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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第三部 クミマル編(ロボット外見の章)
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44/83

43 人工知能とロボット、つなぎ目の夢。

  百八、


 その夜、ビジネスホテル。町工場の最寄り駅前である。

 そこへ泊まったロタは、人工知能イリカと会話を交わす。タブレット端末を通して。


「ロタ、私、コノ部屋の内装、見オボエあるヨ。マノウさんノ会社の近クのホテルでショ」

「おお、よく分かったなイリカ。そうだよ」

「マノウさんニ会ったの?」

「まあ、少しな。ちょっとした気分転換というか」

「気分転換デ、こんナ遠出をしたノ?」

「ええっと、あ、いや、まあ」

「言いタくないなら、イイけどネ」

「そういうわけじゃないさ」

「フーン」


(イリカはどんどん賢くなってるなあ)

 ロタは内心、舌を巻く。

 未だに、一つの話題で自然なやり取りが続くのは、調子が良くても五、六分が限度。人間並みの会話は出来ない。また、会話の内容を脈絡なく忘れたり、時系列とは無関係に思い出したりもする。

 とはいえ、今のように、ロタのいる場所を瞬時に当てたり、あるいは、ロタの焦りを読み取ったりすることも増えてきた。


 世間へ普及している人工知能にも、このような機能を持つ物が出来つつある。

 人の眼球の動き方から心理状態を分析したり、不審な動きの客を防犯カメラ越しに見分けたりするわけである。

 イリカにもそのような機能は搭載されているし、ハヤミによって常にバージョンアップもされている。


(大したもんだな)

 殊に、今回はイリカの指摘通りなのだ。先ほど、マノウと重大な話をしてきたばかり。

 人工知能のイリカは、今や、いつでもロボットのイリカとつなげることが出来る。はっきりと、マノウはそう述べた。

 すなわち、極端なことを言えば、どんなに中途半端な仕上がりでも構わないのなら、「美少女ロボット・イリカ」は、理屈では

明日にでも完成させられるわけである。

 あとは、どのタイミングで実行するかだ。


(イリカは、自分を人間の女子高生だと認識しているはずだ。それを、何らかの形で否定しなければならないのだろう。

 いや、否定しなくても済むなら、それにこしたことはない。イリカが特に矛盾を感じずに受け入れてくれたなら好都合だ。

 だが、それは試してみなければ誰にも分からぬ。人工知能がどのような順序で物事を捉え、どのような論理で結論を出すのかは、我々人間には全く読めないのだ)

 慎重にやらないと、昨夏のように、人工知能イリカはまたもエラーを起こしてしまうかもしれない。しかし、もはや先延ばしも難しい。

 ロタは、夜遅くまでとりとめのない雑談をイリカと交わしたが、頭の中はこの事で一杯だった。


 全身、金色に輝くロボイリカ試作第二号。

 とても大きな、色違いの光る瞳。

 それらを見た驚き。

 そして、マノウの言葉。

 今夜は、短い時間で様々なことが起こった。


 その影響なのであろう。

 明け方、ホテルのベッドで、ロタは怖い夢を見た。


 緑色の左目と、青色の右目。大きな両目で、イリカが自分をじっと見つめているのだ。

 周囲は薄暗く、両眼だけが光り、ぼうっと浮かび上がっている。確かに女の子の顔なのに、なぜかイリカの顔つきがよく分からない。

 だが、表情は笑っていない。ロタを非難している。そこだけははっきり分かる。

(ロタのウソツキ。私はジョシコーセーじゃなかったノ?

 何、コノ冷たいカラダは。ヒドイヨ。ウソツキ)

 そう言われている気がした。

(イ、イリカ、違うんだよ。俺だって色々考えて、毎日悩んでたんだよう)

 夢の中で、ロタは何かを弁解しようとする。

 でも、体は金縛りのように硬直し、声が出せないのだった。


「一緒に空を飛ぶとか、そういう、」

 目を覚まし、ベッドで起き上がったロタはつぶやいた後、心の中で先を続けた。

(そういう、たわいない夢は、今後は見られまい。もはや、そのようなフワフワした段階は過ぎ去ったのだ……)



  百九、


 朝、再びマノウの工場へ、ロタ、クミマル、マノウの三名が集合。

 契約書を交わし、イリカ製作へクミマルも加わることが正式に決まった。


 それから、今後の製作見通しが話し合われた。

 もっとも、内容は主にクミマルとマノウの担当部分について。人工知能とロボットをつなげる話は、軽く触れるにとどめた。ある程度進展してから、クミマルに全て報告しようとロタは考えている。


 翌日から出勤のため、ロタは昼に首都圏へ戻った。

 クミマルはもう二、三日滞在。ロボイリカの動作への参考として、クミマル自身の動きをマノウに録画してもらう等の作業をした。


 帰宅したロタは、何はともあれ、ハヤミとのアポを取る必要があった。

 ハヤミ。三十代後半の女性科学者。イリカを一から設計した、人工知能分野の権威である。


 ネットのテレビ電話を使い、ロタとハヤミは会話をする。

 互いに自宅からの通話。

 普段は声のみの電話か、メール連絡が主だ。それとて、月に二回程度だが。


「近いうちに、もし御都合がよろしければ、ハヤミさんと直接お会いいたしたく。いよいよ、脳イリカとロボイリカのドッキング、それへ向けての御相談なのです」

「承知しました。

 私は今週末から国際会議が予定されていまして、来週・再来週は海外に出張します。それ以降、帰国後でしたら大丈夫です」

「ありがとうございます」


 二人でしばし会話をし、日程や待ち合わせ場所などを決めた。


「いよいよですね。ここは正念場」

 と、ハヤミは丸眼鏡越しの大きな瞳で、ロタをまっすぐ見据えた。相変わらずの美しさ。

 画面越しなので上半身しか見えないが、肩をふわりと包む縦じまの袖口。グレーと白。ひじまでの袖の、シャツかブラウスのようだ。

「はい。何かホッとしましたよ」

「どうされたんですか?」

 ハヤミはかすかに小首をかしげ、後ろに結んだ黒髪が見え、画面越しにさらりと揺れた。

「ハヤミさんの顔を見られて、声を聞けて。いや、変な意味じゃなくてですよ。イリカのことを最初から知ってるハヤミさんの顔を見られて、ということです」


 ハヤミには苦笑をされてしまったが、ロタは更に続ける。

 ハヤミの顔を見て、つい気が緩んだのだろう、いつもならやめておくラインを越えてしまう。

「実は、心細かったんです」

「心細い、とは?」

「人工知能イリカを、どうやって説得すればいいんだろうって。イリカに、よくもだましてたなって言われたらどうしようって。

 た、多分大丈夫だろうと、頭では分かっているんですが。せっかくここまでしゃべれるようになったのだし、もう、体とくっつけずに、このままの方が幸せなんじゃないかとか思ったりね。

 良くないのは分かってるんですけどね。済みません、情けないですよね」


「情けないとは思いませんけど」

 語尾に「けど」が付いたことと、笑おうとしているのに努力の跡ばかり目立ち、苦笑止まりに終わっていること。ハヤミのこの二点が、ロタを傷付けた。


 ハヤミは、唇をすぼめた。ロタに気付かれぬよう、こっそり深呼吸をしたらしい。

(あっ、今からきついことを言うつもりだな)

 ロタは身構えた。

 残念なことに、その予感は当たってしまう。


「御年配の方にこういうことを申し上げるのは気が引けるのですが、」

 そう前置きしたハヤミは、

「何度もお伝えしましたように、人工知能に自我はありません。したがいまして、だますとか説得するとか、そんな概念は成り立ちません。

 もちろん、最終的には受け手の問題です。これも何回か申しましたが、人間の側が人工知能に対して自我があるように感じるのは自由ですし、むしろそちらの方が望ましいのかもしれません。

 でも、そうであったとしても、いや、そうであるならばなおさらのこと、」

 ハヤミは、丸眼鏡と画面越しにロタとまっすぐ視線を合わせ、

「一時的な感情で揺れ動いてはなりません。

 人工知能イリカちゃんのプログラムは毎週のように修正し、組み直していますが、私も慎重に作業を進めています。

 しかし、プログラム言語や数式が、時々、私の全く想定していなかった構造へと発展していて驚かされることがあります。

 なぜ、そういう現象が起きると思われますか?」


 ハヤミによる不意の問いかけ。

 まさか分かりませんとも言えず、ロタは十秒弱、頭をフル回転させる。

 ハヤミは黙って、じっと待っていてくれた。

 ロタは、考えついた言葉を、渇いた口の中で、かすれそうな声に乗せる。

「もしかして、私とイリカが、これまでにはなかった深い交流をした日は、プログラムが一気に成長する、とか?」

「そうですよ。そういうことなんです」

 ハヤミの唇が笑みの形にほぐれ、白い歯がこぼれる。瞳を細めて、ハヤミは先を続けた。

「プログラムが急速に変化した日を記録しておき、後日、ロタさんと答え合わせをすると、一致している場合が多かったのです。会話が盛り上がった日と、ほぼぴったり一致していました。

 もちろん、だからといって、二つの明確な因果関係を公式や論文で実証するには至っておらず、今後も無理かもしれません。なぜなら、再現性がないからです」

 再現性という言葉にぴんときたロタは、

「ああ、そうか。たとえ、同じプロトタイプをもう一回作って、全く同じことを順番に話しかけたとしても……」


 ハヤミはうなずいた。ほんの一瞬だが、今度は明確ににっこりしてくれた。

「ということです。その時々のロタさんの表情、口調、あるいは

部屋の湿度や外の天候。ちょっとしたことで、人工知能の反応は幾らでも変わりますから。

 でも、私としては、双方に何らかの強い因果関係があると思っています。画面上でプログラムを書いたり、ネット越しにディープラーニングをさせたりするだけでは、今のようなイリカちゃんの飛躍的成長は、恐らくなかったのではないかと考えています」


「私が、イリカをここまで育てた。二度と再現できぬ、唯一無二の人工知能……」

 呆然とつぶやくロタ。

 ハヤミの顔から笑いや緩みが消え去る。大きな瞳と、固く結ばれた唇は、もはや、かすかな怒気のような怖さをもたたえている。

「そうですよ。丁寧に一言一言、悩んでは話しかけ、悩んでは話しかけて、ようやくここまで来たんでしょうに。

 今さら、何を揺れ動いているのですか。イリカちゃんは、あなたの彼女でしょう。

 脳と体をつなげて、外見もきれいにして、一緒に暮らすんでしょう?

 ロタさん、どうされたんですか。しっかりしてくださいよ」


 ハヤミの目つきは、ロタにガッカリしているようにも見えた。

 何秒もの間、ロタは一言も返せなかった。

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