26 ロボットイリカ、試作第一号。
七十一、
やがて季節は移り、暑い夏が過ぎ、秋、冬になった。
その間は特に大きな出来事もなく、ロタはタブレット端末でイリカと毎日会話をし、イリカを人間らしく成長させるべく努力を重ねていた。
相変わらず、人工知能イリカの進歩は非常にゆっくりのペースであった。
調子が良い時には、ロタとイリカの会話が五分以上も自然に続くこともあった。
しかし、逆に不調な時はことごとく話がかみ合わず、なぜここまでとイライラさせられることもあり、大幅な成長には至らなかった。
「当面、シンギュラリティなんて幻想ですよ。コツコツやるしかありません」
ハヤミから繰り返し告げられた助言である。
シンギュラリティとは技術的特異点のこと。
特異点とは何かといえば、数学、物理学等で積み上げてきた法則が適合しなくなり、予測も計算も不能となる、その境目を示す用語。
要は、人工知能が人智を超え、その後の発展はもはや人類の発想が及ばない。そのような高みへ達する現象を言う。
(シンギュラ何とか以前だろ、これは。幾ら何でも、もうちょっとマシにならないもんかねえ)
時として、内心で悪態をついてしまうロタであった。
だが、ロタはイリカが好きだった。日に日に愛着や愛情が高まっていった。
声や音、映像によってひたすら対話を重ね、粘り強く育ててきたのだ。もはや、切っても切れない関係である。
クリスマスにはイリカと空を飛ぶ夢も見ることが出来た。
今まで頑張ってきた自分へのごほうびのようで、この上ないクリスマスプレゼントとなった。
遠方に住むマノウからは、定期的に連絡が来た。
逐一、イリカの体の製作状況が伝えられた。
なお、ハヤミとマノウは、さほど頻繁にはやり取りをしていない。恐らくは、まだまだ人工知能とつなげられるような段階ではないのだろう。
実際、マノウからロタへ入る連絡も、ようやく体重を二百キロ台に抑えられたとか、又は、ようやく十メートル歩けたとか、初歩的、物理的な情報が主であった。
元々、人間そっくりのロボットなど期待しちゃいない。それに、十か年計画で始めた製作なのだ。
加えて、二足歩行だって、ロタが無理を言ってリクエストした形態なのだ。
焦ってはなるまい。気長に、冷静に、辛抱強く、なるべく楽しくやっていこう。ロタは、自分にそう言い聞かせるのだった。
七十二、
そして、年が明けて、冬が終わり、桜が咲き出した頃。
ロタは、マノウの会社へ二度目の訪問をした。
およそ七か月ぶりである。いよいよ、イリカの体の、試作第一号を見に行くためである。
場所は遠い南方の県であり、それなりに大がかりな旅行となる。仕事のタイミングを見て、土日に年次休暇を足して数日分の連休を作り、ロタは出かけた。
前回は(上着なしの)スーツ姿であったが、多少打ち解けた間柄になったということで、ややラフなジャケット姿。ネクタイも締めていない。
前の時と同様、高速列車で移動しホテルに一泊、翌日の訪問である。
「ようこそ。お久しぶりです」
会社(町工場)の門の前にて、作業着姿のマノウが出迎える。
柔和な物腰、耳まで覆うもしゃもしゃの黒髪、変わらぬ外見だ。
ロタもあいさつを返す。
「お久しぶりです。お元気そうで。いつもお世話になっております。
この辺の桜もまだ満開ではないんですね。出発前、うちの方が七分咲きくらいでしたので、てっきりこの辺りは満開かと」
周囲を見回しながら言う。
付近は畑や山であり、いわゆる観光、娯楽向けの桜は見当たらぬ。だが、山や畑の中に、ぽつぽつと桜の木もある。
マノウは少し笑って、
「よく誤解されるのですが、首都圏とこちらのエリアの桜は、満開の時期はほぼ一緒です。むしろ、こちらの方が遅い年もございますよ」
ロタも思わず破顔し、
「えっ、そうだったんですね。存じませんでした」
ふと、ロタの心の中で、
(イリカの体の製作も、まだまだ桜が満開には程遠いということで、何だか象徴的ですね)
というセリフも浮かんだものの、もちろん口には出さなかった。
わざわざ詩的に「うまいこと言う」必要などない。それも、皮肉じみた後ろ向きなことを。
「どうされました?」
マノウがけげんそうな顔をした。
(まずい、顔に出てたか)
ロタは小さく狼狽し、平静を装って、
「何がです? 私は特に何も」
「そうですか。失礼いたしました。では参りましょうか。前回の夏の時と同様、私ども以外、ほかの社員は皆、本日お休みです。
どうぞ中へ。リモリも待っております」
と、マノウが背を向け、工場の入り口へ歩き出す。
「ありがとうございます」
ロタも後に続く。
リモリ、の名を聞き、ロタの心が少し和んだ。
ロタも男だ。かわいい女の子であるリモリにまた会えることも、今回の再訪で楽しみにしていた。
言うまでもなく、電話やメール連絡は専らマノウとやり取りしており、リモリが関わることはない。ロタは、リモリの連絡先なども一切知らない。
ゆえに、リモリとは、声や顔写真も含め交流はなく、完全に七か月ぶりということになる。
二人で工場内へ入る。
半透明のビニールカーテンをめくる。
中は、仕切りのない広い空間。コンクリートの床。あちこちに配置された機械設備。前回と変わらぬ光景だ。
異なる点は、恐らくだが空調が入っていないこと。暑くも寒くもなく、今はちょうどいい気候だ。
もう一点違ったのは、テーブルや機械が端の方へ寄せられており、室内の真ん中が大きくあけられていたことである。
中央のそのスペースに、マノウの娘、リモリが立っていた。
やはり、青いズボンの作業着姿。髪が少し長くなったか。
手には、レバーの付いた四角い装置を持っている。リモコン操作の機械だろうか。
だが。
ロタは、リモリのことがほとんど目に入っていなかった。
工場室内へ足を踏み入れた瞬間、ロタの視線はくぎ付けになってしまった。
リモリの横にある、金属製の頑丈そうな椅子。
その椅子の上にある物体に。
そんなロタを察してか、リモリはロタへ会釈をしたのみで、あいさつの言葉は発してこなかった。無言でロタを眺めている。
それはマノウも同様であった。笑みはなくなり、複雑そうにロタを見守る。
親子で同じ表情をしていた。
七十三、
「……」
ロタは、その物体へ近づいてゆく。
先導していたマノウは途中で足を止めたため、ロタが十数歩、追い抜く形となった。
椅子の近く、十五メートルほど手前で立ち止まる。
もっとそばへ寄ってもいいのだが、もう充分だ、いや、もうたくさんだと思った。
(ひどいもんだ)
あとちょっと忍耐力がなかったら、この感想を声に出してしまっていただろう。危なかった。ギリギリで胸中にとどめた。
ロタは立ち尽くし、呆然と「それ」を眺める。
最初は、部品かコイルの巨大な塊が、椅子へ無造作に立てかけてあるのかと思った。
しかし、そうではなかった。
物体は、立てかけられているわけではない。椅子へ確かに「座らされて」いたのである。
そう、注意してよく見れば、それは人間の形をしていることがわかった。あくまで注意してよく見れば、だが。
椅子の座面から床へは、太い二本の棒状の物が伸びており、左右へ広がるように接地している。
先端は、靴のような形状である。
あれは明らかに二本の「脚」であろう。
そういえば、背もたれに寄りかかっている銀色の直方体(かなり歪んでいたが。縦置き)の両側からも太い棒が一本ずつ垂れ下がっている。
なるほど、あれが「腕」だ。
(ちゃんと「手」も付いてるんだな)
と、ロタは気づいた。
「上半身」の両側に取り付けられた棒の先端には、五本指状の金属の塊があった。
ただ、人間の手として見るには、いかつい。
でか過ぎて、あれでは握手もできまい。
とはいえ、「脚」にも「腕」にも、しっかり、膝やひじに該当する関節が真ん中に設けられていた。少なくとも、脚や腕の曲げ伸ばしはできるようだ。
(ああ、そうだ、事前に見せられた映像でも、脚を曲げる場面があったな)
と、ロタは思い出した。
そして、直方体の上には「頭」が載っていた。球体。
目、鼻、口らしき物がペインティングされていたが、まだまだ便宜上のデザインであろう。
雰囲気を出すためにとりあえず描いてみました、といった感じだ。口も横線で、無表情。性別も全くわからぬ、機械のロボットの顔。
(すごいなあ。立ち上がったら、明らかに俺より長身だよな。横幅もあるし。頭部だけが、辛うじて俺と同じくらいのサイズかな)
腕、脚、首の辺りは、骨格や配線がむき出しの箇所ばかり。
何かにぶつかったら、ネジやら歯車やらコイルやらがバラバラ、ポロポロと落ちてきそうだ。
(おいおい、勘弁してくれよ。
何だよ、これ。
これのどこが美少女ロボットだよ)
例えるなら、骸骨型のオブジェと鉄くずと金属の箱を強引につなげ、どうにか人間の形に仕上げた感じだ。
はっきり言ってグロテスクである。
(これを「彼女」と呼べというのか)
もちろんわかっている。
これはまだ、試作段階にすぎないことは。
(それにしたって、ちょっとひどくないか?)
ロタは、食い入るように見つめる。
(女にモテない俺には、しょせん、このガラクタがお似合いってことかな)
自嘲的にそう思った。
胸の中が、ネガティブなどす黒い感情で塗りつぶされそうになる。
(くそっ、いかんいかん。ダメだぞ。しっかりしろ。製作の本番はここからだろうが)
ロタは何とか、自分を奮い立たせるのだった。
とはいえ、今、あからさまにがっかりした顔をしていることは、鏡を見なくても自覚できてしまう。
どうしたって、それは隠しようがなかった。
ロタを見つめるマノウとリモリも、しばし無言のままであった。




