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ロタとイリカ 独居老人、彼女を造る。  作者: KIZOOS
第二部 マノウ編(ロボット骨格の章)
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27/83

26 ロボットイリカ、試作第一号。

  七十一、


 やがて季節は移り、暑い夏が過ぎ、秋、冬になった。

 その間は特に大きな出来事もなく、ロタはタブレット端末でイリカと毎日会話をし、イリカを人間らしく成長させるべく努力を重ねていた。


 相変わらず、人工知能イリカの進歩は非常にゆっくりのペースであった。

 調子が良い時には、ロタとイリカの会話が五分以上も自然に続くこともあった。

 しかし、逆に不調な時はことごとく話がかみ合わず、なぜここまでとイライラさせられることもあり、大幅な成長には至らなかった。


「当面、シンギュラリティなんて幻想ですよ。コツコツやるしかありません」

 ハヤミから繰り返し告げられた助言である。

 シンギュラリティとは技術的特異点のこと。

 特異点とは何かといえば、数学、物理学等で積み上げてきた法則が適合しなくなり、予測も計算も不能となる、その境目を示す用語。

 要は、人工知能が人智を超え、その後の発展はもはや人類の発想が及ばない。そのような高みへ達する現象を言う。

(シンギュラ何とか以前だろ、これは。幾ら何でも、もうちょっとマシにならないもんかねえ)

 時として、内心で悪態をついてしまうロタであった。


 だが、ロタはイリカが好きだった。日に日に愛着や愛情が高まっていった。

 声や音、映像によってひたすら対話を重ね、粘り強く育ててきたのだ。もはや、切っても切れない関係である。

 クリスマスにはイリカと空を飛ぶ夢も見ることが出来た。

 今まで頑張ってきた自分へのごほうびのようで、この上ないクリスマスプレゼントとなった。


 遠方に住むマノウからは、定期的に連絡が来た。

 逐一、イリカの体の製作状況が伝えられた。

 なお、ハヤミとマノウは、さほど頻繁にはやり取りをしていない。恐らくは、まだまだ人工知能とつなげられるような段階ではないのだろう。

 実際、マノウからロタへ入る連絡も、ようやく体重を二百キロ台に抑えられたとか、又は、ようやく十メートル歩けたとか、初歩的、物理的な情報が主であった。

 元々、人間そっくりのロボットなど期待しちゃいない。それに、十か年計画で始めた製作なのだ。

 加えて、二足歩行だって、ロタが無理を言ってリクエストした形態なのだ。

 焦ってはなるまい。気長に、冷静に、辛抱強く、なるべく楽しくやっていこう。ロタは、自分にそう言い聞かせるのだった。



  七十二、


 そして、年が明けて、冬が終わり、桜が咲き出した頃。


 ロタは、マノウの会社へ二度目の訪問をした。

 およそ七か月ぶりである。いよいよ、イリカの体の、試作第一号を見に行くためである。

 場所は遠い南方の県であり、それなりに大がかりな旅行となる。仕事のタイミングを見て、土日に年次休暇を足して数日分の連休を作り、ロタは出かけた。


 前回は(上着なしの)スーツ姿であったが、多少打ち解けた間柄になったということで、ややラフなジャケット姿。ネクタイも締めていない。


 前の時と同様、高速列車で移動しホテルに一泊、翌日の訪問である。


「ようこそ。お久しぶりです」

 会社(町工場)の門の前にて、作業着姿のマノウが出迎える。

 柔和な物腰、耳まで覆うもしゃもしゃの黒髪、変わらぬ外見だ。

 ロタもあいさつを返す。

「お久しぶりです。お元気そうで。いつもお世話になっております。

 この辺の桜もまだ満開ではないんですね。出発前、うちの方が七分咲きくらいでしたので、てっきりこの辺りは満開かと」

 周囲を見回しながら言う。

 付近は畑や山であり、いわゆる観光、娯楽向けの桜は見当たらぬ。だが、山や畑の中に、ぽつぽつと桜の木もある。


 マノウは少し笑って、

「よく誤解されるのですが、首都圏とこちらのエリアの桜は、満開の時期はほぼ一緒です。むしろ、こちらの方が遅い年もございますよ」

 ロタも思わず破顔し、

「えっ、そうだったんですね。存じませんでした」

 ふと、ロタの心の中で、

(イリカの体の製作も、まだまだ桜が満開には程遠いということで、何だか象徴的ですね)

 というセリフも浮かんだものの、もちろん口には出さなかった。

 わざわざ詩的に「うまいこと言う」必要などない。それも、皮肉じみた後ろ向きなことを。

「どうされました?」

 マノウがけげんそうな顔をした。

(まずい、顔に出てたか)

 ロタは小さく狼狽し、平静を装って、

「何がです? 私は特に何も」

「そうですか。失礼いたしました。では参りましょうか。前回の夏の時と同様、私ども以外、ほかの社員は皆、本日お休みです。

 どうぞ中へ。リモリも待っております」

 と、マノウが背を向け、工場の入り口へ歩き出す。

「ありがとうございます」

 ロタも後に続く。


 リモリ、の名を聞き、ロタの心が少し和んだ。

 ロタも男だ。かわいい女の子であるリモリにまた会えることも、今回の再訪で楽しみにしていた。

 言うまでもなく、電話やメール連絡は専らマノウとやり取りしており、リモリが関わることはない。ロタは、リモリの連絡先なども一切知らない。

 ゆえに、リモリとは、声や顔写真も含め交流はなく、完全に七か月ぶりということになる。


 二人で工場内へ入る。

 半透明のビニールカーテンをめくる。

 中は、仕切りのない広い空間。コンクリートの床。あちこちに配置された機械設備。前回と変わらぬ光景だ。

 異なる点は、恐らくだが空調が入っていないこと。暑くも寒くもなく、今はちょうどいい気候だ。

 もう一点違ったのは、テーブルや機械が端の方へ寄せられており、室内の真ん中が大きくあけられていたことである。

 中央のそのスペースに、マノウの娘、リモリが立っていた。

 やはり、青いズボンの作業着姿。髪が少し長くなったか。

 手には、レバーの付いた四角い装置を持っている。リモコン操作の機械だろうか。


 だが。

 ロタは、リモリのことがほとんど目に入っていなかった。

 工場室内へ足を踏み入れた瞬間、ロタの視線はくぎ付けになってしまった。

 リモリの横にある、金属製の頑丈そうな椅子。

 その椅子の上にある物体に。


 そんなロタを察してか、リモリはロタへ会釈をしたのみで、あいさつの言葉は発してこなかった。無言でロタを眺めている。

 それはマノウも同様であった。笑みはなくなり、複雑そうにロタを見守る。

 親子で同じ表情をしていた。



  七十三、


「……」

 ロタは、その物体へ近づいてゆく。

 先導していたマノウは途中で足を止めたため、ロタが十数歩、追い抜く形となった。

 椅子の近く、十五メートルほど手前で立ち止まる。

 もっとそばへ寄ってもいいのだが、もう充分だ、いや、もうたくさんだと思った。


(ひどいもんだ)

 あとちょっと忍耐力がなかったら、この感想を声に出してしまっていただろう。危なかった。ギリギリで胸中にとどめた。

 ロタは立ち尽くし、呆然と「それ」を眺める。

 最初は、部品かコイルの巨大な塊が、椅子へ無造作に立てかけてあるのかと思った。

 しかし、そうではなかった。

 物体は、立てかけられているわけではない。椅子へ確かに「座らされて」いたのである。


 そう、注意してよく見れば、それは人間の形をしていることがわかった。あくまで注意してよく見れば、だが。

 椅子の座面から床へは、太い二本の棒状の物が伸びており、左右へ広がるように接地している。

 先端は、靴のような形状である。

 あれは明らかに二本の「脚」であろう。


 そういえば、背もたれに寄りかかっている銀色の直方体(かなり歪んでいたが。縦置き)の両側からも太い棒が一本ずつ垂れ下がっている。

 なるほど、あれが「腕」だ。

(ちゃんと「手」も付いてるんだな)

 と、ロタは気づいた。

 「上半身」の両側に取り付けられた棒の先端には、五本指状の金属の塊があった。

 ただ、人間の手として見るには、いかつい。

 でか過ぎて、あれでは握手もできまい。

 とはいえ、「脚」にも「腕」にも、しっかり、膝やひじに該当する関節が真ん中に設けられていた。少なくとも、脚や腕の曲げ伸ばしはできるようだ。

(ああ、そうだ、事前に見せられた映像でも、脚を曲げる場面があったな)

 と、ロタは思い出した。


 そして、直方体の上には「頭」が載っていた。球体。

 目、鼻、口らしき物がペインティングされていたが、まだまだ便宜上のデザインであろう。

 雰囲気を出すためにとりあえず描いてみました、といった感じだ。口も横線で、無表情。性別も全くわからぬ、機械のロボットの顔。


(すごいなあ。立ち上がったら、明らかに俺より長身だよな。横幅もあるし。頭部だけが、辛うじて俺と同じくらいのサイズかな)

 腕、脚、首の辺りは、骨格や配線がむき出しの箇所ばかり。

 何かにぶつかったら、ネジやら歯車やらコイルやらがバラバラ、ポロポロと落ちてきそうだ。


(おいおい、勘弁してくれよ。

 何だよ、これ。

 これのどこが美少女ロボットだよ)

 例えるなら、骸骨型のオブジェと鉄くずと金属の箱を強引につなげ、どうにか人間の形に仕上げた感じだ。

 はっきり言ってグロテスクである。


(これを「彼女」と呼べというのか)

 もちろんわかっている。

 これはまだ、試作段階にすぎないことは。

(それにしたって、ちょっとひどくないか?)

 ロタは、食い入るように見つめる。

(女にモテない俺には、しょせん、このガラクタがお似合いってことかな)

 自嘲的にそう思った。

 胸の中が、ネガティブなどす黒い感情で塗りつぶされそうになる。


(くそっ、いかんいかん。ダメだぞ。しっかりしろ。製作の本番はここからだろうが)

 ロタは何とか、自分を奮い立たせるのだった。

 とはいえ、今、あからさまにがっかりした顔をしていることは、鏡を見なくても自覚できてしまう。

 どうしたって、それは隠しようがなかった。

 ロタを見つめるマノウとリモリも、しばし無言のままであった。

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