41 関節は金属か、シリコーンか。
百四、
「この試作第二号まではいいとして、次のモデルからは、服を着せてあげてほしいかな。体つきとか、既に結構女の子らしくなってますし」
先ほどリモリが入れてくれたコーヒーに口をつけ、ロタが切り出す。
コーヒーはすっかり冷めていたが、かえってうまい。マグカップなので量が多いのもうれしい。というのも、ロボイリカをしばらく見学しているうちに、少し暑くなってきたのだ。
元々、空気がこもりやすい工場内。加えて、ロボット自体が相当の排熱をしているようだ。
「了解。パンツは履かせる?」
「こらっ」
リモリの発言を叱るマノウ。クミマルのカカカッという笑声。
四人の中で、唯一ロタだけが、無言で横目になり、少しうつむいてしまう。
かわいい女の子のこういう発言は、五十歳を過ぎてもどうも苦手だ。未だに慣れぬ。嫌いだというわけでなく、何か照れてしまうのだ。
「ごめんごめん、ロタさん。別に茶化したわけじゃなくてさ、」
済まなそうにまゆ毛をハの字にし、リモリが謝って、言葉を区切ったところへ、ロタが「いやいや、いいんだけど」と小声でフォローすると、リモリは先を続け、
「実はね、太ももの継ぎ目のところ、まだ結構段差があってさ」
「段差?」
クミマルが問う。
リモリはクミマルにも顔を向け、
「はい。ロボイリカちゃんが立ったり座ったりする度に、脚の付け根が、微妙にずれて戻って、ずれて戻って、を繰り返すんです。
まだ、部品のかみ合わせが悪いんだと思う。そうするとね、」
リモリはもう一度ロタと目を合わせ、
「脚に密着させた服を着せると、布がすぐ丸まって、すき間に挟まっちゃうの」
「ええっ、そうなのかい?」
なぜかマノウが驚いている。
(えっ、マノウさんがリーダーなのに)
ロタが不思議がり、クミマルも困惑顔。
三人の視線を集めたリモリは、まず父親のマノウを見、
「ごめん、お父さん。恥ずかしいから黙ってたんだけどさ。実は最近、私もロタさんと同じこと思ったの」
「服を着せたい、と?」
マノウが、娘のリモリから目線を離し、近くの椅子に座らせたロボイリカを見上げながら尋ねる。
既に電源を完全に落とされたロボットは、先ほどと同じ姿勢で、下を向いたポーズで座り、静止している。
「裸」の全身が、部屋の明かりに照らされ、金色に輝いている。
今の話題のためだろうか、ロタには少々なまめかしくも見えた。まだまだ、腰や胸のラインの一部がかすかに女性らしい程度で、全体的にはゴツゴツした固い外見なのだが。
そう、まだここは先ほどの町工場内であり、場所は全く移動していない。
ロボイリカを座らせた椅子のそばへ四角い簡易テーブルを置き、パイプ椅子に腰掛けたロタ、マノウ、リモリ、クミマルが話し合っているのだ。
マノウの質問に合わせ、リモリもロボイリカの方へ顔を向け、すぐに他の三人へ向き直ってから首肯し、
「そ。何も着てないのはかわいそうかなあって。でね、布の生地買ってきて、腰や脚の寸法も測って、見よう見まねで作ってみたんだけど」
「下着を?」
「はい。でも、今話した通りで」
口を挟んだクミマルへ答えるリモリ。
「朝夕のメンテナンスの時に、密かに試してたわけか」
普段の事情を知るマノウが当てる。
「そういうこと。あの時間帯は私一人だしね。
トランクス型とか、腰に巻くタイプとか、それこそふんどしみたいな形も……まあ、ふんどしが一番うまくいかなかったんだけど。
で、作って、履かせて、起動してみて、の繰り返し。ダメだったなあ」
「何か……申し訳ないです。そこまでやっていただいて」
ロタはすっかり恐縮してしまう。
(さっきのパンツ発言に、そこまで深い背景があったとはな。「ちぇっ、下ネタかよ」と一瞬でも思った俺の浅はかさよ)
ロタは苦笑し、胸の中で言い足した。
リモリの真摯な姿勢には、毎度頭が下がる。
クミマルも感心、いや、感銘に近いものすら覚えたらしく、
「リモリちゃん、あなた、いいわよ。すごくいいですよ」
大きな顔をくしゃっとして、優しく笑う。
「そうですか?」
真意を測りかねたか、キョトンと目を丸くするリモリに、
「ええ。そういう態度、大事ですよ。機械への適度な距離感ね。ロボットにせよ医療器具にせよ、目的は人間を元気にすることだから。あなたにはそれを実現できる能力が、既に十二分に備わってるわ」
「ありがとうございます」
「私からも」
リモリ、マノウが、順に礼を述べて会釈をした。
百五、
続いて、頭を切り替えたのか、マノウの表情から笑みが消え、プロの真剣な顔つきに変わり、
「機械の開発を先へ進めるためには、何か動機やきっかけが必要な場合が多いんです。といいますのも、最新の理論や技術なんて、ピックアップしていけば幾らでも見つかりますから。
問題は、どれをどうやって組み合わせるかなんです」
マノウ以外の者は、真面目に聞く姿勢。
ここからが本題なのだろうと予感したからである。
まさしくそうであった。
「今、それを見つけることが出来た気がしています。恐らく、次の扉が開きました」
「扉が?」
「そうです、ロタさん。
まず、ロボイリカさんに服を着せてほしいとロタさんが御希望された。実はリモリも同じことを考えており、早くも実験までしていた。
そこへ、この度、私どもへ加わろうとなさっているクミマルさん。クミマルさんの追求するテーマも、機械を通じた人間の幸せや快適さです」
「なるほど」
と、ロタ。
「つながったかもね、全部」
クミマルも、納得の顔でうなずく。
「じゃ、これで行きますか」
ほおづえをついてリモリも同意する。
リモリの大きな瞳が、ロボイリカの方をクルッと向いて、次にロタを見た。一瞬、目が合った。楽しげな笑顔がかわいらしい。
「リモリが指摘したように、胴体と脚部分のかみ合わせが悪いために服を着せにくいのなら、まずはここからですよね」
マノウのこの言葉を引き継ぐように、クミマルが尋ねる。
「さっきの動作テストを見て思ったのだけど、太ももに限らず、膝も腕も、関節部分はバネで出来てましたよね?」
「ええ、はい。スプリング状の部品ですね」
「あの部分を、もう少しやわらかい素材で代用できないかしら?」
「例えば?」
「医療用シリコーン樹脂とか。人工関節で研究されてるんですけどねえ」
「シリコーンか……」
マノウは腕を組んで、ウーンと低くうなる。
シリコーンとは、ケイ素、すなわち「シリコン」と酸素を骨格として生成されるポリマー化合物。
形状は、油やゴム、パウダーなど様々に変化し、化粧品や建築等、多岐に活躍する。
そして、生体適合性にも優れ、古くから医療分野にも用いられている。
マノウ、クミマルのやり取りは続く。
「シリコーンはそれほど扱った事がないですね。クミマルさんはいかがですか」
「私はよく使いますよ」
「ロボットのあの重量を支えられますかね?」
マノウの疑問に、もっともだというようにうなずいたクミマルは、
「ええ、今のままでは難しいですね。だから段階的に、まずは負荷の小さな腕から検討してみては。
腕の関節をシリコーンに取り替えれば、その分、軽くなるはずですから、結果的に下半身への負担も減るでしょう」
「なるほど」
発言はマノウだが、うなずいたのはマノウとリモリ、同時であった。
親子の息がぴったりで、ロタはほほえましく感じたが、クミマルのコメントがそれだけ的確だったからでもあろう。
クミマルのもたらした新たな専門性が、イリカ製作へ早くも変化を及ぼしていることを、ロタは頼もしく見守るのだった。




