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第3話「任侠ウルフ」

 私は、巷じゃそれなりに名の知れた暴力団のドンの一人娘として生まれ育ってきた。

 昔、オヤジが強姦した女を孕ませてしまってデキた子らしい。


 しかし、オヤジは私とオフクロを見捨てずに、それどころか私達を組へと引き入れた。周りに怖そうな、というか怖い人達がたくさんいたが、それでも何不自由なく育ててくれた。


 オヤジは常々言っていた。「いくら世襲しても、引き継いだ子が馬鹿だと意味がない。俺の意思を継ぐ覚悟があれば、そいつが男であろうが女であろうが関係ないんだ」と。


 私は、恩返しも兼ねて、この組を継ぐつもりだった。だから、私はこの言葉を座右の銘として、決して忘れないようにしていた。あの時までは。




 ◆




 私は家族には恵まれたが、友人はそうもいかなかった。


 私の親についての噂を聞きつけた学校の保護者達が、同級生に有る事無い事吹き込んでいたからだ。あの子の父親は恐喝、売春、買春、人身売買、強盗、殺人、悪徳金融、違法薬物の輸入、収賄などなどに手を染めている。だから近づいてはいけない、という具合だ。当然、私の周りからは自然と人が減っていった。私達の組員は金持ちをちょっとだけ不法なやり方で脅したり、火薬だけが入った空砲の拳銃を私用のために密輸したりはしているが、それ以外は嘘っぱちだ。…おそらく。

 つまり、私には何の非もない…はずだ。



 そんな家柄だったせいか、私はなんの前触れもなく、ある日突然あの事件に巻き込まれた。




 ◆




 その日も私はいつも通りの一日を過ごして、ベッドで深い眠りについていた。


 …が。


 何か焦げ臭さを感じて目が覚めた。

 慌てて起き上がると、まわり一帯が全て紅蓮に染まっていた。

 膨大な熱量が私を呑み込んでいる。


 そうだ、逃げないと。そう思って部屋のドアノブを握るが。



「熱っ!」



 ジュウッという音と共に、高温が私の行動を妨げていた。


 何か、何かドアノブを掴めるようになるものをと辺りを見回すが、もともと家具の少ないこの部屋には、クローゼットと、ベッドの横のラックの上に学校の道具や護身用の空砲拳銃が置いてある程度だった。服を脱いで使おうにも今着ているのは薄手のパジャマだし、クローゼットには既に火がついていて手がつけられない。下着だって薄…あ。



「くそったれがぁっ!」



 下着から生理用品を外してドアノブに被せ、ドアに触れないように力を込める。すると、か細い声をあげながら、ゆっくりと扉が開いた。

 抜けた。あとは下まで降りれば、と安心したが、部屋の外は予想していたよりもずっと凄惨な光景が広がっていた。

 床、壁、天井、それら全てがオレンジ色で、階段が崩れ落ちていた。飛び降りようにもここは地上四十階。ダイブなんかしたら降りたいのに昇ってしまう。こんなバカ高いオヤジの本社ビルに部屋なんかつくってもらわなきゃよかった、と激しく後悔した。


 そうだ、オヤジは、オフクロは、組の奴らは。

 みんなを捜そうと、私は一歩踏み出した。


 しかし。


 熱と倒壊の衝撃でもろくなっていたのか、足元の床が抜けた。


「あっ…」


 重力が、私を殺しにかかる。


 必死で空気を掴むが、当然状況は変わらない。


 死んでしまうのか、私は。



 “Got_it!___PROTO,over_bang!(ガティット!プロト、オーバー・バン!)”



 覚悟を決めて目を閉じると、思いのほか冷静になれた。


 人は死に際すると、あらゆるものの動きがゆっくりと感じると聞いたことがあるが、それは正しいと思う。こんなにいろいろ考えていても、一向に地面と後頭部がキスする気配が感じられない。


 あ、でも。


 背中に少しばかりの感触があった。しかしそれは、痛い、というほどのものではなかった。



「…え?」



 目を開くと、そこには黒い空と真っ赤な炎、そして…無機質な何か。鉄のような気もするし、アルミのような気もする、そんな感じの何か。


 背中以外には特になにも感じない、ということは、仰向けのまま浮いているのだろうか。いや違う。背中から感じる振動、体の半分を包み込まれている感覚、これはまさか。



「お姫様抱っこぉぉぉっっっ!?」


「気がついたか」



 近くから女の声。私をこんな態勢にしている奴の声か。



「て、てめぇ! 一体何をしているんだよ! 放せよ! うっ!」



 放り投げられ、行き先はクッション性の何か。天井があることと、独特な臭いから、ここが車内であることが窺えた。


 奴も隣に乗り込み、車は発車した。


 私は態勢を整えて、奴に掴みかかった。



「おい、一体これはなんなんだ、あぁん!? 答えてみろよこの無機質怪人!」


「……」



 すると、奴は私の腕をあっさりと引き離し、右腕に装着した機械からパーツを引き抜いた。瞬間、奴の表面が剥がれ、人の姿になった。奴がこちらを向いて言う。



「紹介がまだだったな。俺は…ガイアだ」


「ガイアぁ?」


「そうだ。お前はこれから、俺の側近として働いてもらう。拒否してもいいが、その場合、命の保証はできない」


「それ強制じゃねぇかよ」


「悪いか」


「『悪いか』じゃねぇよ! …そういや、組のみんなは? 私と一緒に助けたんじゃねぇのかよ?」


「………」


「いや、助けたのは君一人だよ。他の人達は、我々には不必要な人間だったものでね」



 ガイアの代わりに私の質問に答えたのは、運転席でハンドルを握っている中年の男性。その傍らには、金メッキ加工が施されたらしい一本の杖が置かれていた。



「お前は俺達の理想郷にいる資格があったが、他の者達にはそれが無かった。だから…切り捨てた」


「…停めろ」


「ん?」


「停めろっつってんだよ運転手! おいてめぇ、ガイアとかいったな、表へ出ろ」


「……」




 ◆




 まだ夜も明けていないこの頃。私はガイアを無理やり車から降ろして、そこからほど近い場所にあった公園を敵討ちの決闘場として選んだ。運転手の男性は、そんな様子を止めることもなく、ただついてくるだけだった。


 奴と向かい合って初めて知った。ガイアなる女は、私よりも身長が低かった。私は同年代と比べてかなり高い部類に入るが、それを計算に入れてもなお、奴は小さい。奴の実年齢こそ知らないが、幼女とまではいかなくとも小学生と言って差し支えないほどだ。



「いいか、お前が勝ったら、私はお前に従う。生涯の主従を誓ってもいい。その代わり私が勝ったら…わかってるよな?」


「ああ。煮るなり焼くなり好きにするといい」


「鷹の紋章が刻まれたこの赤いメダルが地面に落ちたら、スタートってことでいいね?」


「「ああ」」



 そばで、チーンとメダルが音を立てて宙に浮いた。



 しばしの静寂。

 集中し、まわりからあらゆる音が消えてゆくのを感じる。



 ハイディテールな鷹のメダルが、戦闘開始の鳴き声をあげた。



「みんなの(かたき)ィィィ!」



 私は右の拳を強く握り、奴に向かって駆け出した。

 微動だにしない奴の頬に私の拳がぶつかる。



 吹っ飛べ、天高く。



 奴は私のパンチをもろに受けて、一歩後ずさりした。



 しかし。



「…え?」



 気がつくと、私は宙を舞っていた。


 顎には鈍い痛み。


 仰け反った態勢。


 砂埃。



「かはっ!」



 口笛と拍手が聞こえてくる。



「イッツビューティフル。ガイア君の勝利、だね」


「ああ。なるべく傷つけたくなかったんだがな…」



 体格の差から、若干の気の緩みがあったのかもしれない。けれど、この強さは…普通じゃない。

 奴はゆっくりと歩み寄ってきて、大の字になって寝転がっている私に言った。



「お前は今日から、『Ms.アルテミス』、『大三日月流勿(おおみかづきるな)』だ」


「…わかったよ」



 私の、完敗だった。



「!」


「え?」



 突然、奴に腕を強く引っ張られ、私が奴に抱きつく形となった。奴は地を蹴り、素早く私ごとその場から離れた。激しい風が吹いて、砂埃が舞う。



「あー。ここにいたんですか、お嬢」



 砂煙の向こうから、聞き覚えのある声。



「その声…丈太郎か?」


「えぇ、そうですよ」



 しかし、砂煙が止んだ後に捉えた姿は、全く見覚えのないものだった。

 茶色く染まった肉体、複雑に隆起した筋肉、岩のような表面、そのどれもが、人間には持ち得ない特徴だった。



「ビルに火ィ点けたはいいものの、お嬢を見失っちまいやして…これじゃあ、オレの計画が進まないじゃねぇっすか」


「お前が…お前が、火事を起こしたのか」


「えぇ。親父さんを潰さないと、オレがこの『烏丸組(からすまぐみ)』の財産を継げないんすよ…親父さん、まだ寿命が来そうにないんでね…へっへっへ」


「そん…な…」


「あとは…後継者候補ナンバーワンのお嬢が死んでくれれば、全てうまくいく…」



 そう言って、丈太郎だったはずのモノが、その岩のような拳で殴りかかってきた。

 ショックで体が動かない私は、真正面からそれを見つめていた。



「何っ!?」


「え?」



 しかし…それが、私に当たることはなかった。

 奴の…ガイアの頼りなさそうな手が、それを受け止めていたからだ。

 奴はあのパンチを弾き、丈太郎だったモノを片手で押し退けた。



「こいつは俺の世界の住人だ。手荒な真似はよせ。…サンクスマン、流勿(るな)を連れて少しさがっていてくれないか」



 ………。



「オーケー。ここからは、君のステージ、だね」


「ああ」


「?」



 私が「サンクスマン」と呼ばれた男と一緒にすぐ近くの植え込みに避難したのを確認すると、彼女は右手の機械に向かって話し出した。



「ネプチューン、調整は終わっているか」


『ん? まだだけど、たぶん言われるだろうと思って、適当に仕上げといたぜ。今、転送すっから』



 ガイアの腕の機械の上に白い渦ができて、そこからさっき外していたパーツが現れた。

 ガイアはそれを左手で掴み、機械に装填した。



 “Creatstaring,gonna_act?(クリートスターリング、ゴナクト?)”



 機械から、電子音声が鳴り響く。



「天宙変身」



 “Got_it!___Orber_PROTO!(ガティット!オーバー・プロト!)”



 ガイアが、機械に装備されているレバーを横に動かした途端、再び電子音声が鳴り出し、濃いオレンジ色の光が奴を包んだ。


 そして…あの無機質な姿へと変身した。灰色と茶色を基調として、表面にはオレンジ色の光のラインが走っている。


 出来たばかりの星、原始惑星。


 これまで脳内に蓄積されたありったけの知識を総動員した結果、これが最も適した表現だと思う。


 丈太郎だったモノが、彼女に拳を突き出した。その岩石のような拳からは、白い光が漏れていた。彼女はそれをあっさりと掴んだ。



「流星の力…メテオキャラスター、といったところか」



 丈太郎だったモノ…メテオキャラスターが動揺している隙を狙い、空いている方の手で彼を突き飛ばした。



 “First_impact___MAGMA_OCEAN!(ファーストインパクト、マグマオーシャン!)”



「ふっ」


「ぐあぁぁぁっ!」



 彼女がレバー操作を一回行い、回し蹴りを食らわせた。すると、足が当たった部分から火が点いた。



「熱っ、熱い!」



 “Second_impact___ICE_AGE!(セカンドインパクト、アイスエイジ!)”



「つめ、冷たっ! うわぁぁぁぁっ!」



 彼女がレバー操作を二回行うと、彼女の足下から氷の膜が地面を這い、メテオキャラスターを包み込んだ。彼は全く身動きが取れないようだ。



 “Newest_impact!(ニューエストインパクト!)”

 “Got_it!___PROTO,over_bang!(ガティット!プロト、オーバー・バン!)”



 彼女がレバーに備わったボタンを押してレバー操作を一回行うと、今までとは系統の異なる電子音声が発声された。


 そして、彼女は氷の塊…もとい、凍ったメテオキャラスターに近づき…力のこもったアッパーカットを打った。


 氷が砕け、彼は宙へ舞った。



「ああああああああっ!」



 地面に激突した瞬間、彼の悲痛な叫びとともに爆炎が上がった。

 炎の中から、丈太郎がフラフラとした足どりで現れ、口からキラキラと光る粒子を空中に吐き出しながら倒れた。



 ガイアはそれを黙って眺めていたが、やがて彼女の全身に稲妻のような光が迸り、変身が解けた。



「…やはり未完成品か。出力不足が著しい」



 外れたパーツを見やり、彼女はつぶやいた。



「念のため、警察に通報はしておいたよ。立証はなかなか難しいだろうけどね」



 私と一緒にガイアのもとへ駆け寄ったサンクスマンが言った。



「…そうか」


「お前は…」



 声に気がついてその方を見ると、丈太郎がこちらを…正確にはガイアを睨みつけていた。



「お前は…お前は一体、何者なんだ…?」



 空に光が灯り、朝日がガイアの姿を照らしだした。




「俺は…ただの、百合の申し子だ」




 その言葉を聞くと、丈太郎は呆れたような顔をして気を失った。すると、ガイアが今度はこちらに振り返って、堂々と言い放った。



「改めて言う。…俺の名はガイア。流勿(るな)、お前が生きるべき地球は…こっちだ」


「………」


「だから…俺についてこい」



 背中に朝日を受けている彼女には、なにか、不思議な神々しさがあった。

どうも、壊れ始めたラジオです。


百合成分が少ない…。


それと、今回は造語と英語の組み合わせが非常に多いので、読み仮名をつけました。英単語のつづりとかも、もしかしたら間違っているかもしれません。


それでは。

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