37 女性陣二名、ロタを評する。
九十七、
マノウの会社(町工場)の外、門のそばにて、四人でしばらく立ち話をする。
既に日は落ちており、周囲には街灯もつき始めている。
秋もだいぶ深まっているためか、虫の声はさほど聞こえてこないが、風が吹くと木々や草がザザザッと分厚いざわめきを起こす。
自然が辺りを幾重にも取り囲んでいることを、聴覚でも実感させられる。
マノウが、
「リモリ、もうクミマルさんと随分お話をしたんだね」
と自分の娘に言う。
父親抜きでも場に溶け込んだ我が子を、頼もしそうに眺めている。
「うん」
リモリがうなずくと、
「なんか、随分とまあ、意気投合なされたようで、ええ、結構なことですな」
ロタが、口元は苦笑いのまま、目はギョロリと見開き、わざと大仰に述べる。
「そ、よく分かってんじゃん。ロタさんに対する女子の見解が一致したの。
ね、クミマルさん」
リモリも負けずに、おどけたしゃべり方。
漫才のようなロタとリモリの掛け合いに、クミマルは、またカカカカッと愉快そうに笑う。
とはいえ、まゆ毛は下がり気味に、少々困った顔で、
「私は、うーん、ちょっとそこまで全面的には同意しないわよ、リモリちゃん。ロタさんには確かにお固い一面もあるけどさ。けど、それは誠実さとも取れるでしょ」
「ありがとうございます」
ロタが頭を下げた。
今のは真面目にかばってくれた気がして、本心でうれしかった。
リモリの見解もそれはそれで的を射てはおり、さほど不快ではないのだが。
「そりゃ、まあねー。そうですけどね。
たださあ、美少女ロボット造ろうとかぶっ飛んだ発想するくせに、変なところで妙に保守的なんですよねー」
と、リモリは、ロタを軽くにらむように唇をとがらせた。
「こらこら、もうその辺にしときなさいよ」
マノウが諭す。笑みは消えかけている。
「なるほどな。それは認めるよ」
ロタは、リモリと目を合わせ、あえて物分かり良く、首を大きく縦に振る。
四人の中で、ロタは最年長。ここは、度量の深さを見せた形だ。
マノウとクミマルのあいさつ等も済ませ、やがて、工場の中へ入る準備。
リモリは辺りを見回して、
「もう、外、だいぶ暗いよね。廊下とか門の明かりとかもつけてくるね。あと、飲み物も用意しよ。クミマルさん、ホットコーヒーでよろしいですか?」
「ええ、それで結構ですよ。どうもありがとう」
ジーンズのお尻を向け、一足先にリモリは建物の方へ去っていった。
九十八、
マノウは、リモリが去った方向とは別を片手で指し示し、
「どうぞ、お二人はこちらへ。工場本館の入り口はこちらです。土足のままで大丈夫ですので」
既に二度訪問しているロタは、もちろん知っている。今のは、主にクミマルへの説明である。
一旦背を向けかけたマノウは、また振り返り、
「ただ、あの、先ほどまで別の作業もしておりまして、中は若干散らかっています。少しだけお待ちください、片付けますから」
と付け加えた。
工場は二階建て。
八百屋や靴屋の店舗のように、一階の正面全体があいており、大きなビニールカーテンが垂らされていた。
マノウはカーテンをめくり、中へ入ってゆく。
ロタとクミマルは、その手前で待つ。地面は土だ。庭のような空間。
以前、転倒しかけたロボイリカを支えた際、ロタが負った右手の指のやけどを、冷やした水道もそばにある。背後は会社の駐車場である。
ビニールカーテンは、工場内の明かりを透かしているため、ロタとクミマルの周りもうっすらと明るい。
二人で、小声で立ち話。
「リモリちゃん、なついてるのねえ、ロタさんに」
クミマルが、冷やかすというより、感心した口調で言った。
「そうですかね?」
ロタ、リモリ、マノウの三名に他人が混ざるのは初めて。ロタは余りピンとこない。
クミマルは、あら、もしかして今気付いたの、と問うように、細い目を見開き、
「そうですよ。リモリちゃん、すごい若いですよね。まだ十代なんでしょ。幾つ?」
「いや、この前、二十歳を迎えましたよ」
「ああ、そうなんですねえ。いずれにせよ、まだまだ、お年頃の女の子よ。ロタさんとはかなりの年の差でしょ。
なのにさ、あんなに無防備に本音でしゃべってるでしょ。普通は、もっと壁を作るもんですよ」
「単に、なめられてるだけかと」
それを聞いたクミマルはクカカッと噴き出し、
「多少はねえ。でも、それだけでは、ああはなりませんよ。相手に変な警戒心を抱かせない、無駄に緊張を強いない、ロタさんにはそれがあるわ」
クミマルの実直な性格はもう知っているだけに、お世辞ばかりとも思えず、ロタは照れながら、
「うれしいこと言ってくださるじゃないですか」
「もしかして、自覚がおありなのでは?」
クミマルが更に突っ込んできたので、もはやロタも気取らずに本音で答えることにする。
「ええ、まあ、それは多少は。もう、五十年生きてますからね。
昔から、他人と打ち解けるのは苦手ではないかもしれないですね。自分で言うのもアレですが、私はネアカ人間ですから。お気楽で、今まであんまり苦労をしてないんでしょうけどね」
ロタを見下ろすクミマルは、目をそらさず、真面目なほほえみで黙って聞いている。
会話のルールとしては、ここで「そんなことないですよ」と挟むのがセオリーだが、それを言わないところが、かえってさわやかで良いなと思う。
ロタは続ける。
「職場でもね、疲れてる人や精神的に病んでる人とかを、まあ、癒やすとまで言うとおこがましいけれど、気を紛らわせる役回りが多いかなと」
「やっぱりね。すごく分かりますよ。素敵なことですよ。誰にでも出来ること、というわけではないもの」
「かもしれない、確かに。ただ、その能力が恋愛面に活かされなかったのが切ないですけどね」
自虐ネタで言ったわけではないことを分かってもらいたくて、ロタはあえて全く笑わずに述べた。
しっかりクミマルにも伝わったようで、茶化さずにこう答える。
「そうなんですね。でも、それはこれから叶えるわけでしょ、まさにイリカちゃんと」
「そうですね」
ロタは笑った。
今のは、最もうれしい返しだったかもしれない。
「ロタさんに協力しますよ、私も。最大限の熱意でもってね」
「ありがとうございます」
そこへ、
「済みません、お待たせいたしました」
目の前のビニールカーテンがめくれ、中の明かりが二人を照らした。
片手でカーテンの端を持ち上げたマノウが、ひょいと顔を出し、声をかけてきたのだ。
「どうぞ、中へ」
「ありがとうございます」
「お邪魔いたします」
ロタ、クミマルがほぼ同時に答え、そろって工場の中へ足を踏み入れる。
仕切りのない、広々としたコンクリートの床。遠くに見える、向こう側の壁。高い天井、周囲の大型機械類。
ロタには見慣れた光景だが、クミマルは初めてだ。
もっとも、だからといって、クミマルは周囲をキョロキョロ見回しはしなかった。前方に置いてある椅子を、じっと見ている。
ロタも同じであった。
大きくて、頑丈そうな金属の椅子。
そこに、ロボットが一体、静かに腰掛けていたのだ。
ロボイリカ、試作第二号であった。




