第80基音:レベルの理由
修練場に漂う凄まじい熱気が少しずつ引いていく中、バトンは床に腰を下ろしたまま、感嘆の息を漏らした。
「……ふぅ。カノンの規格外の強さもさることながら、アルト、お前さんの力はもはや『強い』という次元を超えているな。武器を粉砕し、魔法を弾き飛ばし、最後は神業のようなセルフチューニングか……」
バトンは額の汗を拭い、真剣な眼差しでアルトを見上げた。
「なぁ、アルト。一つだけ聞かせてくれ。……それほどの領域に達していながら、なぜギルドの登録上、お前さんは『レベル1の調律師』のままなんだ? 正直、測定不能か特級レベルの力だぞ」
その問いに、アルトは落ち着いた丁寧なトーンで答えた。
「疑問に思われるのも無理はありません、バトン様。……実は、かつての僕自身には、心身ともに深い『ノイズ(不協和音)』が混じっていたんです」
「ノイズ……?」
「ええ。自分自身の魔導脈や精神の波長が乱れ、本来の力が完全に抑制された状態……いわば、不器用で何もできない状態でした。その状態でギルドの適性測定を受けたため、当時の判定がそのまま『レベル1』として残っていたんです」
アルトは静かに当時を振り返るように目を細めた。
「ですが……命の危機、まさに死の淵に立たされたあの瞬間、僕は初めて『自分自身の音(波長)』を聴くことができました。そして自らを深く調律したことでノイズが綺麗に消え去り、本来の能力が覚醒したんです」
「死の淵で自らを調律し、覚醒した……ということか」
「はい。そして……覚醒した僕の傍らに寄り添い、力をともに高め合ってくれているのがカノンなんです。彼女は古代において、世界に平和をもたらす力と、同時に滅びをもたらす力の両方を秘めた伝説の『天翼種』の生き残りです」
「なっ……平和と破滅の力を持つ、天翼種……!?」
バトンが目を見開く中、アルトはカノンを見つめながら、静かに、しかし胸の奥に強い怒りを込めて言葉を続けた。
「……ですがカノンは過去、『不協和音の影』の手によって苛烈な実験体とされ、その心を『4つのコア』に分割されて封印されてしまったんです。今のカノンは本来の力のほんの一部……僕の調律によって繋ぎ止めている状態に過ぎません」
アルトの言葉を受け、カノンも紫の瞳に静かな信頼を宿し、アルトの衣服の裾をそっと握りしめた。
「私の残された心と力は、すべてアルト様のためにあります。アルト様がいてくださるからこそ、私はこうして自分を保っていられるのです」
「そうだったのか……。『不協和音の影』め、そんなむごいことまで……」
バトンは拳を固く握りしめ、カノンの背後に見えた神聖な四対の光翼の圧倒的な美しさと儚さに合点がいったように頷いた。
アルトは気を取り直すように、バトンへ向けて自らの固有職である『調律師』の能力について解説を足した。
「そもそも『調律師』の能力の本質とは、万物が固有に持つ『波長(周波数)』を精密に解析することにあります」
「万物の波長、だと……?」
「はい。物質、魔力、魔法の構造、ひいては生物の身体機能に至るまで、この世界に存在するあらゆるものには固有の波長が存在します。僕の『調律』は、その解析した波長を極限まで増幅させるか、あるいは完全に噛み合わせをズラして解体・初期化することができるんです」
バトンはゴクリと生唾を飲み込んだ。アルトの説明により、先ほど修練場で目の当たりにした理不尽な現象の理由が完璧に繋がったのだ。
「なるほど……。大剣や魔法を指パッチンひとつで壊したのも、その波長を解析して構造そのものを『解体』したからか。そして最後の爆発的な動きは、自分自身の身体の波長を最高効率まで『増幅』した、ということだな……」
「ご理解が早くて助かります、バトン様。僕にとっては、壊れた調度品を修理したり、音を整えたりする作業の延長に過ぎないのですが」
「それを戦闘で無自覚にこなしているのが恐ろしいんだよ……!」
バトンは苦笑しながら立ち上がると、ポンと大きく手を叩いた。
「よし、理由も事情も理解した! レベル1というのは単なる過去の記録に過ぎん。君たちの真の力、カノンの過去、そして『不協和音の影』を追う理由……しかと受け止めたぞ」
バトンはギルドマスター室へ戻るよう二人を促し、その表情をギルドの統率者としての鋭いものへと戻した。
「さて……これで準備は整った。君たちの本物の実力と覚悟を見せてもらった以上、俺からも各地で起きている『不協和音の影』の最新情勢と……君たちに託したい『重大な調査依頼』について、全て話すとしよう」




