39 試作第二号、起動後の驚き。
百、
クミマルは、両手で挟むように持ち上げていたロボイリカの右手を、椅子の座面へ元通りそっと下ろす。甲を上にして。
やはり、ひじや手首の関節は、自然な動きで柔らかく曲がった。カタッと、ロボットの手のひらが座面に当たる音。
「二足歩行ロボットは、やはり、一般向けの商品としては厳しいですよねえ」
クミマルが、ふと思い付いたようにマノウへ話しかけた。
マノウは、
「そうですね。私の周囲の同業者でも、このような人型ロボットを手がけてる所は少ないですね。まあ、いるにはいますが、趣味で造ってる方ばかりです。
今回のイリカさんは、あくまで特別なプロジェクトですし」
「やっぱりそうですかあ。
某大手自動車メーカーも、かの有名な二足歩行ロボットの新型開発から撤退するとか、ニュースで言ってましたしねえ」
「そうですね。あのロボットは我が国の誇りでしたけど。今や海外に追い抜かれつつありますし、仮にその競争で勝てたとしても、採算が取れるかどうか。そこが、スーパーコンピューター等とは異なります。利用範囲が狭いのです。
人間そのもののの再現を目指すよりも、介護用に特化するなど、部分的な機能を追求する方が、ニーズに合うようです」
「その点は、人工知能と似てるかもしれませんな」
ロタも会話に加わる。
「そうですね」
マノウがロタへうなずいたのとほぼ同時に、
「お待たせしました」
の声。
リモリが工場の部屋へ入ってきたのだ。
上だけ着替えてきたようで、青い作業着だ。ブルゾンである。下はジーンズのまま。
やはり青系で上下が統一されているため、色の取り合わせはさわやかである。短い茶髪とも、よく合っている。
リモリは両手に丸いお盆を持ってきており、四人分の飲み物が載せられていた。
リモリは、ロボイリカの傍らに立つクミマル、そのそばに立つ父親とロタを見て、いち早く状況を察したらしく、
「あっ、今からイリカちゃんの起動ですか?
じゃあ、飲み物、ここに置いときますね、取りあえず」
お盆ごと、近くのテーブルに置く。
ロタは、
「ありがとうございます。
ええと、じゃあ、俺はコーヒーをいただきながら見学しようかなあ」
と、リモリの顔も立てようとするが、クミマルは、
「危ないわよ、飲みながらじゃ。不規則な動作もするかもだし」
言いながら、クミマルはマノウへ振り返り、気遣うような表情で、
「済みません、失礼なこと言ったかしら?
もし、大丈夫そうなら……」
だが、マノウは強めに首を振り、
「いえいえ、クミマルさんのおっしゃる通りかと。一応、両手はあけた状態で、ロボットからは距離を十分に取って、御覧になってください」
場が妙な空気になりかけたので、
「まあ、そうですよね。それがいいでしょうな」
言い出しっぺのロタが撤回した。
(また、余計なこと言っちまったな)
内心、反省しつつ。
マノウは、
「じゃあ、せっかくリモリも来たことだし、起動はリモリにお願いしようかな」
リモリもにっこりして、
「そうだね。準備するね」
とうなずいて、ロボイリカの座った椅子の前を横切り、反対側にあるもう一つのテーブルへ近付いていく。
その際、ロタのそばを通り過ぎながら、リモリはロタの肩を手で軽くポンと叩き、
「ごめん。気、遣わせた。ありがと」
小声の早口で、さらりと。
たった今の、飲み物の一件を言っているのだ。
「とんでもない、こちらこそ」
ロタも、努めてさりげなく返したが、胸の内ではジワリと感激していた。
もっとも、
(後で、ちゃんと謝ろう。今のは、どう考えても俺の軽々しい一言のせいだし)
とも思ったが。
一秒後、テーブルへたどり着いたリモリの背中へ、ロタは更に声をかける。照れ隠しもあり、やや大声だ。
「コントローラーも新しくなったの?」
テーブルに片手を突いた姿勢でリモリは振り返り、首を横に振って、
「ううん。そもそも、もうコントローラーは使わないんです」
白い歯を見せてニコリとしながら、リモリは、テーブル上の平たい物体のふたをあけて、垂直に近い角度にカチャッと立てた。
ロタは今気付いたが、それはノートパソコンであった。
「そうか。パソコンで動かすのか」
「そういうこと」
リモリは、ロタへうなずき返した。
百一、
パソコンの電源を入れ、慣れた手つきでカタカタとキーボードを操作するリモリ。
(今日受けた資格試験も、役に立ってるのかもな)
などとロタは思った。特に根拠があるわけでもなかったが。
「この試作第二号は、」
と、マノウが、パソコンが立ち上がるまでの合間を埋めるように、
「リモリが今操作しているパソコンと連動しており、プログラムに従って動きます。
例えば、立ち上がって、障害物をよけながら部屋を一周し、椅子へ座る、というような様々な動作を一回で命令できるのです」
と、ロタとクミマルへ解説する。
「つまり、脳イリカとつながった場合は、」
ロタが、言い掛けの形で問う。脳イリカとは、人工知能のイリカのことだ。
マノウが言葉を継ぐ。
「私は人工知能は専門ではございませんが、そうですね、恐らく、人工知能は迷路のようなコースをたどって思考するはずです。
ですので、まずは目的の場所を決め、そこを目視するでしょうね。で、そこまでの最短距離を算出して歩くコースを決定し、それから歩き始めるのでしょう」
「なるほど。面白いですね」
と、ロタ。
「目視、ですか。確かに、目がちゃんと付いてるわね。一号の時は、まだ、目は描いてあるだけだったですよね?」
クミマルの質問に、マノウが答える。
「はい。この前段階では、顔は完全な飾りでした。目も、ペインティングされてただけです。
ですが、今回の物は、ちゃんとセンサーも内蔵しており、視覚としての機能を持たせております」
クミマルのコメント通りであった。
今回のロボイリカの顔には、大きな眼鏡レンズを更に拡大したほどの、立体的な目が取り付けられていた。
だ円形で、つり目だ。透明で、ボコッと出っ張っている。
昔の宇宙物の漫画などに、このような顔をした宇宙人がしばしば登場していた。若干不気味ではあるものの、どこか愛嬌も感じさせる。
一方、今回のロボイリカには口はなく、鼻も、少々とがらせてあるのみ。髪の毛は造型されておらず、耳は円形の出っ張りで表現されている。
頭は、体と同じピンクゴールド。
顔面は、手と同じベージュだが、手に比べると、多少、赤みも混ざっているようだ。
「パソコン、立ち上がりましたー。いつでも動かせまーす」
離れた場所の、テーブルのそばに立つリモリが、ノートパソコンの画面を見下ろしながら明るい声音で告げた。
「じゃあ、離れなきゃねえ」
クミマルが、期待も込めた含み笑いで、二、三歩、後ずさりする。
ロタも、ロボイリカの座った巨大椅子から離れる。
「いいよ、リモリ」
マノウが、娘へ指示を出す。
リモリは、わざと大げさに右手を上げ、まるでピアニストがオーバーアクションで鍵盤を叩くかのようなポーズで、タタンッと、パソコンのキーへ人差し指を打ち下ろし、
「行きますよー。イリカちゃん二号、起動!」
と号令をかけた。
「うわっ!」
ロタが、低音の悲鳴を上げる。理由は。
「あら、すごいのねえ」
クミマルも感心する。
ロボイリカの両眼が、ビカッと点灯したからである。
印象としては、まさしく電球。だ円形の電球である。
ロタもクミマルも、この二号の資料写真や動画は、一応、事前に見ていた。だが、そういえば、起動後の顔面がはっきり撮影された物は、なかった気がする。
「これ」は是非、直接見せたかったのかもしれぬ。
もし、そうだとすれば、
(なかなか茶目っ気があるな、マノウさんも。意外と演出好きというか。いや、それとも、重要だからじかに見せたのかなあ)
と、ロタは思った。
それほどまでに、衝撃的だったのだ。
ロボイリカが、大きな目をらんらんと輝かせている外見は。
先ほどクミマルが述べていたが、国産の子供向け特撮ドラマのヒーローみたいなイメージ。ますます、それに似てきた。
だが、驚かされた原因は、他にもあった。
「オッドアイ、ね」
「ですね」
クミマルの言葉を受け、横に立つロタもうなずいた。
そう、目の左右の色が、異なっていたのである。右目が青、左目が緑。
「左右の目の色を変えたのには、理由がございます」
「それはどのような?」
マノウを振り返り、ロタが聞き返した。
マノウは、
「異常箇所を見つけやすくすることです。左右の目は、視界の範囲も異なりますし、つながっている内部の機構も微妙に違っております。
色を変えておけば、どちらかの光が弱まったり点滅したりすれば、どっちの目に異常が出たのか、すぐに判別できますから」
「そういうことですか」
ロタは納得する。
クミマルもうなずいていた。
「ですから、」
と、マノウは説明を続け、
「この目の色は、もちろん仮の物です。いずれ、機能が安定してきましたら、左右、統一させます。茶色か黒か、その辺りになりましょうかね。まだ一切、決めてはおりませんが」
しかし、である。
この時の第一印象が強烈だったのと、やがては慣れと愛着も出てきて、その後何度か造り直された改良モデルにおいても、左目緑、右目青の、この色はずっと引き継がれることとなるのだ。




