第76基音:地上への帰還
『原初の調律具』を手にし、覚醒した『原初魔力』の制御を確立した俺とカノンは、長く過ごしたダンジョン最深部・古代の聖域を後にした。
手に握った音叉状の『原初の調律具』を通じて波長を読み取れば、かつては過酷な死地でしかなかったダンジョンの不快な不協和音も、今やどこにトラップがあり、どこに魔物が蠢いているかが楽譜のように手に取るように解る。
「アルト様、前方より深層種の大蛇が群れをなして接近してきます。……私が吹き飛ばしましょうか?」
カノンが背中の光翼を輝かせ、即座に戦闘態勢をとる。
「いや、カノン。俺たちの今の連携と調律の精度を確かめさせてくれ」
俺は進み出て、押し寄せる巨獣たちの暴虐な魔力波長に意識を向けた。
調律具で増幅された視界の中に、狂暴化の根源にある不協和音の結び目を捕らえ――右手で静かに指を鳴らす。
パチンッ……!
乾いた高音が洞窟内に響き渡った瞬間、ハイドラたちが放っていた極大のブレスと肉体そのものの魔力構造が一瞬で解体され、ただの澄んだ魔力素粒子へと霧散した。
「ギ……ッ!?」
困惑する大蛇たちに対し、俺は調律具をかざしながらさらにもう一回、優しく波長を流し込む。
パチンッ……
正調の波長で満たされたハイドラたちは暴虐さを完全に失い、まるで子犬のように大人しくなると、俺たちに道を譲るように深層の闇へと撤退していった。
「指を一回鳴らすだけで敵の大魔法や構造を解体し……二回目で精神の歪みまで調律してしまうなんて……っ! あぁ、アルト様……! 本当に底が知れないお方です……ッ!」
カノンは胸を激しく上下させ、恍惚とした表情で俺が握る『原初の調律具』を見つめてくる。
「よし。俺の『自己調律』による全快性能と『不協和音解体』、そしてカノンが2つのコアを取り戻したことで跳ね上がった魔力出力……これなら地上で何が起きても十分に対応できるな」
「はいっ! 私の魔力も心も、すべてアルト様の調律に委ねられておりますから!」
不協和音を解体しながらダンジョンを逆走すること数時間。
重く閉ざされていた地上への大門を『調律』で容易く開錠し、俺たちはついに太陽の光が降り注ぐ地上へと足を踏み出した。
眩しい陽光の下で、カノンの美しい金髪と四対の光翼が神々しく輝く。
「地上……。アルト様と見る世界は、こんなにも美しかったのですね……」
感動に震えるカノンの手を取ると、手に握った調律具が『キィン』と微かに共鳴し、空間の波長を捉えて揺れた。
「……まずは無事に生還できた。だが、浮かれてばかりもいられないな」
「はい。遺跡で判明した、私を陥れ世界に不協和音を撒き散らす組織――『不協和音の影』の存在……そして、ダンジョン最深部で起きた事を、まずは冒険者ギルドへ報告し、情報を共有しなければなりません」
「あぁ。3つ目のコアの探索に向かう前に、足元をしっかり固めておこう」
追放された無能な雑用係はもういない。
俺とカノンは互いの成長と戦力を確かめ合い、次なる一手のために、フォルテの冒険者ギルドの街へと足を向けたのだった。




