第73基音:不協和音の巨兵
ズズズズズズ……ッ!!
聖域の静寂を暴力的に叩き割る地響き。古代の祭壇を破壊しながら姿を現したのは、全長十メートルを超える巨大な結晶の重装巨兵だった。
だが、その神々しいはずの白い結晶の体内には、狂暴な黒紫色の『不協和音』が毒のように蠢き、不快な怪音を周囲に撒き散らしている。
『ギ……ギギギ……不協和音ヲ侵ス者……排除……破棄……ッ!』
巨兵が掲げた大剣から、空間を歪めるほどの濁った振動波が解き放たれる。
「アルト様、危ないっ!」
カノンが一瞬で前に飛び出し、四対の光翼を激しく打ち振るった。
ドッカァァァァンッ!!
カノンの放った絶対的な壊滅の光弾が巨兵の振動波を正面から粉砕し、洞窟の壁面に深い穿孔を穿つ。取り戻した二つのコアにより、その魔力と感情の出力は以前よりも遥かに力強く、そして洗練されていた。
「アルト様を汚す不快な不協和音……ッ! 私が跡形もなく消し飛ばして――」
激昂して二撃目を叩き込もうとするカノンに対し、俺はすっとその前に立ち、彼女の華奢な肩を優しく制した。
「待ってくれ、カノン。……あの巨兵を見てくれ」
「え……?」
俺の指し示す先。カノンの攻撃を受けてヒビの入った巨兵の胸奥で、黒紫色のノイズに塗れながらも、小さな澄んだ波長が「助けて」と訴えるように儚く明滅していた。
「あれは単なる敵じゃない。かつて遺跡を守っていた調律機構が、カノンたちを実験体にした悪意に侵されて暴走させられているんだ。……ただ破壊するんじゃ、あの連中の理不尽に屈するのと同じだろ?」
俺の言葉に、カノンは黄金色の瞳を大きく見開いた。
「アルト様……」
「俺の新しい調律は、己を整えるだけじゃない。……対象の波長を完全に同調させて、ノイズだけを綺麗に切り離す」
俺は痛む体を前に進め、両手をそっと構えた。
覚醒した俺の耳には、巨兵の巨体に充満する暴虐な不協和音と、その奥で泣いている原初の旋律が、はっきりと聴き分けられていた。
「カノン、俺に力を貸してくれるか? お前の放つ圧倒的な高出力の魔力……それを俺が完璧に『調律』して、あの巨兵をノイズから解放する」
「……っ! はい……! はいッ、アルト様!!」
カノンの表情が、歓喜と絶対の信頼に打ち震える。
「私の力も、心も、魂の揺らぎも……そのすべてをアルト様に委ねます! どうぞ、私を好きに調律なさってくださいませ……ッ!」
カノンが背後から俺の身体を優しく抱きしめ、二つのコアを取り戻した純粋で強大な光の魔力を、俺の背中を通じて怒涛のように注ぎ込んできた。
狂おしいほどの愛の波長と、覚醒した俺の澄み切った『調律師の原初魔力』が胸の中でひとつに溶け合っていく。
『ギギ……滅……絶……ッ!』
巨兵が残された力を振り絞り、黒紫色の不協和音を纏わせた大剣を俺たちの頭上から振り下ろす。
「――正調へ、還れ」
俺は集中し、静かに指を鳴らした。
パチンッ……!




