27 試作第一号、起動。
七十四、
「ロボットイリカの試作第一号には、くれぐれも過度な御期待はなさらないでください」。
これは、あらかじめマノウからしつこいほど念押しをされていたことである。それこそ、昨夏、ロタが工場を初訪問した頃からだ。
初訪問から帰宅して、ロタがハヤミと会った際、ハヤミが「半年後の試作第一号、楽しみですね」と述べた折、ロタが内心余り同調せず、どこか浮かない顔だったのには、そういう事情があったわけである。
要は、試作第一号は、本当にその名の通り試作にすぎないレベルなのであって、完成品とは程遠いということだ。
この度のロタ訪問にしても、趣旨は、
「何とか歩行が出来るようになったので、時間的余裕があるならば、一応見に来てほしい。並んで歩く場合の歩幅のデータなどを取りたいから。なお、繰り返すが、まだまだ完成品がイメージ出来るレベルではない。」
というものであった。
マノウは、事前にネット経由で動画も送ってくれていた。
ロタは、自宅のパソコンでその映像を見、
(なあんだ。まだこんなレベルか。人工知能イリカにも見せられないなあ)
と、一人苦笑いしていた代物だ。
しかし、だ。
それでも、映像と、実際に見るのとでは、違う印象となる場合だってある。もしかしたら感動するかもしれないではないか。
ロタは、そんなかすかな希望も抱きつつ、今回、はるばるマノウの会社まで再訪したわけであった。
また、再訪日程が決まってから本日までの数週間、新たな動画等は見ていなかった。「近日中に直接見に行くのですから、それまではもう、動画や写真は送っていただかなくて結構です」と、ロタは断ったのだ。
よって、「もしや、この数週間で飛躍的に進歩してるかも」といった密かな期待感もあった。
だが。
残念ながら、それらは叶うことはなかった。
少なくとも、静止状態の試作第一号は、事前に恐れていた通りの、いや、それ以上の落胆でロタを迎えた。
ロタが落胆した理由は、他にもある。
これが試作第一号にすぎないからといって、じゃあ「今後はどんどん進歩して、素晴らしい美少女ロボットに仕上がる」かといえば、それはまた別の話だからだ。
むしろ、「第一号がこの程度のレベルなら、第二号以降もたかが知れてる」という推測だって、成り立ち得る。
さすがにそれは、幾ら何でも意地悪な推測ではあろうけれど。
「……」
工場内にて立ち尽くすロタ。肩を落とし、猫背。
椅子に「座らされて」いるガラクタのような試作第一号を、黙って見つめる。もう、たっぷり一分近くはそうしていた。
しばらくして、マノウが後ろから声をかける。
「やはり、お気に召しませんよね。あの、済みません、まだまだ最初の試作ですから、あの、そこのところはどうかひとつ」
物静かな普段の口調が、更に遠慮がちな、消え入りそうな声になっている。
「!」
それを聞いて、ロタはハッと我に返る。
(おいおい、マノウさんに何言わせてんだよ。どんだけ器が小さいんだ俺は。バカか、俺は。わがまま過ぎるだろ)
マノウとて、まさかロタがここまで落胆した態度を取るとは、想定外だったのかもしれぬ。
そのことに気づいたロタは、振り向いて、マノウと目を合わせ、積極的に、強めに首を振った。
もしこれが、前置きなしでの初公開だったのなら、まあ確かに、嫌みの一つぐらい言ってやりたい。
しかし、そうではないのだ。以前から何度も念押しされ、動画まで送ってもらっていた。マノウに何の落ち度があろうか。
全ては、わずかな希望へ勝手にすがっていたロタが悪い。
ロタはそのことをきちんと述べた。
それは大人のマナーだ。
「いえ、そんな、謝らないでください。こちらこそです。ちょっと夢を見過ぎていました。あれほど、マノウさんには気遣っていただいてたのに。
むしろ、半年でここまで、歩けるほどのロボットが出来たことに敬意を表します。
いい年をして、子供じみた、すねたような態度を取り、大変失礼いたしました」
ロタは、マノウと、次に、少し離れたリモリへ頭を下げた。
もっとも、お辞儀をしながら、ロタは内心、
(まあ、俺にしてみれば、生まれて初めての「彼女」がこれだもんなあ。試作品とはいえガックリくるのも同情の余地ありだよな)
と言い訳がましいことも思ったが、口には出さなかった。
急に頭を下げられ、マノウはどう返したものか困惑していたが、リモリが大声で、
「そうだよ!
大変だったんだから、ここまで造るの。
気持ちはわかりますけど、落ち込まない落ち込まない。これからどんどんかわいくなるんだから。まだ何年もあるんですよ!」
ロタとマノウは同時に顔を上げ、リモリ、そして互いを見て、思わずほほえみ合った。
(この子、本当に空気読むよなあ)
ロタは改めて感心し、感謝もした。
七十五、
そのあと、ロタは、マノウから軽く説明を受ける。
それによると、この試作第一号は赤外線リモコンで動かす仕組み。
首や腕に、一部、自律機能も持たせてあるが、基本的には人が送信部、すなわちコントローラーを用いて遠隔操作をする。先ほどからリモリが持っている装置が、その送信部だ。
早速、動かしてみることに。
「じゃあ、行きますよ」
と、手にしたコントローラーを少し高く掲げ、リモリはロタたちへ見せた。
三名の位置関係は先ほどと同じ。
ロボットの横に立つリモリ。やや離れて、ロボの真正面にロタ。その斜め後ろにマノウ。
コントローラーの形状は四角いが、両側には下向きの尖りもあり、ちょっとしたゲーム機風にもなっていた。もっとも、かなりのサイズで、リモリが両手で何とか持てる大きさだ。厚みもある。恐らく重量も相当だろう。
コントローラーのボディーの色は黒、レバーは銀色。
レバーは鉛筆ほどの太さ、五本。他に、ボタンも付いているようだ。
リモリは、コントローラー下部にあるストッパーのような器具をカチャリと外した。安全装置だろうか。
続いて、ボタンを押し、端のレバーを引く。
ガチン!
という、まるで工事現場のような金属音。
一瞬とはいえ轟音に近く、ロタは驚く。
ロボットの電源が入り、ビクリと動いたのだ。
尻の部分が、椅子の背もたれにぶつかったらしい。
ロボも椅子も金属同士。だからこその衝撃音。
「あっ……」
ロタは声を漏らした。
ロボの上体が前へ倒れてきたのだ。ガタン、という鈍い音と共に。
つんのめって椅子から転げ落ちるのかと一瞬思ったが、がに股で、二本の太い脚を床へ踏ん張り、しっかり「立ち上がり」かけているではないか。
もはや、ロボットの体は椅子のどこにも触れていない。
「立ち上がりますよ」
と、リモリが別のレバーを引いた。
「気を付けなさいよ。慎重にね」
ロタの背後からマノウの声。
次の瞬間、ブブブブ、と音を鳴らしてロボの全身に震えが走る。
そして、脚の関節辺りをキキキキッときしませつつ、ゆっくりと上半身を起こし、膝を伸ばしてゆく。
ロボットが全身をほぼ直立させた。
ロタが工場へ入ってきた時には鉄くずの山にすら見えたロボが、今や擬人化されて見える。
頭、首、胴体、手足。明らかに人の形。
「うおお、すげえ」
ロタは興奮の声。
先ほどまでの落胆は吹き飛び、少年の目でロボを見つめる。
(今、マノウさんとリモリさんは、「あんなにガッカリしてたくせに」って、あきれてるかなあ)
と、ロタはちらりと思ったが。
要は、それほどまでに印象が変わったのである。
立ち上がっただけで、こうも違うものなのか。
ロタは息をのむ。
想像した通り、ロボの身長はロタより高い。
二メートルはないだろうが、見上げるようだ。
横幅もあるため、壁のような威圧感。
首や肩は、コイル、コード、骨格があらわになっている。
まるで、壊れたぬいぐるみの中から、あちこち綿が飛び出ているイメージ。部品の塊が立っているような外見だ。
だが、かえって「メカ感、ホンモノ感」にあふれ、見とれてしまう。
ロボが立ち上がって以降は、モーターによるものか、うなるような低音がずっと流れていた。バイクのエンジンをかける際のボリュームくらい。
ゆえに、
「いよいよ歩くんだよね?」
のロタの質問はかき消され、
「えっ、ロタさん、今何か言ったー?」
リモリが声を張り上げた。
ロタは首を横に振った。
「いや、いい」
と。
聞くまでもなかったからだ。
早くも、ロボットは左足を上げ始めていた。




