第69基音:歓喜の重愛
ドガァァァァァァンッ!!!!
最深部の天井が凄まじい爆音とともに粉砕され、大量の岩塩と崩落の土煙が舞い散る。
その破壊の中心から飛び出してきたのは、四対の美しい光翼を荒々しくはためかせ、目から輝くばかりの殺気を放つカノンだった。
「アルト様ァァァッ!? ご無事ですかッ!? この私を置いてどこへ――」
必死の形相で着地したカノンだったが、俺の姿を視界に捉えた瞬間、その動きがピタリと止まった。
黄金色の瞳が大きく見開かれ、背中の光翼がパッと緊張に揺れる。
「……あ……アルト、様……? そのお体……!」
「待たせてごめん、カノン。……ちょっと手酷い目に遭っちゃってさ」
壁に打ちつけられた衝撃で破れた服、全身に刻まれた裂傷と血の跡。痛む体に苦笑いを浮かべながら声をかける俺に対し、カノンは呆然としたように数歩近づき、じっと俺の全身と……その内に流れる『音』を見つめてきた。
「……血が……アルト様が……!……それになのです……アルト様の……『波長』が……まったく別物のようになっておられます……」
カノンの核心を突く言葉。俺の音を誰よりも深く愛し、いつでも隣で聞き続けてきた彼女だからこそ、俺の負った手負いの状態と、その奥から溢れ出す波長の変化を一瞬で察知したのだ。
以前の俺の波長は、表面上こそ静かだったものの、身体の奥底に常に小さくくすぶる雑音を含んでいた。だが今の俺からは、傷だらけの肉体とは対照的に、一切の不協和音が消え去り、澄み渡るような絶対的な正調の旋律が静かに溢れ出している。
「気づいたか。実はな――」
俺は痛む肩を抱えながら、転移トラップでこの『無音の部屋』に飛ばされてからの出来事を一つずつ話した。
深層の化け物である連頭蛇とゴーレムに同時に襲われ、この部屋のギミックで外部への調律(音波)が完全に遮断されたこと。
回避も防壁も間に合わず重傷を負い、死の直前に自分の内なる心音と魔力回路の不協和音に耳を澄ませ、生まれて初めて自分自身を『自己調律』したこと。
「死に直面して必死に自分自身のノイズを調律したら、身体の奥に詰まっていた魔力と本来の能力が一気に解き放たれてさ。ただ音を外にぶつけるだけじゃなく、対象の波長を完全に同調させて解体する……調律師としての『本当の力』に目覚めたんだ。ステータスが『LV1』だったのも、ノイズのせいでギルドの判定が狂ってただけだったみたいだな」
俺が話を終えると、カノンは固まったまま、わなわなと肩を震わせ始めた。
「……そんな……私が一瞬離れた隙に……アルト様が絶体絶命の死線に立たされ……こんなにも酷いお怪我を……ッ!」
「カノン?」
「私が……私が不甲斐ないばかりにアルト様に死の恐怖を味わわせ、尊いお体に血を流させて……あぁ、許せません……! 私をアルト様から引き離したこのトラップも、アルト様を傷つけた魔物の残滓も、このダンジョンそのものも……世界ごとすべて消滅させてあげますわぁぁぁッ!!」
「落ち着いてカノン! 魔物はもう俺が粉砕したし、命に別状はないから!」
激昂して四対の光翼から壊滅的な魔力を撒き散らし始めたカノンを、俺は慌てて引き留め、その華奢な身体を正面からしっかりと抱きしめた。
「アルト……様……? ダメです、お怪我をされているのに……!」
痛々しそうに俺の傷口へ触れようとするカノンの手に、俺はそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫だカノン。……調律の応用は、解体だけじゃない」
俺は呼吸を整え、己の肉体――乱れた細胞と傷ついた組織の波長へ意識を集中させ、軽く指を鳴らした。
パチンッ……
身体の内側から溢れ出す、どこまでも透き通った澄んだ音波。
不調和を起こしていた肉体の破綻が、正調の旋律に導かれるように一瞬で整えられていく。
数秒前まで血を流していた裂傷が、見る見るうちに塞がり、痕すら残さず綺麗に完治した。
「な……ッ!? アルト様、お傷が……!?」
「自分自身の波長を正調にチューニングすれば、肉体の再生力も跳ね上がる。……これが俺の、新しい調律の力だ」
胸の中で鼓動を速めるカノン。俺の覚醒した澄んだ波長と体温が直接肌から伝わると、彼女の殺気は一瞬で霧散し、涙ぐんだ甘い表情へと変わっていった。
「うあぅ……アルト様……本当になんて力強く、そして美しく澄み切った音……っ。傷すら一瞬で調律してしまうなんて……私、もうダメです……ッ」
カノンは首元に顔を埋め、宝物に狂乱するようにギュッと愛おしそうに身を寄せてくる。
「死を乗り越えて覚醒されたアルト様も最高に格好良くて愛おしいです……! ですが二度と私の視界から消えないよう、次はアルト様と私の身体を不可逆の概念束縛で永遠に繋ぎ止めてしまいますから……ふふ、ふふふ……」
「その束縛はちょっと怖すぎるから勘弁してくれ……」
「ぷしゅ〜(安堵したようにカノンの頭の上で脱力するパルス)」
耳元で囁かれる甘く重すぎる愛の誓いを受け止めながら、俺は本来の力を取り戻した手でカノンの背中を優しく撫でた。
「さて……『無音の部屋』の壁と天井が破れたことで、さらに下の階層への道が開いたみたいだ。フォルテのギルドも未踏の深層があるなんて聞いてないだろうし、このまま奥を調べてみよう」
「はい、アルト様。どこまでも……地の果てまでもご共にお供いたしますわ」
俺たちは最深部のさらに奥――ダンジョンの真の深層へと足を踏み入れたのだった。




