第7基音:小さな感謝
冒険者ギルドで『調律の調べ』の登録を終えた俺とカノンは、まずは街の様子見も兼ねてギルドの建物を出た。
「ふふ……Fランクの銅プレート、アルト様とお揃いですね」
漆黒のロングヘアーを海風に揺らしながら、カノンが愛おしそうに胸元のプレートを撫でている。
漆黒と純白の【星紡ぎのドレス】に身を包んだ彼女の姿は、通り過ぎる誰もが思わず足を止めて見惚れるほど幻想的だ。本人は俺の隣を歩くこと以外、一切視界に入っていないようだが。
「まあ、Fランクからの出直しだけど、地道に頑張ろうか。……ん? あそこ、何か騒がしいな」
ギルド前の大通りから少し外れた、港へ続く門の近く。
交易商人たちの馬車が行き交う一角で、人集りができていた。
「困ったぞ……! この荷物は今日の夕方までに納品しなきゃならないのに、こんなところで動かなくなるなんて!」
頭を抱えているのは、身なりの良い中年商人だ。
彼の目の前には、大型の貨物を積んだ『魔導馬車』が停まっている。だが、その動力部である魔導機関からは『キーッ! ギギギ……』と耳を裂くような不快なノイズが響き、モクモクと黒い煙が上がっていた。
「商人さん、どうしたんですか?」
「あ、冒険者さん……! 見ての通り、馬車の魔導機関がイカれちまったんだ。アコードから長距離を走らせてきたせいか、魔力を送っても歯車が噛み合わず暴走しかけててね。街の専門技師を呼ぶにも時間がかかるし、このままだと納品に遅れて大損害だ……」
俺は困り果てた商人の横を通り、煙を吹く魔導機関へ近づいてそっと耳を澄ませた。
(なるほど……。魔導石から流れる魔力の波長と、動力を伝達する魔導歯車の固有振動数が完全にズレてるな。長距離移動でメンテナンスを怠ったせいで波長が歪んで、金属が焼き付く手前だ)
要するに、ただの極度なメンテナンス不足だ。
「これ、動かない原因は波長のズレですね。すぐ直せますよ」
「え? 直せるって……君、魔導エンジニアの国家資格でも持ってるのかい!?」
「いえ、さっき登録したばかりのFランク雑用調律師ですけど」
俺はさらりと言い放つと、ノイズを撒き散らす魔導機関へそっと手をかざした。
乱れ切った波長を捉え、基準音へ意識を同調させる。
「ちょっとチューニングしますね」
パチン――!
澄み切った指鳴らしの音が響いた、その瞬間。
フォォォォン……ッ!
黒煙が一瞬で消え去り、耳障りなノイズが嘘のように止んだ。
魔導機関はまるで新品どころか、工場出荷時以上の滑らかで静音な回転音(音色)を奏で始め、馬車全体が綺麗な青い魔力の光に包まれた。
「な……ッ!? 煙が消えて、駆動音が完全に消えた……!?」
商人は目玉が飛び出さんばかりに驚愕し、魔導機関にへばりついた。
「バ、バカな……! これは旧式の魔導馬車だぞ!? 最新型の最高級馬車でもこんな静かな駆動音は出ない! 一体どんな超高等魔法を使ったんだ!?」
「え? いや、波長を正調に戻して摩擦のノイズを無くしただけですよ? ほら、スムーズに動くようになったでしょ」
「あ、圧倒的じゃないか……! 助かった、本当に助かったよ!!」
感涙にむせぶ商人は、大急ぎで自分の革財布から手持ちのコインを取り出した。
「これ、今持ち合わせている全額なんだが……金貨二枚と銀貨数枚だ。受け取ってくれ! ……失礼、君たちは何者なんだい?」
「俺たちは『調律の調べ』っていう駆け出しの冒険者パーティです。俺がアルトで、こっちが相棒のカノンです」
俺が名乗ると、商人は懐から紋章の刻まれた1枚の木札を取り出し、俺の手に握らせた。
「『調律の調べ』のアルト君にカノンさんだな! 私はマルコ商会の代表をやっているマルコだ。今日はこれから納品で大忙しだが、もし『カデンツァ』の我が商会に寄ることがあれば、ぜひ立ち寄ってくれ! 盛大にもてなさぜてもらうよ!」
「あ、ありがとうございます!」
馬車を急がせて去っていく商人マルコを見送りながら、俺は金貨と案内状をポケットに収めた。
「ふふ、さすがは私のアルト様です。手際も見事でしたね」
カノンが深紫の瞳を細め、嬉しそうに寄り添ってくる。
「指パッチン一回で金貨二枚と商会のツテはありがたいな。よし、まずはこのお金でハーモニアでの宿を探そうか」
「はい、アルト様! 二人っきりの愛の巣ですね……っ!」
「普通の宿屋を探すんだよ!?」
こうして俺とカノンは、ハーモニアでの最初のトラブルをあっさりと解決し、幸先の良いスタートを切ったのだった。




