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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
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29/83

28 試作第一号、歩く。

  七十六、


 ついに、ロボットが足を踏み出す。

 コントローラーを持つのはリモリだ。

 リモコン操作で、まず左脚が持ち上がった。


 膝(ひざ)の関節は、シンプルに二つ折りされるわけではなかった。

 正面から見ると、バッテンのような複数の継ぎ目に分かれており、まず上の継ぎ目がパックリと割れて足を持ち上げ、次いで下の継ぎ目、左右の継ぎ目が順番に開閉し、三、四段階で脚の曲げ伸ばしをしていた。


 複雑な行程を経るため、片脚を一回持ち上げて床へ下ろすだけで数秒はかかる。

 しかも、モーターのうなりと共に、金属の脚がギギギギ、ギギギギと、その都度激しくきしむ。

 脚は太い。大木とまでは行かぬが、中くらいの木の幹ほどだ。

 光沢のある灰色。

 非常に太い配水管、といえばイメージしやすいか。

 先端には、靴の形をした塊。要は「足」だ。指までは造形されていない。

 「足」は、ロボットが左脚を持ち上げて床へ下ろした時は、しっかり衝撃を受け止め、吸収して分散させ、バランスを取っていた。足の裏には、ゴムのカバーも見えた。


 足首にも、ある程度は可動域が設けられている。

脚を振り上げ、踏み下ろすたびに、毎回異なる角度に曲がって、体勢を微調整していた。

 足が着地した瞬間にはカシーンと音が響き、コンクリートの床の砂ぼこりが舞った。だが、巨体の割には柔らかな足音である。やはり、重量が一点に偏らぬよう制御されているらしい。


 ギギギギ、ギギギギッ、カシーン。

 ギギギギ、ギギギギッ、カシーン。

 踏み締めるように歩くロボット。

 窓や蛍光灯からの光が、ロボットの大きな影を壁や床に映している。影もノシノシとこちらへ迫ってくる。

 徐々に、ロタの周りが暗くなりそうな威圧感。

 ロボット自体は、肩を大きく揺らしながらの歩行。腰を軸にして、重心をずらしているのだろう。


(うるさいし、不格好だな)

 先日、動画を見た時と変わらない感想。

 しかし、ロタは

(でも、なんか、けなげでいいな)

 とも感じた。これは、今初めて覚えた感覚。

 似た場面は、既に動画で見ている。

 にもかかわらず、ロタはドキドキしてきた。不思議に胸を揺さぶられる。

 自分が立っている場で、ロボットが実際に空気をかき分け歩いているリアル。しかも、自分の方へ向かってだ。

 その上、これはロタのためだけに設計され、造られたロボットなのだ。


 更に、何より。

(これが将来、俺の彼女になるのだ)

 その想いを、今、改めて強くしたロタであった。



  七十七、


 ロボットはゆっくりと、震動と音を振りまきながらズシリ、ズシリと近付いてくる。

(さっきまでは気づかなかったけど、すごいもんだ)

 ロタは、マノウの技術力に感嘆する。

 先ほどの非礼を改めてわび、今すぐにでもマノウへ賛辞を贈りたい気分だったが、ロボの音が大きいので、後にしようと決めた。


 リモリの手元を見る限り、一歩ごとにコントローラーで操作しているわけではない。

 方向転換等の場合にのみ、ボタンとレバーで調節しているようだ。それ以外は、自動操縦に任せているらしい。

 いつしか、ロボットはリモリのそばを離れ、ロタの近くまで来ていた。そのまま直進したら、ロタの右を通過して行く見通し。


 ロタは身じろぎもせず、ロボットを横目で追う。下手に動いたら、ぶつかってしまうおそれもなくはないからだ。

 ロボットはふらり、ふらりと揺れるため、それも計算に入れ、余裕を持たせて距離を置く。


 あと数歩でロタの横を通り過ぎそうになった、その時。

 突然、ロボットがよろけた。

 何かにつまずいたのだろうか。

 ぐらり、と巨体の左肩が下がる。

 放置すれば、一秒後にはひっくり返りそうだ。


 とっさに、ロボットへ駆け寄り、両腕を広げて支えるロタ。

 ほとんど無意識だった。同時に、

「イリカ、危ない!」

 口をついて出たロタの言葉も、無意識であった。


 ドンッ!

 と、ロタとロボットが正面同士でぶつかり合う。

「ぐっ」

 食いしばったロタの歯の、隙間からうめき声。

 ロボットの巨体はふらっ、ふらっと左右に傾き、次にこちらへも倒れてきそうになる。

「……」

 見上げると、球体の頭部の、あごが目に入る。頭部は、腕を伸ばせば届きそうな位置。頭部自体は飾りなのだろう、前を向いたままだ。

 ロタは両脚を後方へ出し、前へ全体重をかけ、ロボットに寄りかかる。

 ロボット上半身は縦の直方体。奥行きもあり、ロタが腰に両腕を回しても、両手同士はつなげない太さ。

 ひとまず、腰の左右を手づかみするように支える。

 幸い、自分へかかってきた負荷は、想像以下であった。

 恐らく、ロボも「自力」で立とうと踏ん張っているからであろう。

 が、仮に制御を失って、もたれて来ようものなら。

(下敷きになって、大事故だな、こりゃ)

 ロタはぞっとする。


「離れて!

 ロタさん、どいて。電源切るから。どいて。どけっ!」

 動揺したリモリが、やや遠くから叫んできた。最後は金切り声。小走りに寄って来る。

 無理もない。ロボットは部品や骨格もむき出し。素手で触れるなど、危険極まりない。

 また、ロタが体を密着させていては、安易に電源を落とすことも、方向転換することも出来ぬ。


「ロ、ロタさ……」

 マノウも駆け寄ろうとするが、その場に硬直。どうにも、すぐには手出し出来ない局面だ。

 リモリとマノウは、組み合ったロタとロボットを前後から挟むような位置関係で、少々遠巻きに眺める。


 一方のロタ。

 無我夢中であったが、どこか冷静さも残していた。

 いや、冷静さというより、ロボットを倒すまいという気持ちが優先された感じだ。

「大丈夫だよう」

 ロタは低くつぶやくと、力士が四つに組むようなポーズで、両脚を広げ、足の裏を背後へ踏ん張る。引き続き、体重を前に掛ける。

 例えるなら、山道でずり落ちそうな、ゴツゴツの巨岩。グラグラ揺れる、冷たい岩。それを支えたら、こんな感覚かもしれない。


 ヴーン、ギギギギッ!

 ヴン、ヴーン!

 ガガガッ、ヴーン、ギギギギッ!

 ロボットは左右に揺れ、モーターときしみで激しく音を立て続けている。密着しているロタはうるささで耳がキーンとなる。

「落ち着けよ。俺が支えてるからよう」

 そう、ロタはこの時、リモリに対してというよりは、ロボットに話しかけていたのだ。


 ロボットは、グルッ、グルンと首も左右に回し始めた。目鼻は、ペンキか何かで描いてあるだけなので無表情、よって感情移入は出来ないが。

「大丈夫だよ、イリカ」

 ロタは更に声をかける。

 傾いたロボットの全身を、慎重に直していく。まっすぐに立つように、体重を掛けていく。


 ロボットは、大暴れはしなかった。

 もし、ロタを障害物だと認識し、排除にかかったとすれば、幾らがっしり体型のロタといえども、吹き飛ばされていただろう。


 だが。

「あちっ!」

 不意に右手の中指に鋭い痛みが走り、ロタは手の位置をずらした。もう熱くない。

 視線を走らせたが、軽傷のようだ。

 ロタは、ロボットの腰を抱えていたのだが、右手の位置がずれ、腰と脚の境目の、部品むき出しの箇所に触れてしまったようだ。そこは熱を帯びていた。

 ロボットの騒音にかき消され、今のロタの悲鳴はマノウたちには聞かれなかった。

 そのまま、ロボットを支え、揺さぶり、安定させようとするロタ。


 ロタがロボットの体へ取り付いてから、既に十五秒ほど。

 不思議なことに、ロボットが次にどこへ動こうとしているのか、先読みが出来るようになってきた。

(はは、イリカの体、重いなあ。でも、分かってきたぞ。ええと、次はこっちだな。で、次はこう、だよな?)

 ロボットの微妙な動作に合わせ、流れに逆らわず、ロタは少しずつロボットの体勢を直してゆく。


 マノウも手助けしようと腕を伸ばしたが、その時には、ロタは何とかロボットの体勢を立て直し、そばを離れていた。

 しかし、ロボットの進行方向を避けながら、ヨロヨロ、二歩、三歩と後ずさりするうちに、ロタは脚がもつれて、コンクリの床へドスッと尻餅をついた。

「だっ、大丈夫ですか?」

 と、ロボットへ向けられていたマノウの腕は、次にロタの方へ向けられ、

「済みません」

 と、ロタはマノウに助け起こされる。


 ロボットは、何事もなかったかのように直進を続ける。三人の近くを離れていく。

 リモリは手のコントローラーを見つめ、まごついていたが、

「リモリ、まだ止めるな。部屋の奥まで歩かせてから電源を切りなさい」

 すかさず、マノウの指示が飛ぶ。


 今や、ロボは背中しか見えない。

 鉄の小山のような体をギシギシ揺らしながら、一歩一歩、工場の端の方へ去る。


「ロタさん、済みませんでした、本当に。何かにつまずいたのでしょうが、後で確認いたします。原因究明をします。失礼いたしました」

 と、頭を下げるマノウに対し、ロタは強くかぶりを振り、

「とんでもないです、こちらこそですよ。

 本来なら傍観すべきでしたのに。思わず手が出てしまいまして。以後、注意します」

「いえいえ。

 ……そ、それにしても、よく立て直されましたね。突発的でしたし、動きも不規則ですし。重さだって……」

 マノウは、今ロボットがバランスを崩した件と同じくらい、ロタがロボットを立て直したこと自体に驚いている様子だ。

「いやあ、こ、怖かった。夢中でした」

 今さらながら、膝がガクガク震え始める。

 汗も噴き出してくる。

 しかし、ロタはほほえんで言葉を続ける。

「イリカが危ない、ケガしちゃう!

って思ったら、いても立っても。

 イリカも俺に従ってくれて。ホッとしました」


 さらに、ロタはセリフを言い足す。

 遠ざかるロボットの背中へ視線を移してから。

「なあ、イリカ、イリカよう。

 既に俺たち、運命の二人かもしれないな」

 それは、かつて「人工知能の」イリカと出会った日に、口をついて出たせりふだ。

 そして、いつの間にやら、この不格好なロボットをも「イリカ」と呼んでいる自分がいた。

 今日、この場を訪れ、直接対面し、同じ空間を共有したからこそ、全身で触れ合ったからこそ、たどり着けた領域。そうに違いない。

 もはやガラクタなどではない。

 単なるロボットですらないのだ。


 ロタとイリカ。

 もはや空想ではない。

 イリカの「肉体」が明確にこの世界へ形作られ、誕生した瞬間であった。

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