40 アクチュエーター、及び脚線美。
百二、
リモリが、大きめの声で合図をする。
「じゃあ次、イリカちゃんを動かしまーす。とりあえず、椅子の周りを一周しますね」
他の三人とは少し離れたテーブルのそばに、リモリは立っている。
テーブルにあるノートパソコンを、前かがみで操作している。パソコンとロボイリカは連動しており、ここから命令を送るのである。
(すっかり、メカニックしてるなあ)
ロタが感心してリモリの方を眺めていると、そばのロボットが音を立てたので、そちらを振り返る。
キキキッ、と、金属がこすれるような音だ。ロボイリカの膝の関節から響いてきた。もっとも、不快ではなく、優しい音だ。
全身がピンクゴールドに輝くロボイリカは、だらりと下ろしていた両腕を横へ少し持ち上げ、ひじの関節を曲げ、椅子の座面外側を、左右それぞれの手でグッとつかむ。
もし人間ならば、親指を上にして座面をつかむのが自然である。だが、ロボイリカは親指以外の四本の指で、甲を上にしてつかんでいた。その方が安定するらしい。
マノウの事前説明によれば、試作第二号は、手の指を曲げ伸ばしする際には、五本指全部を同時に動かす仕組み。まだ、特定の指を独立させて動かすことは出来ない。
手首にアクチュエーターが取り付けられ、指全体を統括。
アクチュエーターとは、屈伸や旋回を行う動力装置のこと。
アクチュエーターが、糸巻きのようにワイヤーを後ろへ巻き取ると指が曲げられ、ワイヤーを緩めて開放すると手がジャンケンの「パー」の状態に戻るわけである。
指の関節には、超小型の車輪のような物が仕込まれている。改造されたボールネジの一種。車輪の回転によって引っ張られ、指が曲げられる。かすかに、キリリッと音がした。
椅子の座面の、左右の両外側をつかんだロボイリカは、そのまま、膝をゆっくり伸ばしてゆく。
キキキキッ、キキキキッ。
自然と、上半身も前へ突き出てくる。手で椅子につかまり、体を前へ倒し、膝を徐々に伸ばす。
「すげえ」
圧倒されたロタは、のどから言葉を漏らす。
もっと褒めたいところだが、うまく声にならぬ。
これと似た場面なら、マノウのメールによるネット動画で既に見てはいたが、やはり、じかに見ると迫力がまるで違う。
「ええ、本当ですよね。すごいわ」
クミマルも横目でちらりとロタを見下ろし、二人は一瞬だけ視線が合ったものの、そのあとはまた、ロボイリカにくぎ付けとなってしまう。
ロボイリカの動きのリアルさは、まさしく驚嘆すべきものだ。
今のこの動作など、まるで「慎重に立ち上がろうとしている人間」そのものではないか。
前回の試作第一号は、手は使わず、いきなり前へガタンと倒れ、強引に椅子から離れて、それから立つという仕組みだった。比較にならぬ滑らかさである。
ロボイリカが立ち上がる。
漫画的な効果音を入れるとしたら、本当に「スクッ」という感じであった。
「やっぱ、私より高いわね。かなり高い」
と、クミマル。身長のことを話している。
「そうですね。実際、立ってみるとよく分かりますね」
ロタも首肯する。
ロボイリカとクミマルは、三メートルほど離れて、ほぼ向き合う角度で互いに立っている形だ。
クミマルは、ロボイリカを見上げている。頭半分ほど、ロボットの方が長身である。
また、ロボットの胴体は、一号よりは相当洗練されたとはいえ、未だに「角張った分厚い壁、縦置きの巨大直方体」の域を出ない。
全身の表面積でもクミマルを上回るし、まして体積では、倍近くの開きがありそうである。
「次、歩きますよ。もう、自力で動きますから」
リモリの声が飛んでくる。
リモリは、テーブルからやや離れて、両手を後ろに組んで立っていた。私はもうパソコンには触れてませんよ、というアピールかもしれない。
パソコン画面と、ロボイリカ、ロタたちをかわるがわる、数秒おきに眺めている。
すると、何かが切り替わったように、ロボット内側が機械音を立て始めた。
グウィーン……というモーター音。換気扇の音を倍増したくらいだろうか。
「ここから、若干うるさくなります」
ほぼ横並びに立ち、ロボイリカを眺めるロタ、クミマル。その背後に立つマノウからの声であった。ロボットのモーター音にかき消されぬよう、いつもより大きな発声。
振り返ると、マノウは済まなそうに苦笑いを浮かべている。
ロタも少し声の大きさを上げ、
「ここまではすごく静かでしたからね。でも、試作第一号は電源を入れた瞬間から音がすごかったですよね」
マノウは、
「はい。二号は、脚の上げ下ろしなど、大きな動作をする場合のみ、機構が切り替わって音を立てます。それ以外は静音モードへ切り替わるのです」
「格段の進歩じゃないですか」
ロタが褒めると、クミマルも横でうなずく。
「ありがとうございます」
マノウのほほが、かすかに緩んだ。
そして、ロボイリカだ。既に歩行を開始している。
百三、
ロボイリカの左足が上がる。
膝には太い横線が入っており、そこを曲がり目とし、ググッと滑らかに脚が持ち上がった。
左膝から下を高く上げ切った時には、関節の内部がのぞけた。太ももと脛の骨格同士は、スプリング状の部品でつなげられている。あれなら、スムーズに脚の曲げ伸ばしが出来そうだ。
実際、足を踏み出し、一歩分を前進するまでに費やした時間は、わずか二秒未満。もはや、人間の歩行速度と大差ない。
肩の揺れも小さく、安定した歩行である。
もし、あと少し体が小さかったなら、「中に人間が入っていて歩いている」と言われても、信じてしまいそうな自然さだ。
脚一本ずつは、中くらいの木の幹ほど。まだまだごつい。だが、太ももから足首まではすらりと曲線を描いており、太さの比率は人間の脚に近い。
足部分だけは金色ではなく、手や顔と同じベージュ系。ちゃんと「裸足の指」が造型されている。足裏には土踏まずも見えた。
(もし、靴を履かせたとすれば、サイズは五十センチくらいか。いや、そこまでは行かないか?)
歩くロボイリカを目で追いつつ、ロタは胸の中でつぶやく。
また、
(太ももから足先まで、なかなかの脚線美だな。けど、次の第三号からは、そろそろ服を着せた方がいいかもな)
とも思った。
というのは、ロボイリカの「お尻」部分も、今やそこそこリアルに形作られていたからだ。椅子に座らされている時には見えなかったが。
ピンクゴールドの巨大な尻。
なかなかにユーモラスな外見とも言えそうだが、設定は十六歳の乙女なのだ。丸出しは気の毒に感じる。
次の第三号では、さらにリアルな形状になっているはずだし。
ロボイリカは、椅子の周辺を反時計回りに歩いてゆく。
蛍光灯の明かりや壁や、工場内の光景が、金色の全身へ歪んだ影として映り込む。鏡に比べたら不鮮明ではあるものの、周囲を映し出したり、反射させたり。
一周すると、元通り着席。
電源が落ち、緑と青にそれぞれ輝く、大きな二つのつり目も、フッと明かりを消した。
「よし!」
「すごい!」
ロタの方が一瞬早かったが、クミマルと二人、ほぼ同時に歓声、そして拍手。
マノウとリモリも、親子そろって、同時にフッと照れ笑いをしていた。
そのあとも、数パターンのコースをたどらせ、五分ずつほど、ロボイリカの歩行が披露された。
動作音はまだ気になるものの、倒れるんじゃないかとハラハラさせられることはなく、安定性は抜群である。
あとは、体のサイズをいかに小さくし、外側の皮膚をどう付けていくかだ。




