第72基音:天翼種と調律師――奪われた心
キィィィィン……
石碑から解き放たれた金色の光がより密度を増し、円形広場全体に古代の記憶を立体的な幻影として映し出していく。
そこに描かれていたのは、天を覆い尽くすほどの黒い不協和音と、狂暴化した世界を鎮めようと奮闘する一人の古代調律師の姿だった。
そして、その調律師のすぐ傍らで――四対の眩い光翼をはためかせ、猛烈な力で世界を守っていたのは、カノンの姿に酷似した神々しい『天翼種』と呼ばれる絶対存在だった。
『――かつて世界が終焉の旋律に包まれた折、天翼は調律師とともに世界を安寧へと導く「真の守護者」であった』
しかし、映像は唐突に禍々しい紫黒の光に染まる。
『されど後世、世界の不協和音を操る謎の組織の手により、捕らえられた天翼種への凄惨なる魔導兵器化実験が敢行された』
映し出されたのは、痛々しい束縛器に繋がれ、激しい不協和音のノイズを浴びせられるカノン――そして、彼女と同型の天翼種たちの姿。
「なっ……何だ、これは……!?」
俺の怒りの声と重なるように、記録の音声が淡々と残酷な事実を紡ぐ。
『組織は「兵器に意思や心は不要」とし、彼女達の魂と感情を完全に破壊しようと試みた。……されど、天翼種の魂の強靭さはノイズの暴虐をも超越し、ついに破壊することは叶わなかった』
『壊し切れぬ心を持て余した組織は、彼女達の「感情の核」を4つのコアへと物理的に破断・封印し、世界各地の深淵へと固く撒き散らした――』
映像が消え、静寂が訪れる。
カノンは胸元を震える手で強く抱きかかえながら、どこか愛おしそうに己の心音に耳を澄ませていた。
「私……私はずっと、自分をただの破壊兵器だと思っていました……。フォルテシモに『3号体』と呼ばれ、心を削り取られ、絶望の暗闇の中にいた私に……届いてくれたのは、アルト様の澄み切った音波だけだった……」
カノンは縋るように俺の服の裾を掴み、黄金色の瞳を潤ませる。
「アルト様が……私と一緒に2つのコアを取り戻してくださったおかげで、こうして泣くことも、愛おしいと感じる心も取り戻せました。でも……まだ私は半分、不完全な兵器のままです……っ」
「不完全なんかじゃないさ」
俺はカノンの手を取り、逃がさないよう強く握りしめた。
「2つのコアを取り戻すたび、カノンが少しずつ人間らしく笑ったり、感情を爆発させてくれるのが俺は本当に嬉しいんだ。残りの2つのコアも、俺が絶対に全部見つけ出して調律してみせる。カノンの全部を、俺に預けてくれ」
「あ……あぅ……ッ! アルト様ぁぁぁーッ!!」
感情を溢れさせ、俺の胸へ激しく飛び込んでくるカノン。取り戻した感情の核が胸の奥で温かく躍動し、彼女の激重な愛と絆が、かつてないほど強く固く結ばれていく。
その感動の余韻を切り裂くように――。
ズズズズズズ……ッ!
祭壇の奥底から、かつてカノンたちを兵器に変えようとした不協和音の残滓と、それに汚染された『ノイズの巨兵』が地響きとともに姿を現した。




