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第79基音:地下修練場の旋律

ギルドの最下層に位置する地下修練場。重厚な防音壁と魔導結界に囲まれたその広大な空間には、しんと静まり返った緊張感が漂っていた。

バトンは中央に立ち、巨大な両手剣を引き抜いて肩に担いだ。

「ここではどんな技を使おうと、外部に音も衝撃も漏れん。手加減は不要だ。……いくぞ!」

ギルドマスター自らが放つ圧倒的な威圧感。バトンが地を蹴り、巨体からは想像もつかない速さで手始めの一撃を繰り出した。

だが――アルトは一歩退き、穏やかな眼差しでその光景を見守る。

「カノン、お願いできるかい?」

「はい、アルト様。……アルト様の手を煩わせるまでもございません」

カノンが静かに一歩前へ出た。紫の瞳が澄んだ光を宿し、彼女が意思を込めた瞬間――背後から純白の光で織られた神紡ぎの羽が四対、幾重にも美しく展開された。

「なっ……四対の光の翼……!?」

バトンが目を見開いたその刹那、カノンの姿が視界から消えた。

次の瞬間、バトンの頭上から苛烈な紫電の圧迫感が降り注ぐ。カノンの周囲に展開されたのは、超高密度の雷撃領域――『プラズマ・フィールド』。触れるものすべてを蒸発させる電撃の結界が、修練場全体を激しく揺らした。

バトンは両手剣で必死に防御姿勢をとるが、その重厚な魔力障壁すらプラズマの猛威にメリメリと削られていく。

さらにカノンは流麗な動作で仕込み刀を抜刀。四対の光翼による超高密度の高速移動と組み合わさった刃線は、もはやバトンの動体視力を完全に置き去りにしていた。

キィン! ギン! ギンッ!

「ぐ……っ……なんて速さだ……! 手も足も出ん……!」

斬撃の風圧だけでバトンの巨体が揺らぎ、両手剣はあちこちを削られ、首元にはすでに仕込み刀の冷たい刃が寸止めで突きつけられていた。

「……私の勝ちです、バトン様。アルト様の手を動かすまでもなく、私一人で十分です」

カノンは静かに仕込み刀を収めると、四対の光翼をすっと消し込んだ。

「ハハハ……! 参った、完敗だ! まさかこれほどの戦力とはな……!」

バトンは冷や汗を拭いながら大笑いしたが、すぐに鋭い眼光を取り戻し、予備の大剣を引き抜いて再び構え直した。

「……だが、カノンの強さはよく分かった。ならば、その彼女がこれほどまでに絶対の信頼を寄せる『アルト』――お前さんの真価も、見せてもらうぞ!」

バトンの全身から、ギルドマスターにふさわしい重厚で狂いのない闘気が爆発的に膨れ上がる。そのままの勢いで、大剣をアルトへと振り下ろした。

しかし、アルトは武器すら構えず、静かに佇んだままだ。

迫り来る刃を前に、アルトはただ静かに右手の指を鳴らした。

――パチン。

澄んだ音が修練場に響いた瞬間、バトンが手にしていた頑丈な大剣が、まるで最初から存在していなかったかのように『チリチリ』と粒子となって粉々に砕け散った。

「なっ……!? 剣が……砕けた……!?」

バトンは目を見開いたが、長年の戦場での直感で即座に追撃へ移行する。素手になった手を掲げ、持ち得る全魔力を練り上げた極大の撃滅魔法をゼロ距離から放った。

「ならば、これでどうだッ――!!」

荒れ狂う魔力の濁流。だが、アルトは表情ひとつ変えず、再び指を鳴らす。

――パチン。

――ドォン……!!

バトンの解き放った強力な魔法が、アルトの数センチ手前で空中の不協和音ごと弾け飛び、瞬時に無数の光の塵となって消滅した。

「ば、バカな……!? 魔法まで弾け飛んだだと……!?」

自身の誇る威力が何も届かず、跡形もなく解体される恐怖。バトンが困惑し、その場に固まったその一瞬――。

「――『最適化(セルフチューニング)』完了です」

アルトの静かで穏やかな声。

次の瞬間、アルトの纏う雰囲気が一変した。自らの魔導脈・神経・筋繊維の波長を極限まで完璧に調律(セルフチューニング)したアルトの動きは、もはや次元が違っていた。

大気が爆ぜる音とともに、アルトの姿が消える。

「――っ!?」

バトンが反応する間すら与えられなかった。

直後、修練場全体を揺らすほどの凄まじい衝撃波とともに、アルトの手刀がバトンの首元から一ミリの狂いもなく『寸止め』されていた。

アルトの放った一撃の風圧だけで、バトンの背後の防音壁に巨大な亀裂が走り、重厚な魔導結界がメリメリと音を立てて歪む。

「……勝負あり、ですね。バトン様」

アルトは静かに手刀を下げ、何事もなかったかのように柔らかな笑みを浮かべた。自らの身体能力を完璧に調律したその佇まいは、恐ろしいほどの洗練と美しさを纏っている。

「……あ、あぁ……」

冷や汗を全身から噴き出し、バトンはその場に力なく膝をついた。武器の解体、魔法の無効化、そして人間を超越した凄まじい身体能力。

「ハ……ハハハハ……!! 完敗だ……! 完全に俺の負けだ……! 武器も魔法もあっけなく弾け飛ばされ、最後は一瞬で首を持っていかれるとはな……!」

バトンは降参するように首を振ると、アルトとカノンへ深い敬意を込めた視線を向けた。

「認めるよ、アルト、カノン。君たちの力は間違いなく本物……いや、規格外だ。『不協和音の影』という恐ろしい脅威に対抗できるのは、世界で君たちしかいない」

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