38 ロボットイリカ、試作第二号。
九十九、
ロボイリカ、試作第二号。
サイズ的には通常の人間より相当大きく、パートナーとして生活圏を共にするのは、まだまだ難しそうである。
例えば、このロボットを連れて街に出たとしても、エレベーターにも列車にもうまく乗れそうにない。
身長だけならクリアできそうだが、肩や足腰に幅、厚みがあるため、ぶつかったり、つっかえたりするであろう。
また、室内で共同生活をしようにも、よほどのスペースがなければ、普通に歩かせることも困難であろう。
だが、第一号と比較すると、印象は見違えるほどに変わり、洗練されていた。
まず目を奪われるのは、ぴかぴか輝く全身である。何と金色なのだ。
正確には、やや赤色の混じった金である。
「既に写真や動画で見ましたけど、こうやって直接見ると、やっぱり、この金色がすごいですな。
昔の外国映画の、名作スペースオペラで、全身金色のロボットが出てきましたよね。よくしゃべるキャラで。あれを思い出します」
ロタが小さく笑いながらコメントすると、クミマルも、
「そうですねえ。まあ、あのロボットは細くて頼りない感じもありましたけどねえ。
私は、国産の特撮テレビ番組を連想しましたわ。あれは金ではなく、銀色でしたけどねえ。ビルより巨大で、怪獣と戦う宇宙人」
「三分しか戦えないヒーロー?」
「そう、そう」
二人は顔を見合わせてほほえむ。子供時代を懐かしむように。
ロタも納得し、
「言われてみれば、似てますな。目も似てますし。あの特撮ヒーローは、光る大きな目が付いてましたからね」
ロタの言うとおりであった。
今度のロボイリカには、だ円形の透明の目が、二つ取り付けられていた。
目はかなりの大きさだ。大人が、両手の指を組み合わせて輪っかを作ったくらいのサイズである。
マノウが背後から口を挟む。
「今、お二人がおっしゃったキャラクター、両方、リモリにも言われましたよ」
「お若いのに、御存じなんですね。世代的には、リアルタイムでは見てないはずですけど。まあ有名ですからね」
後ろを振り向き、ロタが答えた。
「続編も撮られてますしねえ。息子も小学生まで見てましたよ」
マノウを見下ろし、クミマルも述べた。
それから、クミマルはロボイリカへ更に近付き、じっくりと観察を始める。
横顔からは笑みが消え、眼光が鋭くなっていた。
「そばで見ると、やっぱり大きい。結構ごついわねえ」
というクミマルのコメントへ、ロタは言う。
「でも、一号よりだいぶスリムになりましたよ」
フォローしたわけではなく、それは一目瞭然であった。クミマルもそこには異存がないようで、
「ええ、もちろん、その点はそうですよね」
ロタが質問をかぶせる。
「クミマルさん、ロボイリカの写真とかは事前に御覧になってないんですか?」
「一応、資料写真と動画は一通り見ましたよ。以前の一号も、この二号もね。ビジネスとして依頼を受けるわけですものね。そこは、ちゃんとしないと。
でも、あんまり熱心に見るのはやめました」
「なぜです?」
「第一印象として、自分が直接見た感覚を大切にしたかったのよ」
「なるほど」
しばらくの沈黙。
クミマルは、ロボイリカの周りをしゃがんだり立ったりしながら、じっくり眺め回していた。
ロボイリカの試作第二号は、一号を改良した物で、パーツの大部分は引き継がれている。
椅子も、同じ物を流用。
かつては一号が座っていた例の物だ。ロボイリカ用の、金属製の巨大椅子。
その椅子のそばを、クミマルが歩き回る。
クミマルは元女子プロレスラーであり、体が大きく、近くをちょっと動き回るだけで、見る者の視界へ強引に映り込んでくる。迫力が違うのだ。
無論、部屋の空間を占めている体積は、ロボイリカが上回る。胴回りも含め、体の厚みもロボットが勝る。
また、現時点でこそ、クミマルはロボイリカを見下ろしてはいる。が、もしロボットが立ち上がれば、ロボットの方が長身のはずだ。
にもかかわらず、決して見劣りしないのである。
天性の体格と、鍛えられた肉体、鍛練や試合でまとわれてきた存在感が、恐らくそう見せるのであろう。
(「私はロボイリカに似ている」か……)
ふと、ロタは、先日のクミマルのセリフを思い出していた。今のクミマルの姿を見ているうちに、
(あのセリフには、相当な重みがあったのだな)
と、改めて気付かされたロタであった。
これまで、イリカ開発に関わってきた人物は、理屈や理論が先行するタイプの者ばかりだ。ロタ自身もそうだし、ドワキ、ハヤミ、マノウ、リモリ、皆が当てはまる。
しかしながら、クミマルは明らかに違う。
先に体が動くタイプだ。それも、数々の苦難や修羅場に裏打ちされた体。
その全身を資料として、ロボイリカの改良に貢献してくれようとしているのだ。新風を吹き込むどころか、イリカ製作を全く別次元のステージへと押し上げてくれるかもしれない。思想的な物も含めて。
しゃがんで、ロボットを前からも後ろからも観察していたクミマルは、立ち上がって体をまっすぐ伸ばすと、マノウの方へ顔を向け、話しかけた。
「私は試作第一号の現物は見てなくて、写真や動画でしか知りませんけど、確かに驚異的な進歩ですよね。
統一感が素晴らしいですわ。色も、ピンクゴールドっていうのかしらねえ、一色でまとめられていますし」
「ありがとうございます」
マノウが柔和に頭を下げる。
クミマルのコメント通りであった。統一感。まさしくそれに尽きる。
ロボイリカの試作第一号は、まるで金属の箱(胴体など)や太パイプ(腕・脚など)や球体(頭部)、骨格や部品を組み上げたつぎはぎのような外見であった。
統一感どころの話ではなく、左右非対称で、歪んでいて不格好であった。
ところが、この二号は違う。
左右は対称であるし、頭から脚までのデザインも安定的だ。骨格や配線が露出しているのも、わずかに首や脚の付け根のみ。
そして、今、クミマルが指摘した体の色だ。
手先や足先、顔などを除き、全身は桃色がかった金色。光沢は弱めで、光は余り反射していないが、キラキラした華やかな眺めだ。
頭部は縦に長くなっており、うりざね顔。上半分も丸く、頭髪のたぐいは全くない。
顔面は、クミマルの顔より一回り大きい。
胴体は、まだまだ、縦置きの巨大直方体と称した方が実態に近い。分厚い壁だ。だが、腰に女性らしいくびれが入っている。
バスト部分にも、下品にならない程度に、滑らかな二つのふくらみが施されている。
女性を模したロボットであることを、明確に主張しているのだった。
「いいじゃない。なかなかセクシーよ。あなた、素敵な女性になるわ」
クミマルが、ロボットの首元から肩の辺りを、分厚い手のひらでするりと撫でながらつぶやいた。いたわるような優しい目つきで。が、口元は一切笑っていない。
クミマルが触れた部分が、鏡のようにクミマルの手を映していた。
ロボットの腕と脚も、前回より細くなったとはいえ、ごつくて、まだまだ人間のものとは似ても似つかぬ。
だが。
「手首から先は、相当いいんじゃない?
人間ぽいですよ。ねえ?」
クミマルが首を回し、ロタを、次にマノウを見ながら同意を求める。
ロタがうなずき、マノウは礼を述べる。
確かに、手はリアルに出来ている。色はベージュ。マノウの事前説明によれば、プラスチック素材。
五本指の形や長さの比率は、人の手に似せてある。例えば、親指が独立していたり、中指が長かったり。手首や指の関節は、小型の車輪状の部品でつながれている。
「手、つかんでみていいかしら?」
「ええ、どうぞ」
クミマルに、マノウが許諾をした。
座った姿勢のロボイリカの前に立ち、クミマルは少しかがんで、右手でロボットの右手を持ち上げる。
ロボイリカの手は、甲を上にして、太もものすぐ外側、椅子の座面の上に置かれていた。
「あら、柔らかいのね。本物の腕みたい」
クミマルが驚き声を上げた。
ロボイリカの右手首は、クミマルに持ち上げられると、手首がぐにゃりとスムーズに曲がった。ひじの関節も滑らかだ。
「人間工学や解剖学に基づいて造ったつもりです。現時点で可能な範囲で、ではありますが」
マノウが、ちらりとロタの方にも目をやりつつ解説すると、クミマルは、
「御謙遜を。既に、十分すごいですよ。私、たくさんの人の手を取ってきましたもの。プロレスのリングでも、整体でもね。
少なくとも、関節の曲がり方、柔らかさは相当正確ですよ。素晴らしいです」
クミマルは、持ち上げたロボイリカの右腕を、浮かせた状態で止め、握手するようなポーズを取る。
ロボットの顔はうつむいているため、後頭部を見下ろすような形ではあるが。
「クミマルです。よろしくね、イリカちゃん」
静止して無言のロボイリカへ、クミマルが語りかけた。
ロボイリカの手も、頭部同様、クミマルより優に一回り以上は大きく、まともな握手は難しい。だが、クミマルは自分の左手も添え、両手でロボットの右手を包む。
知らず、ロタは見とれてしまう。
優しい光景であった。




