第6基音:『調律の調べ』
地方最大の大都市『アコード』の門を出てから数日。
街道を旅した俺たちの目の前に、白い石造りの城壁と、いくつもの風車が聳え立つ街が見えてきた。
交易都市『ハーモニア』。
大都市アコードほど巨大ではないが、さまざまな国から商人や旅人が集まり、珍しい道具や食材が流通する活気あふれる港町だ。アコードでのごたごたを離れ、新しい生活を始めるにはピッタリの場所だった。
「わあ……海風が気持ちいい街ですね、アルト様」
「ああ、アコードみたいな大都市の忙しない空気と違って、いい雰囲気だ。……よし、まずはギルドに行って冒険者証の再発行と、パーティ登録をしてこようか」
「アルト様と……パ、パーティを……っ!? あぁ、それはつまり、魂を分かち合う夫婦の契約ということですね……!」
「いや、ただの冒険者パーティだけどね!? 婚姻届じゃないから落ち着いて!?」
相変わらず思考が極端なカノンになんとかツッコミを入れつつ、俺たちはハーモニアの冒険者ギルドへと向かった。
◇
ギルドの扉をくぐると、磯の香りと活気に満ちた熱気が俺たちを出迎えた。
カウンターへ向かうと、柔らかな笑顔を浮かべた女性職員が対応してくれる。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド・ハーモニア支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者証の再発行と、この子の新規登録。それからパーティの結成をお願いしたくて」
俺が言うと、受付嬢は書類にペンを走らせながら手際よく手続きを進めていく。
「承知いたしました。では、アルト様の旧登録データを照会しますね……」
水晶球に手をかざした受付嬢が、ふと手を止めた。表示されたデータを見た彼女の目が、丸く見開かれる。
「えっ……!? アルト様、元Sランクパーティー『銀翼』の所属だったんですか……!? あの、もしかして……追放、されたのでしょうか……?」
受付嬢の声には、隠しきれない困惑と哀れみの色が混ざっていた。
無理もない。Sランクパーティーから追い出され、見知らぬ港町でイチから再スタートなど、落ちぶれた冒険者の典型に見えるのだろう。
「まあ、雑用係でしたしね。方向性の違いってやつです」
俺が苦笑いしながら答えると、隣にいたカノンがバッと前へ躍り出た。深紫の瞳に静かな、しかし恐ろしいほどの怒りの炎を宿している。
「失礼な。アルト様が追放されたのではありません。あのような波長の狂った愚か者どもを、アルト様が棄てて下さったのです。アルト様の真の価値も理解できない愚者など、いずれ自滅するのみ……!」
「カノンカノン、落ち着いて! ギルドで物騒なこと言わないの!」
慌ててカノンの肩を叩いて宥めると、受付嬢はひきつった笑みを浮かべつつ、コホンと咳払いをした。
「あ、はは……事情はお察しいたします。気を取り直して、新規登録とパーティ結成を進めましょうね。……まず冒険者ランクについてですが、再登録のアルト様も、新規のカノン様も、まずは一番下の【Fランク】からのスタートとなります」
受付嬢は手元から二枚の鈍い光を放つ金属板を取り出した。最下級の身分証、『銅プレート』だ。
「冒険者ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、そしてSまで存在します。ランクアップの条件はシンプルで、ギルドから発注される依頼を規定数達成すること、そしてランク昇格試験を突破することです。Fランクのうちは、街の雑用や素材採取などの安全な依頼がメインとなりますね」
「なるほど、地道に実績を積んでいけばいいわけですね」
「はい! そして、お二人が組むパーティのお名前ですが……どうされますか?」
受付嬢に尋ねられ、俺は腕を組んだ。
パーティ名、か。
「カノン、何か希望はあるか?」
「アルト様が決めてくださる名であれば、私は何でも……! アルト様のお名前を冠した『アルト様親衛隊』でも『アルト様絶対遵守軍』でも……!」
「それパーティ名っていうか宗教団体になってない!?」
頭を抱えつつ、俺は自分の胸の奥に響く波長に意識を向けた。
俺の力は『調律』。世界や万物の狂った音を正し、美しい響きを取り戻すこと。そして今、隣には俺の奏でる音に寄り添ってくれる最高の一人がいる。
「……『調律の調べ』。これにしようと思うんだけど、どうだ?」
カノンは胸の前で両手をギュッと握りしめ、うっとりと頬を染めた。
「『調律の調べ』……! あぁ、素晴らしいです……! アルト様が奏でる世界の音に、私がどこまでもお供いたします……っ!」
「よし、決まりだな」
受付嬢は微笑ましく二人を見つめながら、書類に最後の判を押した。
「はい! パーティ『調律の調べ』、登録完了いたしました。お二人にはこちらの『銅プレート』をお渡ししますね」
手渡された二枚の銅プレート。
カノンは自分のプレートをまるで国宝でも扱うかのように両手で捧げ持ち、愛おしそうに胸に抱きしめた。
「私とアルト様の絆の証……一生の宝物にいたします……っ」
「いや、ただの最下級の身分証だから大事にポケットにしまっとくだけにしてね。……さて、最下級のFランクから再スタートだけど、さっそく何か仕事でも探しに行こうか」
こうして俺とカノンは正式にパーティを組み、ハーモニアでの新しい冒険の第一歩を踏み出したのだった。




