合し、脳とロボットのドッキング実験をする日。その前日に、ロタさんはイリカちゃんと、いつも通りに会話をしてください。本当にいつもの通り、さりげなくでお願いしますね」
「余計なことは言わないようにします」
ぽつりと、かみしめるようにロタがつぶやくと、ハヤミはクールに、
「ええ。それが終わった後、脳イリカちゃんの電源を落とします。それから、さっき御説明したコピー作業を行います。寂しいかとは思いますが、ロタさんはその後しばらく、イリカちゃんと会話は出来ません。
数日間、脳イリカちゃんは電源を切られたままの状態を保ちます。当然、ネット接続もなし。
そして。そのあと、あくまでドッキング実験が全て成功したと仮定すればですけども。
次、ロタさんがイリカちゃんと会話するのは、コピープログラムを大もとへ戻して、重複部分を置き換えて、それからです。先日お話しした通り、この時点で、脳イリカちゃんがどう変わっているかは読めません」
重たい内容を説明したためか、電話の向こうでハヤミは一呼吸し、休みを挟む。
分かり切ってはいても、ロタは聞かずにはいられなかった。
「もう、取り返しは……」
ハヤミも、この問いへの答えはオブラートにくるまない。
「はい、付きませんね。この時点で、脳イリカちゃんは全面的に更新されますから。
よって、今、ロタさんは最後の会話とおっしゃいました。その表現がどこまで適切かはおくとしても、」
息を吸う音がした。
そして、ハヤミは説明を終える。
「ロボットへ入り込む前の、純粋な人工知能としてのイリカちゃんと話せるのは、確かに、私どもが集合する日の前日が、恐らく最後となるでしょう」




