第75基音:原初の調律具
シュゥゥゥゥ……
巨兵が解体され、綺麗な光の粒子となって聖域の空気に溶け込んでいく。
不快なノイズが完全に途絶え、澄み切った和音だけが満ちる祭壇の中央。そこに、金色の柔らかな光を放ちながら静かに滞空する一本の音叉――『原初の調律具』が浮かんでいた。
「これが……古代の調律師が遺した器……」
俺が一歩踏み出すと、音叉は呼応するようにキィィィンと清らかな高音を響かせ、引き寄せられるように俺の手元へと滑り込んできた。
冷たい金属の感触を予想していたが、手のひらに触れた瞬間、じんわりと温かい波動が身体の奥底まで染み込んでくる。
(これは……俺の覚醒した『原初魔力』と、完全に同調している……?)
『――正調の継承者よ』
頭の中に、先ほどの古代調律師の厳かな声が再び直接響く。
『汝が手にしたるは、万物の波長を可視化し、干渉の精度を極限まで引き上げる導きの手。それを用い、世界に蔓延る不協和音を正し……囚われし天翼の魂に、真の救済をもたらすべし――』
言葉が終わると同時に、音叉から溢れ出た眩い金色の光が俺の右手へと吸い込まれ、手甲のような繊細な魔導装飾へと姿を変えて定着した。
「アルト様……ッ! 手甲から溢れる波長が……空間そのものの歪みを優しく書き換えていきます……!」
カノンが両手を胸の前で組み、うっとりとその光を見つめている。
俺はそっと右手を握り込み、新しく馴染んだ感覚を確かめた。
これまでは己の身体を触媒にして音波を放っていたが、この調律具のおかげで、周囲の波長の「歪み」や「結び目」がまるで楽譜の記号のように明確に認識できる。
指一本鳴らすだけで、より省効率で、より圧倒的な『解体』と『調律』が可能になったのがはっきりと分かった。
「すごいな……これなら、カノンの残りのコアの波長も、遠く離れた場所から探知できるかもしれない」
「私の……コアの波長を……!?」
「あぁ。カノンの心を取り戻すための指針が手に入ったようなもんだ。……よし」
俺はカノンの元へ歩み寄り、その小さく華奢な手をしっかりと握り締めた。
「遺跡の調査も、能力の覚醒もこれで完了だ。地上へ戻って、まずはカノンの残りのコアを探す準備をしよう。追放された時はどうなるかと思ったけど……お前と出会えて、本当に良かった」
「あ……アルト様ぁ……ッ!!」
俺の言葉に限界を迎えたカノンが、ボロボロと嬉し涙をこぼしながら全身で抱きついてきた。
「私も……私の方こそです……ッ! アルト様に拾われ、調律され、心を与えられたこの命……! 生涯をかけて、アルト様のすべてをお支えいたします……ッ!」
背中の四対の光翼がパッと咲き誇るように広がり、聖域全体を眩い希望の旋律で満たしていく。
こうして俺たちは、古代調律師の遺産と真の力を手に入れ、新たな旅立ちのために深層の聖域を後にするのだった。




