28 試作第一号、歩く。
七十六、
ついに、ロボットが足を踏み出す。
コントローラーを持つのはリモリだ。
リモコン操作で、まず左脚が持ち上がった。
膝の関節は、シンプルに二つ折りされるわけではなかった。
正面から見ると、バッテンのような複数の継ぎ目に分かれており、まず上の継ぎ目がパックリと割れて足を持ち上げ、次いで下の継ぎ目、左右の継ぎ目が順番に開閉し、三、四段階で脚の曲げ伸ばしをしていた。
複雑な行程を経るため、片脚を一回持ち上げて床へ下ろすだけで数秒はかかる。
しかも、モーターのうなりと共に、金属の脚がギギギギ、ギギギギと、その都度激しくきしむ。
脚は太い。大木とまでは行かぬが、中くらいの木の幹ほどだ。
光沢のある灰色。
非常に太い配水管、といえばイメージしやすいか。
先端には、靴の形をした塊。要は「足」だ。指までは造形されていない。
「足」は、ロボットが左脚を持ち上げて床へ下ろした時は、しっかり衝撃を受け止め、吸収して分散させ、バランスを取っていた。足の裏には、ゴムのカバーも見えた。
足首にも、ある程度は可動域が設けられている。
脚を振り上げ、踏み下ろすたびに、毎回異なる角度に曲がって、体勢を微調整していた。
足が着地した瞬間にはカシーンと音が響き、コンクリートの床の砂ぼこりが舞った。だが、巨体の割には柔らかな足音である。やはり、重量が一点に偏らぬよう制御されているらしい。
ギギギギ、ギギギギッ、カシーン。
ギギギギ、ギギギギッ、カシーン。
踏み締めるように歩くロボット。
窓や蛍光灯からの光が、ロボットの大きな影を壁や床に映している。影もノシノシとこちらへ迫ってくる。
徐々に、ロタの周りが暗くなりそうな威圧感。
ロボット自体は、肩を大きく揺らしながらの歩行。腰を軸にして、重心をずらしているのだろう。
(うるさいし、不格好だな)
先日、動画を見た時と変わらない感想。
しかし、ロタは
(でも、なんか、けなげでいいな)
とも感じた。これは、今初めて覚えた感覚。
似た場面は、既に動画で見ている。
にもかかわらず、ロタはドキドキしてきた。不思議に胸を揺さぶられる。
自分が立っている場で、ロボットが実際に空気をかき分け歩いているリアル。しかも、自分の方へ向かってだ。
その上、これはロタのためだけに設計され、造られたロボットなのだ。
更に、何より。
(これが将来、俺の彼女になるのだ)
その想いを、今、改めて強くしたロタであった。
七十七、
ロボットはゆっくりと、震動と音を振りまきながらズシリ、ズシリと近付いてくる。
(さっきまでは気づかなかったけど、すごいもんだ)
ロタは、マノウの技術力に感嘆する。
先ほどの非礼を改めてわび、今すぐにでもマノウへ賛辞を贈りたい気分だったが、ロボの音が大きいので、後にしようと決めた。
リモリの手元を見る限り、一歩ごとにコントローラーで操作しているわけではない。
方向転換等の場合にのみ、ボタンとレバーで調節しているようだ。それ以外は、自動操縦に任せているらしい。
いつしか、ロボットはリモリのそばを離れ、ロタの近くまで来ていた。そのまま直進したら、ロタの右を通過して行く見通し。
ロタは身じろぎもせず、ロボットを横目で追う。下手に動いたら、ぶつかってしまうおそれもなくはないからだ。
ロボットはふらり、ふらりと揺れるため、それも計算に入れ、余裕を持たせて距離を置く。
あと数歩でロタの横を通り過ぎそうになった、その時。
突然、ロボットがよろけた。
何かにつまずいたのだろうか。
ぐらり、と巨体の左肩が下がる。
放置すれば、一秒後にはひっくり返りそうだ。
とっさに、ロボットへ駆け寄り、両腕を広げて支えるロタ。
ほとんど無意識だった。同時に、
「イリカ、危ない!」
口をついて出たロタの言葉も、無意識であった。
ドンッ!
と、ロタとロボットが正面同士でぶつかり合う。
「ぐっ」
食いしばったロタの歯の、隙間からうめき声。
ロボットの巨体はふらっ、ふらっと左右に傾き、次にこちらへも倒れてきそうになる。
「……」
見上げると、球体の頭部の、あごが目に入る。頭部は、腕を伸ばせば届きそうな位置。頭部自体は飾りなのだろう、前を向いたままだ。
ロタは両脚を後方へ出し、前へ全体重をかけ、ロボットに寄りかかる。
ロボット上半身は縦の直方体。奥行きもあり、ロタが腰に両腕を回しても、両手同士はつなげない太さ。
ひとまず、腰の左右を手づかみするように支える。
幸い、自分へかかってきた負荷は、想像以下であった。
恐らく、ロボも「自力」で立とうと踏ん張っているからであろう。
が、仮に制御を失って、もたれて来ようものなら。
(下敷きになって、大事故だな、こりゃ)
ロタはぞっとする。
「離れて!
ロタさん、どいて。電源切るから。どいて。どけっ!」
動揺したリモリが、やや遠くから叫んできた。最後は金切り声。小走りに寄って来る。
無理もない。ロボットは部品や骨格もむき出し。素手で触れるなど、危険極まりない。
また、ロタが体を密着させていては、安易に電源を落とすことも、方向転換することも出来ぬ。
「ロ、ロタさ……」
マノウも駆け寄ろうとするが、その場に硬直。どうにも、すぐには手出し出来ない局面だ。
リモリとマノウは、組み合ったロタとロボットを前後から挟むような位置関係で、少々遠巻きに眺める。
一方のロタ。
無我夢中であったが、どこか冷静さも残していた。
いや、冷静さというより、ロボットを倒すまいという気持ちが優先された感じだ。
「大丈夫だよう」
ロタは低くつぶやくと、力士が四つに組むようなポーズで、両脚を広げ、足の裏を背後へ踏ん張る。引き続き、体重を前に掛ける。
例えるなら、山道でずり落ちそうな、ゴツゴツの巨岩。グラグラ揺れる、冷たい岩。それを支えたら、こんな感覚かもしれない。
ヴーン、ギギギギッ!
ヴン、ヴーン!
ガガガッ、ヴーン、ギギギギッ!
ロボットは左右に揺れ、モーターときしみで激しく音を立て続けている。密着しているロタはうるささで耳がキーンとなる。
「落ち着けよ。俺が支えてるからよう」
そう、ロタはこの時、リモリに対してというよりは、ロボットに話しかけていたのだ。
ロボットは、グルッ、グルンと首も左右に回し始めた。目鼻は、ペンキか何かで描いてあるだけなので無表情、よって感情移入は出来ないが。
「大丈夫だよ、イリカ」
ロタは更に声をかける。
傾いたロボットの全身を、慎重に直していく。まっすぐに立つように、体重を掛けていく。
ロボットは、大暴れはしなかった。
もし、ロタを障害物だと認識し、排除にかかったとすれば、幾らがっしり体型のロタといえども、吹き飛ばされていただろう。
だが。
「あちっ!」
不意に右手の中指に鋭い痛みが走り、ロタは手の位置をずらした。もう熱くない。
視線を走らせたが、軽傷のようだ。
ロタは、ロボットの腰を抱えていたのだが、右手の位置がずれ、腰と脚の境目の、部品むき出しの箇所に触れてしまったようだ。そこは熱を帯びていた。
ロボットの騒音にかき消され、今のロタの悲鳴はマノウたちには聞かれなかった。
そのまま、ロボットを支え、揺さぶり、安定させようとするロタ。
ロタがロボットの体へ取り付いてから、既に十五秒ほど。
不思議なことに、ロボットが次にどこへ動こうとしているのか、先読みが出来るようになってきた。
(はは、イリカの体、重いなあ。でも、分かってきたぞ。ええと、次はこっちだな。で、次はこう、だよな?)
ロボットの微妙な動作に合わせ、流れに逆らわず、ロタは少しずつロボットの体勢を直してゆく。
マノウも手助けしようと腕を伸ばしたが、その時には、ロタは何とかロボットの体勢を立て直し、そばを離れていた。
しかし、ロボットの進行方向を避けながら、ヨロヨロ、二歩、三歩と後ずさりするうちに、ロタは脚がもつれて、コンクリの床へドスッと尻餅をついた。
「だっ、大丈夫ですか?」
と、ロボットへ向けられていたマノウの腕は、次にロタの方へ向けられ、
「済みません」
と、ロタはマノウに助け起こされる。
ロボットは、何事もなかったかのように直進を続ける。三人の近くを離れていく。
リモリは手のコントローラーを見つめ、まごついていたが、
「リモリ、まだ止めるな。部屋の奥まで歩かせてから電源を切りなさい」
すかさず、マノウの指示が飛ぶ。
今や、ロボは背中しか見えない。
鉄の小山のような体をギシギシ揺らしながら、一歩一歩、工場の端の方へ去る。
「ロタさん、済みませんでした、本当に。何かにつまずいたのでしょうが、後で確認いたします。原因究明をします。失礼いたしました」
と、頭を下げるマノウに対し、ロタは強くかぶりを振り、
「とんでもないです、こちらこそですよ。
本来なら傍観すべきでしたのに。思わず手が出てしまいまして。以後、注意します」
「いえいえ。
……そ、それにしても、よく立て直されましたね。突発的でしたし、動きも不規則ですし。重さだって……」
マノウは、今ロボットがバランスを崩した件と同じくらい、ロタがロボットを立て直したこと自体に驚いている様子だ。
「いやあ、こ、怖かった。夢中でした」
今さらながら、膝がガクガク震え始める。
汗も噴き出してくる。
しかし、ロタはほほえんで言葉を続ける。
「イリカが危ない、ケガしちゃう!
って思ったら、いても立っても。
イリカも俺に従ってくれて。ホッとしました」
さらに、ロタはセリフを言い足す。
遠ざかるロボットの背中へ視線を移してから。
「なあ、イリカ、イリカよう。
既に俺たち、運命の二人かもしれないな」
それは、かつて「人工知能の」イリカと出会った日に、口をついて出たせりふだ。
そして、いつの間にやら、この不格好なロボットをも「イリカ」と呼んでいる自分がいた。
今日、この場を訪れ、直接対面し、同じ空間を共有したからこそ、全身で触れ合ったからこそ、たどり着けた領域。そうに違いない。
もはやガラクタなどではない。
単なるロボットですらないのだ。
ロタとイリカ。
もはや空想ではない。
イリカの「肉体」が明確にこの世界へ形作られ、誕生した瞬間であった。




