第4話「月光ビギナー」
前回に引き続き、流勿の過去のお話です。
どれほど走っただろうか。そんなに長くも感じず、かといって短くも感じず。それぐらいの時間だった。
しばらくすると車は地下トンネルのような空間に入り、その突き当たりで停車した。
「降りるぞ」
「おい、これからどこに行くんだよ?」
「我々のアジトだよ」
ガイアにサンクスマンと呼ばれていた彼女の連れの中年男性が、突き当たりの壁に埋め込まれたボタンを押すと、近未来的な円柱状のスライドドアが横に開いた。二畳ほどの広さ、天井の白い照明などの内装から、これがエレベーターらしいということはわかった。ふたりに促されるまま、私はそこに乗り込む。
「随分と大層な造りだな」
「このアジトは、特殊な電磁波によって発生させた結界で覆われているうえに、外装には海底油田を模した装飾を施してあるんだ。私のこだわりだよ。これで、この場所が公になることはそうそうないよ」
「サンクスマンの斬新な提案で、組織は大きく改善された。お前も、何か困ったことがあれば相談してみるといい。きっと力になってくれるはずだ。…そろそろ着くぞ」
ガイアが言い終えると同時に、スライドドアが開いた。入ってきた地下トンネルと同じような薄暗い空間が、扉の向こうに広がっていた。しかし明らかに違うのは、そこには大きな円形の長机が置かれていることだ。既に数人の人間が席についていて、ガイアが最後に残ったイスに座り、私はその隣に立たされた。
「みんな、聞いてくれ。こいつが、今日から俺達と一緒に活動することになった『Ms.アルテミス』だ。彼女には、俺の補佐役として色々と手伝ってもらおうと思っている。流勿、お前にも紹介しておこう。俺の左から、『Ms.マーキュリー』、『Ms.ヴィーナス』、『Ms.マーズ』、『Ms.ジュピター』、『Ms.サターン』、『Ms.ウラノス』、『Ms.ネプチューン』。そして、あのスモークガラスの向こうに座っているのが『Mr.サンクスマン』だ」
いつの間に。さっきまで私達と一緒にいたはず。
「マーキュリーだ。よろしくっ!」
「ずずっ…わかったから、早く戻らせて…寒気が…。あ、私ヴィーナス」
「はわっ! よ、よろしく…お願いします…。 医療部長をしていますっ!」
「ふむ、なかなか美しい娘であるな…これから長い付き合いになるだろうから、挨拶程度は、しておいてあげよう。小生の名はジュピター。観察部長をしている」
「あーはいはい、アルちゃんね。わかったわかった。私のことは『サー』とかでいいから。長ったらしいのはめんどくさいし」
「……………Ms.ウラノス。事務部長」
「うほっ、こりゃまたいいオンナ連れさらってきたねぇ。私はネプチューン。なんと開発部長なんだぜ? ほんじゃま、よろしくってことで」
「私のことは、もう知っているね? 改めて私は、百合をこよなく愛する男『Mr.サンクスマン』さ」
円形に座った少女達が、それぞれ私に挨拶をしてくる。みんな背格好も違えば、口調も異なっている。共通点がまるで見つからない。
それにしても。
「…なんであのオッサンだけガラス越し?」
「あいつ曰く『いずれ死ぬ自分が少女達の顔を知る必要はないから』だそうだ」
「『いずれ死ぬ』?」
「ああ。俺がこれから創ろうとしている理想郷に、男は要らないからな。理想郷完成のセレモニーの際にでもあいつを処刑する予定だ」
「しっかりしてるよね、サンマは」
「そ、そうですね。自分に価値が無くなることを知っていて私達の活動を手伝ってくれているんですから」
「彼の功績は、組織内で脈々と語り継がれてゆくことになろう」
「確かに。あ、そうそうとっつぁん。とっつぁん専用の武器『サンクステッキ』の調整をしたいから、あとで私のラボに来てくれよな」
「おお、ついにできるのかね。オーケー、のちほど向かうとしよう」
「え、ありがとうのおじさんネプチューンにそんな物頼んでたの?」
「いや、俺が言ったんだ。いつまでも古い杖を使わせるわけにはいかないからな。ただの労いだ」
「愛するガイアのためなら、どんなに複雑なマシンでもつくってみせるぜ!」
「『愛するガイアのため』とは、聞き捨てならないね。真にMs.ガイアを愛しているのは、この小生のはずだ」
「え、二人とも何言ってんの。私私。私が一番愛してるから」
「いや、私が一番…はっくしょん! …ずずっ、愛してる」
「はわっ、違いますっ! そもそもガイアさんは、みなさんのことなんてきっと眼中にないと思いますよっ!」
私達の会話を聞いていたMs.サターンを始まりとして、何やら言い争いが勃発した。
突然の出来事に、私は驚くしかなかった。ガイアもサンクスマンも少し離れて傍観しているだけだ。
そんなとき、最初の挨拶以来一切会話に参加していなかった少女、Ms.ウラノスがゆっくりと私に歩み寄ってきた。
そして、
強く、
握手してきた。
「痛っ」
彼女は、私を見上げて言った。
「あなた、月夜見往乎でしょ。烏丸組の。大三日月流勿っていうのは、あの人がつけた、あなたの新しい名前?」
「…ああ、そうだよ。それがなんだ?」
「別に。ただ、あなたみたいな人にも『そういう素質』があったんだって思って」
「…素質?」
「…まだ、あの人から聞いてないの? ここには、百合体質の女性しか入れないってこと」
「百合体質ってまさか」
「えぇ。ガールズラブ。つまり、あなたは女性の同性愛者として、あの人に認められたのよ」
「そんなバカな。だって私は…」
「ノンケだって、言いたいの? 自分の真の指向は、自分じゃなかなかわからないものなのよ?」
「……」
「…ま、いいわ。最後にあの人が選ぶのは、私なんだから」
「…さっきからべちゃくちゃ言ってるけどよ。お前一体あいつの何なんだよ?」
「あら、まるで恋人につきまとう不審者に対して言うような聞き方ね。そんなにあの人のことが気になるの?」
「…っ! そんなこと」
「そうねぇ…。あの人の正室っていう表現が、最も適切かしら。他の部長なんて、単なる側室に過ぎないのよ」
「聞けよ人の話を」
「あなたこそ、せっかく答えてあげたんだから、感謝することね」
「…正室と側室って、まるでハーレムだな」
「えぇ。でも私は、他の人達が知らないあの人のいろんなことを知っている」
「は?」
「例えば…私は、あの人を顎で使えること」
「顎?」
「そ。私がひとたび命令したら、あの人はそれに必ず従うの。結構楽しいものよ、好きな人が自分の思い通りになるのって。…あの人は私達の上にもいるし、下にもいる。私は見てみたいの。あの人が創り、私があの人の后となった世界を」
「…」
「さっきはしっかりと自己紹介してなかったわね。…改めて私は、人の上に立ち、天を見上げる者、Ms.ウラノス。これからせいぜい組織内を乱すことね。誰にでも噛みつく、狼少女さん?」
「あっおい! …なんだよ、勝手に絡んで勝手に締めやがって…」
「…あいつはそういう奴なんだ。許してやってくれ」
「…ガイア」
『だから…俺についてこい』
「…」
「…どうした」
「…なんでもねーよ」
「そうか。行くぞ、サンクスマン」
「オーケー」
…。
今、なんでコイツの声が頭の中で…。
ウラノス、ガイア、サンクスマンの去った騒がしい部屋の中で、私はただひとり、自身に起こりつつある変化に戸惑っていた。
◆
「…君も罪な人だね」
「…何の話だ」
「アルテミス君の家族を見殺しにしたなんて、全くの嘘だったじゃないか。ニュースを観るまで、私も君の嘘を信じて疑わなかったよ」
「…あいつには言わないでくれ」
「わかっている。君のやることには、必ず理由があるからね」
「そんな大層なものじゃない」
「やっぱり、『冷酷無比な悪の百合組織のボス』っていうのは、構成員を引っ張っていくための仮の姿なのね」
「…聞いてたのか、ウラノス」
「あっ! み、見ないでくれウラノス君!」
「別にいいでしょ、どうせ『殺される』んだから。この人にそんな気があるのか怪しいところだけど」
「…サンクスマン、先に行っててくれ」
「あ、あぁ…」
Mr.サンクスマンが歩いていくのを見送ると、Ms.ウラノスは何一つ遠慮することなく、Ms.ガイアの左腕に抱きついた。
「…さて、邪魔者もいなくなったところで…。私と遊びましょ?」
「…いきなり出てくるのはやめてくれないかウラノス。サンクスマンも驚いていただろ」
「いいじゃないあんな中年。それに、何度も言ってるでしょ。二人きりの時は、名前で呼んでって。貴女は一向に名前を教えてくれないけど」
「…悪かった、天音」
「それでいいのよ。…で、貴女の本名は?」
「…最重要機密だ」
「またそう言ってはぐらかすのね。…でも、そんなミステリアスな貴女も好きよ?」
「…そうか」
そして二人の少女は、薄暗い回廊の先へと消えていった。
どうも、壊れ始めたラジオです。
最後の更新から早二ヶ月…時が経つのは早いものですね。
…っていうかこんなペースだと、次のライダー映画が公開される前に完結できるか心配です。
それでは。




